指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

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It's a new world I start, but I don't need you anymore.

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 理事室を出、ウルドはため息をついて首を鳴らした。息が詰まる。理事はモモセを受け入れてくれたが、本心ではあまりよく思っていないことは知っていた。もとよりウルドの特権を利用したごり押し入学である。無試験入学は貴族階級と同等の扱いだ。もっともこれまでのモモセの実力を鑑みれば、それは妥当だと判断できるのだったが。

 もし次の一般枠での入学となると、しばらく待たねばならない。それでは遅すぎる。無理を言った自覚はあったが、曲げられない道理というほどでもない。その分の見返りなら、十分になしている。

 身分に関係なく軍人になることを是とする、これが真実受け入れられるようになったのは、聖典に明文化されてからずっと後、ほんの二十五年ばかり前のことだ。七十余を数える高齢な理事は、未だにスラム出や、そこの獣が校内にいることを納得できていないらしい。

それまでも隷属身分であっても軍人になるものはいるにはいたが、公の場での教育は行われていなかった。大抵は買われた先で教師なりをつけてもらうのが一般的だったのだ。モモセに家に籠るしかなくなるそのやり方は致命的に向かないし、ウルドにも向いていない。この国では少年を教えるのに女性の教師は決してつけられないし、そうなると選択肢は男以外にない。モモセは自分に触れるものなどウルド以外にいない、と言ったが、それは自己認識の致命的な誤りだ。あれほど綺麗な仔どももウルドは知らない。そも神が粋を集めて創ったという生き物が<神の血統>なのであって、その寵愛を一身に浴びた種族の血を引く仔どもがたとえ不可触民と言えども美しくないはずがないのだった。しかも残りの半分の血が王族となれば、それは保証されたも同然である。

 もし不可触民であっても教えることに偏見を持たないのであれば、万一が起こってもおかしくはないのだ。ウルドは自分自身を信じていないように、ほかのどの男もこの件では信じていない。

 結果として選択肢はこの学校しかなかったのだ。

 理事にモモセのことを話すとき、素性は伏せた。不可触民などと言えば流石に表面上は穏やかな理事も黙ってはいないはずだった。不可触民はあらゆる意味で別格だ。自分がとんでもないことをしようとしている自覚はあった。ウルドとて馬鹿ではない。ばれたらどうなるか、分からないほど性能に劣る脳を持っていた覚えはなかった。

 外に出さなければ、平穏は保障されていたというのに……。

 ――――いや、考えても詮ないことだ。

 ウルドは何度も繰り返した考えを捨て、思考を切り替えて幼い仔どものことに神経を集中させた。日がな一日嫌がられながらも触れあって過ごし続けてきたため、モモセにはウルドのベゼルが移っている。馬車のなかでも、たっぷり上書きした。誰から見てもモモセからは所有を主張するウルドの意思が感じられるだろう。辿るのは容易い。

 足を踏み出したとき、馴染み深いベゼルの気配を感じてウルドは眉を跳ねた。左手の角から姿を見せたのは、いるはずもないホヅミだった。

「――何でお前がこんなとこにいるんだ」

 懐疑心に満ちた声が喉から洩れる。何せ彼には前科がある。実のところウルドはホヅミに、<神の血統>との雑ざりものが見つかったらすぐにでも連絡しろと言ってあったのだ。クテイのお陰で何とかことなきを得たとはいえ、それが彼の信頼回復に繋がるわけではない。クテイは心優しい子どもだった。ホヅミはいい部下を持った。それだけだ。

 ホヅミはひょいと肩を竦め、口端を持ち上げた。

「挨拶だな、ウルド。母校に来ちゃ悪ィか」
「お前が利益にならんことをするはずがない」
「買いかぶりすぎだ、そりゃ。俺だって感傷に浸りたくなるときくらいある」
「頭でも沸いたか」

 ホヅミが感傷などという殊勝な感情を持っているはずがない。そもそもそんな単語を知っていたことが奇跡だとウルドは目を眇めた。第一あれは褒め言葉ではない。返答からしてもホヅミがいかに図太いかが窺える。

 こうして話していれば常に嫌みの応酬になることは幼年学校時代から承知していることだったので、ウルドは早々に話を元に戻した。思えば長い付き合いである。

「で、お前は何でここにいるんだ」
「あのガキとは別行動か。お前さんの気配がふたつあったせいでどっちへ行こうか迷った」
「……よくこっちだと分かったな」

 疲労が二倍増しで双肩に圧し掛かってくるのを感じつつ、ウルドは律儀に応えてやる。ホヅミは自分の関心ごとしか喋らない。そのためよく会話が食い違うが、これはこちらが相手に合わせてやるしか解決法はないのだった。

「俺をそこらの馬鹿と一緒にするんじゃねェよ。ちょいと探ってみりゃ一目瞭然だ。ついでにお前さんがいかにべたべたひっつきまわってるかもな」

 ウルドは辟易し、口をつぐんだ。

 そこまで分かるくらいなら相応の職につけばよかったものを、ホヅミは何を好き好んでか奴隷商人だ。才能もあり、人を惹きつける魅力もある。その求心力が誤った方向に使われた結果が、今の彼だ。階級も申し分ない男だった。なにせ神官階級である。階級ではウルドを越えるのだ。神学校では手が付けられず、それならばと放り込まれた幼年学校で、ウルドと出会った。その後士官学校まで進んだあげく、そこをも飛び出し、スラムで商売を始めた。

 それが今のホヅミ、スラム内で一番の勢力を誇る男。

 各業界に太いパイプを持っており、その最大の一本が、ウルドだ。しがない部署に身を置く准将とはいえ、ウルドに楯突ける者はそう多くはない。

 全く違った道を選んだにも拘らず、だからこそいまだに友好が続いており、役に立つ。ホヅミにとってもそれは同じだ。持ちつ持たれつ。

 ウルドは額を押さえていた手を振った。

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