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The beauteous man in black and “Farewell”
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しおりを挟むその後すぐにウルドと別れるとはいかず、モモセは気まずい思いを抱えたまま自身の担当教授となる男と引き合わされた。彼はラシャードといい、ウルドの知己であり学生時代の先輩でもあった男だ。教授陣の中でも最年少であったため、モモセが住むことになる寮の監督も勤めていたのは幸いである。
一見した時のラシャードの印象は、『黒尽くめ』であった。この学校の教授たちはみな黒のカンドゥーラに黒のクーフィーヤを身に着けていて、その上彼は艶やかな緑の黒髪を持っていたから、余計にその印象が強かったのだった。そのほとんどをクーフィーヤに隠されていたが、腰を過ぎるほどの直毛の美しさは秘されているからこそ目についてしまう。
また温度の一切感じられないおそろしく色の白い男だったのも、黒の印象を一層強固にするものだったかもしれない。
白皙の面に乗った縁の太い眼鏡も黒と来れば、その奥の瞳も漆黒。
しかしこの世のすべてを疎ましく思っているような厭世観漂う口元やゆがめられた目元の皺も、しかしラシャードの怜悧な美貌を損ねるものにはならない。
同行していたヒタキは、「先生はいつもこうだから、気にしなくていいよ」とこっそりモモセに耳打ちした。「面倒見はすごくいい教授だから、モモセもすぐに好きになる」とも。
ふたりのあとからラシャードの書籍に埋もれた教務室に入ったモモセに瞬間的に浴びせかけられた不愉快気な眼差しには、まだ到底そのようには思えなかったが。
「……また、厄介ごとを持ち込んできたな」
低く、よく通る声でラシャードは言った。落ち着いたその調べは清涼な川の流れのように、聴くものの意識を引きつける魅力を持っている。「理事からすでに話は聞いている。私をご指名だと。しかし、予想以上だ、これは驚いた、何を考えている? お前は」「この子の幸せを」
ふん、とラシャードは蔑むように鼻を鳴らした。「耳に精霊から悪戯をされたようだ。お前の幸せ、の聞き間違いだろうな?」
ウルドは一瞬言葉に詰まり、やがてゆるゆると息をつきながら苦笑して見せた。
「俺の幸せを優先するなら……入寮などという選択肢は真っ先に排除しただろう」
「なるほど、なるほど。……しかし幸せ、とは。あいまいでお手軽な言葉だ。そいつはこいつにとってとても難しそうだが」
ラシャードは颯爽と黒衣を翻して立ち上がり、つかつかとウルドらの前に立った。やや手荒にも感じさせる所作でモモセをウルドの背後から引っ張り出し、黒い手袋に包まれた長い指先でモモセの顎を掴む。モモセに逃げる間は与えられなかった。引き上げるように視線を合わせられ、その上背のせいでかかとを浮かせながら、怯えのたゆたう瞳でモモセは彼を窺う。
見定めるように試す眇めつされ、またも零されたのは皮肉気な響きだ。
「……これは、これは。私も道連れで不幸になりかねない。お前はたやすく幸せになれそうだが」
「あなたにしか頼めない」
「だろうとも」
返しはそっけないものだった。ウルドではなくモモセを見つめる視線は、その内を流れるベゼルを完全に理解しているようだ。その上であえて明言せずにおいてくれているのは、ヒタキがいるせいなのか。本来ならば嫌悪にまみれて叫ばれてもおかしくないのだ。けれど彼はそのおもてに、欠片もモモセに対する悪感情を乗せることはなかった。
代わりに、自身がおかれている現状については十分すぎるほど疎ましく思っているようだったが。
「……いいだろう、世話をしよう。私は一介の教員だし、皇子様に頼まれては恐ろしくて断ることなどできまいよ。理事にも命じられたことだしな」
その理事がモモセの素性を知らないことは、故意に脇に置かれている。
「モモセ、だったか」
「……はい……」
モモセは首を竦めためらいがちにうなずいた。モモセに対して含むところはない様子であっても、その冷やかな眼差しには反射的に身体がこわばる。
「……そう身構えるな、取って食いはしないさ。私はそこの、キチガイ共とは違う」
幾分か意図的に和らげられた目元にモモセは今度こそ安心して、はっきりと「はい」と返事をするのだった。「よろしい」
ラシャードはいくつか仔どもに質問をし、手早く明日から使うことになる時間割を作成した。個人個人で達成度が違うためいくつかの科目が被ることはあれど、全員が同じそれを使うことはないからだ。
標準語で書かれているそれはモモセにはまだ読むことはできなかったが、一見して判断できるように丸や三角の記号が書き込まれる。それにまた、ラシャードの気遣いを感じ、早速ヒタキの耳打ちの意味を実感するのだった。
「とりあえず、明日の一限目はここに来ることだ。では、寮に案内しようか、別の建物なので歩くぞ。ウルドとはここでお別れだな。挨拶をするといい」
ラシャードに促されるまま、モモセはウルドに向き直って口を開いた。顎を引いたままなので、ウルドからはきっとフードしか見えていない。自分のつま先を見つめながら、モモセはぽそぽそと言葉を紡いだ。
「あの、……ありがとうございます。おれ、頑張ります。あなたの顔に、泥は塗りません」
「うん。――そんなに気張らなくてもいい、と言っても、お前は無理をしそうだが……」
ふわふわと、核心を避けて思考のうわつらを探るような、会話だ。
「たくさん、楽しんで。……そういう話を、次は聞かせてくれ」
モモセは頷いた。顔を上げて、すこし、わらった。
「…………機会が、あったら」
拒絶の言葉だと、気づいたろう。
ウルドは諦めたような、さびしげな微笑を浮かべてそれ以上何も言わなかった。
そんな顔を、この人にさせたいわけではないのにな。
けれど、モモセが彼に差し出せる言葉はこれ以外に何もないのだ。
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