指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

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It's a new world I start, but I don't need you anymore.

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 庭園を突っ切ると階段があり、その上が校舎である。白い日干し砂でできた校舎は荘厳で美しい。こちらもまた完璧な左右対称で、こだわりと粋を集められた芸術作品のようなのであった。

 幼年学校という通称で呼ばれる国立校で入学可能年齢は八歳から十四歳まで。モモセはぎりぎりでその基準に引っかかったのだった。そこから卒業までは履修を早めない限り通常六年。学生たちは身分や立場の違いによって知的水準に著しく差があり、そのため早々に卒業をしていくものも多い。最もそのほとんどが貴族階級以上の子息たちなのだったが。

 市民階級以下に解放された一般枠の学費は基本的に全免除で、一年に四回募集がかかる。その倍率はすさまじくなかなかスラム出にその枠が回ってくることはない。

 必要であれば寮も無償で提供されているので、運よく入学にこぎつけたスラム出の仔どもたちにはまさに天国のような場所なのだった。少なくとも毎期の試験に合格すれば、六か年の衣食住は保証されているのである。

 しかし誰もが同じ扱いを受けられるわけではない。ここでも、身分の差は歴然と存在した。授業内容は同じであったが、貴族階級とその他は教室も寮もすべて区別されている。そして市民階級と隷属階級とでも、住み分けはきっちりとなされていた。

 なぜウルドがあえてこの学校にモモセを入れたかと言えば、民間の学校と異なり、基礎教育の他にベゼルを扱うための英才教育を行っていたからである。幼年学校は軍事士官学校に至るための前過程で、軍事士官学校から上にいくにはある程度ベゼルが使えなければ話にならない。

 基本的にここを卒業した後は、士官学校に入るのが普通なのだ。

「って言っても、必ず入れるわけじゃないんだけどね」

 そう説明するヒタキは今、校舎内を案内してくれていた。今歩いているのは二階の学習棟である。

 先ほど鐘が鳴り、ヒタキ以外の仔どもたちはそれぞれの教室へ帰っていっていた。聞けばこれは昼時の鐘ではないのだと言う。授業の始まりと終わりには鐘がなるらしい。よくよく聞いてみれば、確かに聞き慣れているものとは音階が異なる。彼らより年長だったヒタキはちょうど授業に空きがあるらしく、そのまま案内を続けてくれた。

 建物の内部も白を基調としているらしく、清潔感に溢れている。廊下には窓といったものはなく、開放されていた。近年建てられ始めた金を掛けられた建物以外には通常の建物にも窓などは入っていないものの、モモセはこの広さにはやはり慣れず、居心地の悪い思いをしなければならなかった。馴染む日は果たして来るのか、怪しいところだ。近い内に通うようになるのに、実感はほとんどない。

 学校、本当に想像もしたこともなかった世界だ。

「まあ、オレは軍人になるけど。スラムに帰っても録な仕事ないし。最悪死んじゃうしね。同じ死ぬでも、無意味に死ぬのと軍人として死ぬのとでは大違いだ。大洗流なんて物騒なもんあるし」

 モモセはふと足を止めた。

「……大洗流、」

 呟く声にヒタキはしまった、とでも言うような顔を作った。

 それにモモセはきょとんとする。

「ごめん! 嫌なこと思い出させちゃった? モモセも大洗流で捕まったんでしょ?」
「……そう、」

 膨れるスラムを潰すために、国は不定期にスラムを蹂躙する。それはいつも唐突で逃げられるかどうかは完全に運なのだった。情報が流れてきたときは、幸運だ。

 そしてその隙を浚うように奴隷商に捕まり、研究資材として売られそうになった。――いや、売られたこと自体は変わっていない。買ったのがウルドだっただけの話だ。

 それがどれだけの違いだっただろうとモモセは思う。

 そういうことか、とモモセは分かった。ヒタキはモモセの、思い出したくない過去に触れてしまったと思ったのだ。

「ここにいるってことはホヅミさんのところに取り上げられたね。あの人は色んなルートを持ってるから」

 ホヅミ、荒々しい雰囲気を持つ男の名を、口内で転がす。モモセははっと顔を上げた。初めてヒタキを見かけたときに脳内にちらついた顔が鮮明に浮き上がった。

「――クテイ、」
「クテイ? ――ああ、」

 ――のことか。少しの間のあと合点がいったのか、ヒタキは頷いた。

「あの仔を知ってるの?」
「助けてもらった。――多分」

 クテイがウルドを呼んでくれた。ホヅミはウルドに売る気はなかった。

「助けて? さすが、あの仔だ。いつもそうだ。めちゃくちゃ怖がりで怯えてばっかのくせに、そうやって誰かを助けようとするんだ。オレとあの仔は同族でさ、分かるだろ?」

 はたりとヒタキは尻尾を揺らす。

「ずっと一緒にいて、一緒に大洗流にあって、一緒にホヅミさんのところに連れていかれた。三年前だよ、そこでウルドに逢ったんだ。そこにいたベゼルを使える仔たちはみんなこの学校に連れてこられたけど、あの仔は、」

 明るく喋っていたヒタキはそこで不意に口調を落とした。軽快に鳴っていた足音が潜められる。

「――そこまで才能がなかったから」

 ヒタキの肩が震える。泣くのか、と身構えたモモセだったが、ヒタキは笑った。

「いや、もしかしたら入学できたかもしれないんだけど。ホヅミさんがあの仔はダメだって。あの仔、ナイフがうまくてね。はじめてホヅミさんにあったとき、刺そうとしたんだ。失敗したけど。それで、変に気に入られちゃったんだな」

 気に入る、あれが。
 そもそも、刺されそうになって気に入るという根性がまずもってモモセには理解できない。

「でも元気ならよかった。ホヅミさんのとこにいるのは知ってたけど、やっぱり気になってたから。どこにいるのか分かんなくて、逢えてないんだ」

 モモセは瞬いた。

 元気そう。――元気そう、だろうか。あれは虐げられていたわけではないのだろうか。

 ――――きっと、そうだった。クテイの歪められた瞳を、モモセはちゃんと覚えている。自分が初めて誰かに伸ばした手を、ホヅミによって阻まれたことも。

「うん、元気、……だったよ」

 けれど安心したと笑うヒタキに、モモセが何を言えると言うのだろう。彼を苦しめることになる。

 そのためモモセはそれ以上を語ることは出来ず曖昧に微笑み、話題を変えた。ヒタキは気にした様子もなく、その話題に乗ってくる。

 共通の話題といえばスラムでのことだったが、それを持ち出して互いに慰め合うような情けないことはしたくなかった。そうして残されたのが、ウルドのことしかなかったのは、哀しかったが。

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