指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

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The beauteous man in black and “Farewell”

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 ラシャードはあとで自分のところへ来るように言い残して、そのまま居室である最上階に登っていった。

 モモセらはまずいくつもあるアーチのうちひとつをくぐり、回廊かいろうへ出る。空にひらけた中庭を横目に、まずヒタキが案内してくれたのは礼拝室だった。この国に住まう者にとっては最も重要視される場所だが、あいにくとモモセらは生まれてこのかた、その神聖なる場に足を踏み入れたことはなかった。今日初めて学校のそれに入って……これが二度目。

 神に愛されることのなかった不可触のモモセは、そのような冒涜ぼうとくを許されないからだ。そして、許されないまま、今また罪をひとつ重ねている。

 ウルドの屋敷にも祈りの間はあったが、彼はごく簡単にモモセが集団の中で生きていくときに困らないようその作法を教えただけで、それをしろとは言わなかった。それはモモセが不可触民であるからではなく、ただ単純に、ウルド自身が神への祈りに興味がないからなのだ。

 そして始終べったりとモモセの引っ付いていた状況やこれまでも彼の言動からかんがみるに、彼の信心深さは推して知るべしである。時刻と礼拝を知らせる神殿の鐘が鳴っても、彼が動くことはないのだ。

 こちらが食堂、こちらが洗濯部室、こちらが手洗い、学習室に談話室……四階建ての建物の上から下までをヒタキに案内され、最終的に辿りついたのは寝室だ。洗濯部屋から取ってきた洗いざらしのシーツや夜着、ペンやインクなどを両手いっぱいに抱え、モモセはその広い部屋に入る。

 高い天井に広い奥行き。正面は左右の壁とは異なる模様組みの木枠が嵌り、採光と通風の役割を存分に果たしている。両脇の壁に沿う形で天井付近まで重ねられたベッドの群生と天井に張り巡らされたロープから垂れ下がる色とりどりの布──洗濯物の群れ。

 しっとりとした眠りの気配が残るその場所が、今日からのモモセの住処となるのだった。

「ええっとねえ……どこが空いてたかな」

 寝台の並びを順繰りに見回していきながら、ヒタキはモモセにあてがうための場所を探す。「下はね、多分もう埋まっちゃってるんだよなぁ。……モモセ、高い所は怖くないよね?」「うん」

 頷くと、ヒタキは当然そうだろうと言わんばかりの顔で笑った。おそらくそれはただの確認にすぎなかったのだろう。「だよね、だと思った。おれたちがそんなこと気にしてられる余裕はないもの」

「じゃあ、一番上でもいい?」

 部屋の中心にほど近い所にある一列を指差して、ヒタキは言った。

「ここならおれの寝床からも近いし。どうかな」「どこでも大丈夫だよ。ちゃんと寝られるだけ、夢みたいだ」
「でもウルドの屋敷なら立派な寝台がありそうなものだけど」
「おれがそれを使えるように見える?」
「俺なら遠慮なく使っちゃうけど。使ってもいいって言われたんだろ? モモセは妙なところで遠慮がちだよなあ」

「そうかもね……」

 首をすくめてモモセは相槌した。

 実際のところはわからないがモモセだって、せめてヒタキのようにただの隷属れいぞく階級だったら男の好意を甘受かんじゅしたのかもしれない。──それともやっぱり無理だったかも。それを与えたいと男が思っていたのが、実際のところはモモセでないことくらい分かりきっているのだ。自分宛てではない贅沢を、甘受できるほど太くはなれなかった。これはもう、モモセの性格の問題だろう。

「どっちにしろ、あんなに立派な場所は逆に居心地が悪いよ……」「ま、それもそうだ」

 ヒタキは頰の内側で含み笑い、そうしながら床に膝をついた。寝台の下は支えである脚の部分が空洞になっていて、彼はその暗がりに手を差し入れている。「どうしたの?」

「ここ、荷物入れ、なんだよなっ」

 これ中入ってるな、これもだな……、何かを引っ張る仕草を繰り返しながらしばらくぶつぶつやっていたヒタキは、やがてひとつの長方形の木箱を引っ張りだしてきた。

「ああ、これは使ってないやつだな」

 埃を払い落しながらヒタキは立ち上がる。

「これ、モモセが使っていいよ。荷物は全部ここに入れて、ベッドの下においておくといい。鍵は壊れてるけど、ま、盗まれないようにうまくやって」
「ありがとう」

「ちゃんと鍵がかかるやつ、今度見つけてやるからさ。とりあえず今はそれに入れといて。ベゼルが上手く使えたら、別にそんなの関係ないんだろうけどね」

 両手がふさがったままのモモセに代わり、ヒタキは蝶番のとれた箱を開ける。モモセはその中に増えた私物を納めてしまう。「最近多いんだよ、荷物置いたままいなくなるやつ。しばらく帰らないな、ってなったらまあ、もらっちゃうよねえ」

 つまり、窃盗せっとうである。目を見張ったモモセだったが、それは何もその野蛮やばんさのせいではない。

「置いたままいなくなるの?」
「そ、びっくりだよな。もったいない」
「売ったらかなりいい値になるよ……」「ね、まあよっぽどいい儲け話があったんだろ。ここに入れるだけ素質だけは上等だ。卒業まで待てないやつは馬鹿だと思うけどね。要は勉強は嫌だったんだろ」

「ああ……」

 モモセはそれには曖昧に相槌を打つしかなかった。実際のところモモセも勉学が好きかというとわからない、というのが実際のところだ。

 何かを学んだことなどなかったし、不可触民が仕事などもらえるわけもなかったから、汚物や死体の処理などで糊口ここうをしのぐ日々。そうでなければ人様からささやかに盗むのだった。

 賢くなりたいとは思ったが、それを叶えられるとも思っていなかった。ましてやこんな思いつく限り最悪の方法で、高貴な身分の人間の後押しでなど、重圧が過ぎる。

 他のそうした仔たちとは違うのかもしれないが、逃げれるものならとっくに逃げ出していただろう。
憂い顔で深く息をつくモモセに、ヒタキはすこし同情気味だった。

「モモセは絶対に逃げ出せないけどね……。モモセがいなくなったら、多分すぐに報告が行くよ、ウルドに。たぶん、おれも言っちゃう」
「見逃してくれない?」
「無理。ウルドは強過ぎるもん。話せって言われたらペラペラ喋っちゃう。それに、おれが喋んなくてもすぐに見つかっちゃうとおもうな」

「──探しに来る?」

 陰鬱いんうつに訊ねるモモセに、はっきりとヒタキは頷いて、肩をすくめた。

「当然……ちょっとだけ、可哀想だけどさ、俺たちみたいな身分じゃどうしようもないし、気に入られたら諦めるしかないよ……。モモセも別にウルドのこと嫌いじゃないんだろ」

 それを諦めてしまっていいものか……これはモモセだけの問題ではないのだ。

「寮に入れてくれただけ、ウルドは優しいと思うよ。正直、ウルドは絶対嫌だったもんな。あの人は俺たちを好きにしても許されるんだから。だから、あんまり変なこと考えちゃダメだからね。あの人は基本的には優しい人だけど、怒らせたら絶対すっごく怖いから」

 おそらく意図的にモモセに対しては緩められているベゼルの威圧感を思い、モモセは頷かざるをえない。
 
 つまるところ、大人しくしておくことが一番ウルドから遠ざかっておれる方法なのだと……、否応無く納得せざるを得ないのだった。



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