指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

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It's a new world I start, but I don't need you anymore.

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 モモセは用意されていた馬車に乗せられる。手はようやく離され、モモセは男のぬくもりが失われたことへの、自身の意思に反した落胆を防ぐためにもう一度、わかっている、と呟かねばならなかった。

 二人は向かい合って座っている。

 馬は斑馬まだらばという種類だった。名の通り、茶色の身体に黒の斑点が散っている。斑馬には人型のものもあるが、こいつらはそうではないため、モモセらに意志疎通は不可能だ。同族ならば、可能である。

 馬車の乗り心地は悪くなかった。当然のことながら外装も内装も麗しく、すぐに容赦なくあらゆるものが砂にまみれる国にあって、砂粒ひとつ見つからないよう整えられている。

 御者と背中合わせになる形でウルドが、モモセは進行方向と同じ向きに腰を落ち着ける。馬車の中は当然のことながらウルドの部屋の中よりも狭く安らげる場所だったが、膝を突き合わせて座っているこの閉塞感というのもそれはそれでモモセを息苦しくさせた。

 降りしきる沈黙に、モモセは密かに息を吐き出す。

 モモセは落ちつきなく視線を彷徨わせた。ウルドは座席に浅く腰かけ、左手の小さな窓から外を見ている。

 けれど。

「ああ、なぁ、モモセ。ひとつ聞いてなかったんだが」
「――何ですか」

 小石にでも乗り上げたのか、がたんっと馬車が跳ねた。ウルドはまだ外を眺めているように見えたが、その眼差しはおそらく景色に投じられたものではない。散漫な視線は外にあるものの、意識はずっと自分に向けられていることにモモセは気づいていた。このああ、という感動詞は、絶対に時機を計って上げられたものだ。わかっていたのに、さりげなく返答することは出来ずに思いきり警戒した声が洩れていた。

「いや、お前、軍人にならんかと思ってな」

 モモセの態度に、そんなに身構えるなよ、とウルドは失笑する。
 大したことではないんだから。

「……」
 
モモセは男の顔を凝視した。ウルドは苦笑してようやくモモセを視界に入れる。代わりにモモセは俊敏な仕草で目を足元に落としていた。男と目を合わせたくなくて。

 返答を待つように、ウルドは黙ったままだった。
 
 ようやく、仔どもは声を絞り出す。
「――あなたは、おれを甘やかしすぎている」
「そんなつもりはないが」

 よどみない否定は肯定を含んで笑う。

「お前が望んでくれるなら、ベゼルを制御して、円環ハルファを得たら軍人になれよ。俺の補佐につけばいい。隣はいまだに埋まる予定がなくてな」

 ウルドは気軽に自らの傍らを指示した。

 ――空いた席、ウルドの隣。

 そこに立つ資格がモモセにあると一点の曇りもなく心の底から、この人は思っているのだろうか。

 軍人は階級制度の外にある。国民はすべからく国を守る戦士であるというのがこの国の考え方で、隷属身分であっても軍人になる資格は十分にあった。もちろん、上れる階段の数は決まっていて変えようがなかったが。

 けれどモモセは不可触民だ。不可触民が軍人になってはいけないという文言はどこにもないが、それは暗黙の了解というものではないのか。そも、不可触民はの頭数に最初から入ってはいないのだから。

 ……ああ、この人はこともなげに言うけれど。

 補佐がいる役職であるからには、ウルドはそれなりの地位にいる。その立場に見合った選択が、どうしたって必要なのだ。

 仕事を道楽と一緒にされるようでは、たまらない。それは国を守り、導くべき立場にいるもののすることではないのだ。

「馬鹿とか言うなよ、おかしいとかな」

 目を眇めるウルドにモモセは胸を衝かれ、けれど顔を歪めて吐き出した。

「――おかしいです」

 モモセ、そう言うウルドの声音は完全に幼い子どもを咎めるときのそれだ。モモセは聞かない振りをして、耳をしっかりと伏せた。

 そうやって咎められるべきなのは、本当はウルドのほうである。

「だって本当は、おれなんかが学校に行くのだって赦されてないんだ、それを」
「なんだ、今になって怖気づいたか?」
「あなたにも累が及ぶと言ってるんです。ばれたらきっとあなただって罪を負う」
「そう簡単に揺らぐような地位にはおらんよ、俺は」
「不可触民を飼っているのに?」

 頑なな態度にウルドは吐息する。意図的に変えられた口調がモモセを掻き乱した。

「――では、目暗ましをしようか」

 一際大きな音を立てて、馬車が跳ねる。ウルドはそれに合わせて立ち上がり、モモセの方へと身体を寄せた。

 ただでさえ暗い車内に、一層影が落ちる。ウルドの右膝は座席の上。角に固定されたモモセの躯。ウルドは大腿を跨ぐ形でいるため、身動きはとれない。突っ張ろうとした腕は胸の前で、不自然に固定するにとどまった。たとえ厚い布越しであろうとも、自ら男に触れることはできない。

 男はモモセの首元に手を伸ばし、襟ぐりから例の首飾りを取り出した。「ベゼルをかけなおそう。見つかることのないように、な」

 まるで傅くようにウルドは頭を垂れる。モモセは慄いて息を呑む。

 ウルドのくちびるが半円の銀に触れると、その上に小さな円環が現れる。それは暗がりを仄明るく照らし、目を伏せた男の、長い黄金色の睫毛の一本一本をきらきらしく輝かせた。

 彼は神聖の言語で何事かをささめいて、そのたびに増えるいくつもの円環は、くるくると鮮やかな蒼に輝きながら銀細工を中心に回っている。ウルドが詞を終えると、それは徐々に光を収束させていった。

「さて、お前にも、」

 男は面を上げる。煌めく睫毛の下から現れた蒼がモモセを見上げて、予感にくらりと視界が揺れた。「だめ、」

 熱を内包して掠れた低音は、お互いの吐息が交わせるほど近くで囁かれた。

「――なあ、モモセ。俺はな、できる限りお前と、一緒にいたいだけだよ。そのためならなんだってできる」

 だからそれが、間違っているのだ。

 何気なく。けれどそれがどれだけモモセの中で重く響くのか、男は知っているのだろうか。モモセは浅い呼吸を繰り返す。その呼吸が男に触れるのではないかと思うと、気が狂いそうだった。

 ――――それに。

 それはほんとうに、、なのだろうか。

 でもそれが確かなら。

「……だったら命令すればいい。そうすればおれは従えるのに」

「従順な奴隷が欲しかったわけじゃない、お前は好きなことをすればいい。軍人になるのが嫌ならそれでも構わん。奴隷として扱う気はない、
 ……不可触民として扱う気も」
 
 距離が近づく。「――だ、」

 だめ、と。

 か細い拒絶は今度こそ聞き入れられず、そっと、唇がモモセのそれを覆う。

 もう何度目にもなる口づけだった。二度、三度とついばまれ、ゆっくりと忍んでくる舌先。自身のそれと擦りあわされ、唾液と、ベゼルが交換される。躯に、ウルドが満ちていく。

「ぁ、……っ」
 
 それは奇妙に心臓を震わせて、モモセを満たし、酔わせた。

 ――――ああ、なんて強い、男の気配。支配されたい、この、完璧な雄に。それを赦されたい、赦される、モモセではないけれど。現にウルドは赦さない、意味合いは違うかもしれないけれど。血の半分が疼いて仕方がない。

 壁の際に追い詰められ、ゆるりとした交歓は長く続いた。一度離されたと思えば、また塞がれ角度を変えて吸い付かれる。しかしそれらは終始、激しさを伴わないものだった。熾火のように燻る熱が、モモセの中に注がれたウルドのベゼルに誘発される。

「ふっ、ン……っ」

 カラカラと回る馬車の車輪、その音に紛れて、モモセの抑えきれない吐息が漏れる。モモセが身を捩らせ、そこでようやくウルドは止まった。「……ああ、やりすぎた」

 男はモモセを見下ろして哂った。白い頬をすっかり赤く染めたモモセはくたくたと正体をなくして座席に崩れている。

「でもまあこれで、しばらく安全だろう」

 仔どもの全身からは、隠しようもないウルドのベゼルが漂っていた。

「えらく、よかったみたいだな」

 こちらも独語めいていたので、モモセは返事をしなかった。「……これは、本格的にやれば大変そうだ」
 ウルドはモモセの足を畳んで自分の座る場所を作ると、身をかがめて喉をくすぐってくる。性別の証すら定かではない、滑らかな少女のような喉だった。

 拒絶のための指一本すら動かせず、モモセは喉を鳴らしてしまった。心地よくて仕方がなかったから。けれど熱にけぶった眼差しだけは非難めいて男を見ている。しかしモモセがウルドと目線を合わせることはない。「本当にお前は愛らしい、気丈で、でも臆病で、」

 男は仔どもの顎を押さえ、軽く振る。逸らしたままだった視線が、そのせいで交わった。途端にこわばったモモセを慰めるように、ウルドは前髪を払い、撫で、耳先をくすぐる。

 その行為こそがモモセを追い詰める要因だというのに、男に止める気配はなかった。

「…………早く俺に慣れな」

 以前、男の居室でも言われた言葉。

 モモセはキツく目を瞑った。耐えきれなかった。

 あなたは何度おれを壊す気なんだ、叫びたくてもきっと言葉は封じ込まれた、モモセはうわずった呼吸を繰り返すことしかできなかった。

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