指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

色数

文字の大きさ
23 / 41
It's a new world I start, but I don't need you anymore.

しおりを挟む


「――あの人は変わってるよね」

 誰のことかは言わなかったが、ヒタキはすぐに分かったようだった。

「ウルドのこと? うん、きっと変わってるだろうな。オレたちみたいなのを学校に入れてくれるんだもん。ウルドがいなけりゃオレたち誰も学校なんか行けてないし、売っぱらわれるか殺されるかろくなもんじゃなかっただろうな。でもさ、今回みたいなのは初めてだよ。ウルドは十匹くらいまとめてつれてくるんだ。なのに今回はモモセだけ」

 ヒタキはモモセの顔を覗き込み、小首を傾げた。そこで初めて、モモセはしまったと思った。間違えた。保身のための話題転換だったのだが、実のところヒタキはその話をしたかったらしい。

「モモセはウルドの何って、聞いてもいい?」

 純粋な好奇心のみで構成された質問にモモセは顔を伏せた。
 その質問に対する正確な答えを、モモセは持ち合わせていないのだった。

「――知らない。あの人はただおれを探してたって」
「それって特別ってことじゃないの?」

 ヒタキは怪訝そうにし、モモセは特別という単語を繰り返した。それは言葉の意味を掴みあぐねている、なんとも頼りない言い回しだった。

 特別。

 モモセはウルドの普通を知らないから、彼の『特別』が一体どんなものかも分かれないのだった。

「違うの?」

 重ねてヒタキが聞いてくる。

「違うと思う」

 考えるでもなく、モモセは即答していた。言ってしまってからモモセはちゃんと思考することを思い出したわけで、今度はしっかりと脊髄ではなく脳にまでその案件を持って行ったのだが、そこでも根拠のない否定しか浮かばなかった。逆に、漠然とした肯定も出来ないことはなかったが、そちらを選ばないあたりつまりモモセは肯定することが怖かったのだった。

 ――――特に、その先にあるものが

「あの人はおれが珍しかっただけだ」

 苦しまぎれに述べたことが理由として成り立たないことは、言ったモモセが一番よく理解している。別の意味合いでそれはヒタキも同じだったようで、あまり己と身長の違いのないモモセを上から下まで眺めたあと、楽しげに笑い声を上げた。

「モモセがさほど珍しい種族の獣だとは思えないんだけど」

 モモセは硬直し、自分の髪を掴んだ。漆黒。今のモモセは<神の血統>の血筋を受け継ぐ仔どもではないのだった。珍しいはずがない、失言だ。このまま種族の話に移行することをモモセは恐れ、先回りをしてウルドの作った設定を口にした。

「よ、夜狐だよ」

「ふうん、じゃあちょっとは珍しいのかな? こっちには多くないよね」

「そ、うだね……」

 山岳種族である夜狐がどの程度王都まで降りてきているのかまでは、モモセは知らなかった。

「まあ、モモセの種族なんて、別に問題じゃないんだ。ただ、」

 ヒタキは余計にモモセにとって衝撃なことを口にした。

「とりあえずウルドにはオレに今話したようなこと、言わないほうがいいよ。きっと彼を傷つける」
「……どういう、こと」

 零れた声はこわばっていた。

「分かんない? だってウルドは絶対モモセが大事だよ。だってモモセにはウルドのベゼルの波紋がすごく残ってるもん。正直酔いそうだ。それだけしか感じないくらい。それなのにそのことを本人から否定されたりさ、珍しかっただけなんてさあ、辛くない?」
「そう、かな」
「そうだよ。どう思おうと勝手だけど、それを口に出してわざわざ傷つけるのはダメだと思うな。人間は繊細だし」

 だって、と幼い子どもがままならないときに使う言い訳のように、モモセは呟いた。心臓が締め付けられて痛かった。

 ウルドに言った言葉のいくつかが脳裏をよぎる。それがウルドを傷つけたのか。

 だがそう感じることは自分の発言に重さがあると認めていることで、モモセは決してそんな風に自惚れたりはしない。

 ――しない、はずなのに、心とは裏腹に躯のなんて素直で脆弱なことか

 ウルドに対して申し訳ないと感じること自体が、本当は無礼であるのに。

 心を裏切って瞬く間に視界は濁り、歪んでいき、涙は白い頬を伝う。

 声もなく、モモセは泣いた。
 それにヒタキは驚き、慌てて謝罪を口にする。

「モモセ、ごめん……っ! 言いすぎたよね。気にしないでって、言っても今さら遅いけど……」

 モモセは首を振った。背中で激しく髪が揺れる。両手で顔を押さえると、瞬く間に手袋は涙で湿る。

 ヒタキが悪いのではない。悪いのはモモセだ。
 自分なのだ、モモセは心中で吐き棄てた。

 けれどヒタキは自分に非があると思い込んでいるらしかった。そんなことは全くないのに。卑怯にも自分が泣いてしまったせいで、ヒタキが要らぬ罪悪感を抱く。

「オレ、いつも言いすぎちゃうんだ。いけないって分かってるんだけど、特に、」

 沈んだ声で言い重ねてくるヒタキに、喉の震えを必死で押し込めて、モモセは口を開いた。

「平気、多分、図星を指されて動揺しただけだから」

 自分の感情にも拘らず多分、などという曖昧な副詞が先についたのは自分でもその感情の把握が出来ていないからに他ならなかった。最近、精神が不安定になっている。

 どうすればいいか分からない、とモモセは呻いた。

「おれはあの人を受け入れられない。でもあの人が嫌いなわけじゃない」

 むしろ、好きだと言ってもいい。正直なところ、ウルドがモモセにしたことで心の底から嫌悪を感じることはひとつもなかったのだ。

「分かんないんだ、どうしてあの人がここまでおれにしてくれるのか」

 だってモモセは何も知らないのだ、なぜ自分が探されていたのか、その理由さえ。

「いいじゃん、よくしてくれるならありがたいって思えば。嫌じゃないって言ったよね。理由って、そんなに大事?」
「だって、おかしい。おれ、ほんとにこんなにいい目見て良い生き物じゃないんだ」「じゃあなおさらよかったじゃん。モモセ、君ってまるで人間みたいに悩んで、泣くんだねえ」

 モモセははっとして顔を上げた。濡れた瞳が、ヒタキの不思議そうなそれとかち合う。

「どうしたの?」
「なんでも、ない……」

 ぎこちなく目を逸らし、呟く。

 自分を流れる血の半分が、貴族の人間であることは知っていた。その血が獣にはいらぬ感傷を呼び起こしているなら。もしそれがなかったら、何も考えず、不可触民であってもウルドのするすべてを甘受できたのか。

 なんて、どうしようもないことを。

 そうやって振る舞える自分は想像するだけで心底ぞっとするのだったが。

「あのさ、」

 胸の位置で握りしめられたモモセの両手を、ヒタキは取ろうとする。それを反射的に避けたモモセに、ヒタキは手を後ろに回す。「ごめん、触られるのダメなやつって、結構いるよね。分かるよ」

 でさ、首を竦めながらヒタキは言った。

「そんなに泣くほど気になるなら、訊けばいいのに」

「……訊けないよ、怖いんだ」

「怖い? それは、また」

 ――そう、結局はそこへ帰着する。モモセは見まい見まいとしていた事柄が、再び目の前に突きつけられたのを自覚した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません

ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。 全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

黒豹陛下の溺愛生活

月城雪華
BL
アレンは母であるアンナを弑した獣人を探すため、生まれ育ったスラム街から街に出ていた。 しかし唐突な大雨に見舞われ、加えて空腹で正常な判断ができない。 幸い街の近くまで来ていたため、明かりの着いた建物に入ると、安心したのか身体の力が抜けてしまう。 目覚めると不思議な目の色をした獣人がおり、すぐ後に長身でどこか威圧感のある獣人がやってきた。 その男はレオと言い、初めて街に来たアレンに優しく接してくれる。 街での滞在が長くなってきた頃、突然「俺の伴侶になってくれ」と言われ── 優しく(?)兄貴肌の黒豹×幸薄系オオカミが織り成す獣人BL、ここに開幕!

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

処理中です...