指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

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I am a living thing which kneels down to you.

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「カルシス、さん」

 振り返れば長髪の青年に、それにつき従う少年の影がひとつ。
 軍服に準じた士官学校の制服は、背筋をピンと伸ばし、堂々としたカルシスによく似合っている。

「ようモモセ、お前もそう思うよな? ぐずぐずしてるとすぐに殿下の補佐の地位、掻っ攫われるって」

 反論は、出来ない。カルシスの言は正論だった。そのためモモセは黙っていた。逆にヒタキが爆発することが多いのだが、こう毎日続けば無暗に語彙を消費するのは阿呆らしいと思うらしい。

 わざわざ幼年学校の棟にまでやってきてはカルシスはモモセに嫌味を言うので、もはや彼とその従者であるシェスタは、まだ友人の少ないモモセにとって顔馴染みと言っていい存在にまでなっていた。

「だが安心しろよ。そうなって当然なんだ。お前はまだ入学したばかり。いくら優秀なやつだって正式に補佐になれるまでには五年ほどかかる。その間に我ら士官の学生が、俺が、優秀さを殿下に示して取り立てていただくとしよう。縁あって目をかけていただいているようだが、あくまでそれは殿下なりの激励。お前はまず勉学に邁進するのだ」

 タイを締め直すフリをしながら、今日も朗々たる演説。

「お前のおかげで殿下は学園によくいらっしゃる。一歩先んじられているとはいえ、我らが御目通りかかる機会も少なくはないからな。能力で言えばこちらに分がある。これを機にいっそう身を入れ励めば、殿下が認めてくださることもあるぞ。我らはみな好敵手なのだ。正々堂々と競うとしよう」

「それはどうかな~」

 ヒタキはウルドのひととなりから判断して、モモセが補佐官になることを疑っていないようだったが、モモセはカルシスこそが正しいと思う。

 聞き流しなよ、とヒタキはモモセに耳打ちした。どうせ碌なこと言わないんだから。

 士官学校に通うカルシスは円環ハルファを得ているのだから、当然モモセに嫌味を言うだけの実力はある。

 しかもその行動の目的は案外わかりやすく、モモセのみならずシェスタだって、ヒタキだって気づいているだろう。

 シェスタも毎日人が行き交う大回廊の真ん中で一説ぶっていく主人の行動には申し訳なさそうに笑っている。

「ごめんね、これがカルシス様なりの激励だから……」
「大丈夫です、分かっちゃいましたから……」
「シェスタ、余計なことを言うな」

 こっそりとささやきを交わすモモセとシェスタに、びしっと指が突きつけられる。

「いいか、俺はお前を蹴落とすぞ。お前が殿下に相応しくないと思えばな」

「肝に銘じます」

 ただ虐めたいだけならもっと人がいないところでやればいい。しかしカルシスは決してそれをしない。人の目の触れるところではっきりとモモセに、周囲に現実を突きつける。

 モモセが入学した次の日の朝には、ウルドが連れてきた獣の奴隷があろうことか彼の将来の補佐官の地位を与えられたのだと、学校中が知ることになっていた。

 好奇心然として向けられる視線はまだいい。けれど憎悪や嫉妬や呆れや嘲笑、そういった類は正直気が塞いだし、それが発展してウルドの評価に繋がると考えるとこれはモモセだけの問題ではなくなる。

 そう言った問題を排除しようとラシャードも気を配ってくれているしヒタキも気にかけてくれてはいるが、何より直接嫌味を言うカルシスがモモセにはありがたかった。

 カルシスが面と向かってくれることで、周囲の溜飲を下げてくれているのだ。
 彼は周囲の曇りがちなモモセの現在の実力を、はっきりと低い、と断言する。

 今は到底実力不足、殿下の発言はそんな少年への励ましにすぎないのだ、と。
 妬むことなく己の研鑽によって役職を得よう、と牽制してくれている。
 
 そのおかげか、多くの生徒からは遠巻きにされている現状ではあるものの、直接的な嫌がらせにあうことなどはなく学園生活を送ることができていた。

 とはいえ、カルシスの言葉に安んずるわけにもいかないのも事実だった。

 殿下は奴隷の仔どもを可愛がり公私混同なさっている、そんな風に彼が批評されるのを防ぐためにもモモセはどうしても優秀でならなければならないのだ。

 事実、モモセとしても明かに公私混同だとは思うのだが。

「──実力も分からん時分からこの期待は正直言って哀れだが、貴い御方の寵愛は嵐のようなものだ。しばらくは諦めるんだな」

「……はい……」

 先日の、ウルドとの別れ際の醜態を見せてしまっているカルシスには、モモセが今のこのウルドの補佐官を巡る騒ぎをまったく快く思っていないことを知っているのだろう。

 本当は別に彼の補佐になりたいわけではないのに。

 そんなことは口に出しては言わない。言えない。

 それを言ってしまえばモモセを好ましく思っていない人物たちを、余計怒らせてしまうことは目に見えている。

 それでも、怒らせることは予測がついているにも拘らず、どうしても我慢がならないことがひとつだけあった。

 せめてと遠ざけたその人が、その人の濃密なベゼルの気配を、モモセはいまだに纏っている。
 ラシャードから貰った薬などあっという間に効果を失くした。
 
 モモセの一番の熱の原因。




「モモセ、」



 低い声が、甘くうなじをくすぐった。
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