指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

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I am a living thing which kneels down to you.

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「あ、ウルドだ!」

 存在に気づいていつつも無視しようとしていたモモセは、ヒタキが声を上げてしまったので気づかないフリをしているわけにもいかなくなった。

「閣下」

 折り目正しく礼を取るカルシスやシェスタの後ろに、隠れてしまいたかった。けれど、ウルドが誰を求めて来ているのか知っている彼らは、逃げたくて身体を強張らせるモモセを小声で咎める。

「あ、今日はルナさんもいるじゃん」

 誰だ、と思いつつ、とうとう背を向けているわけにもいかなくなり、憂鬱と恐慌を押し殺して動作でもったりと声の方向に目を遣ると、大勢の生徒や軍人たちに囲まれて、頭ひとつふたつ抜きんでた長身を持つ男が、笑みを浮かべて手を振っている。

 疲れているのだろうか、どことなくその動作は気だるげだ。

 その側に立つ見知らぬ人ではなく、まずそちらに注意を取られてしまうことにモモセは嫌気がさしてしょうがない。

 ウルドだった。

 熱いものと冷たいものが、一緒くたになって喉を滑り落ちる。

 どうしてこうして彼の姿を前にしているのだろう。
 彼が自分を見ているのだろう。

 モモセはいつも、この瞬間が理解できない。

 彼の隣の男が、ウルドと同じようにこちらに手を振っていた。つり上がった目は細く、その瞳の色すらわからないほどだった。その右目には片眼鏡が乗せられている。

 二色の毛色の異なる髪は、前髪が少し鬱陶しそうに目にかかっていた。

 ヒタキは楽しそうに手を振り返したが、モモセは無表情のまま目礼を返すに留めた。ウルドと視線を交らせることはしない。

「──あの人が?」

「そう、ルナさん。本名はルナーラルって言うんだけどね。そう呼んで構わないんだって。ウルド直属の部下だよ。ずっと見てなかったけど、やっぱり調査には参加してたんだね」

「あの人の部下、か……」

 瞼を半分落としたまま、モモセはルナーラルを見た。軽薄そうな笑顔だ。ウルドの部下と言うだけあって、まともには見えない。着崩された軍服、浮ついた足取りで、ウルドと一緒に近づいてくる。モモセはかたくなに、ウルドから視線を逸らし続けた。

 ヒタキはその場から動かないモモセとは違い、彼らに駆け寄る。仲が良いのだろう、ルナーラルと手を打ち合わせて挨拶をしている。

 ヒタキの屈託のなさが、この時ばかりは恨めしい。

「久しぶり! 会わないから、こっちには来ないと思ったよ!」

「上官殿とは別行動だったんだよ。元気で何より。あんたは全然大丈夫そうだねえ」

「おれはね。でも事件だなんて思わなかった」

「本確定じゃないけどね。でもどうやらその線が強そうだ」

 会話を聞きながら、モモセは足を引いて逃げ出したい衝動をこらえ続けていた。ウルドはルナーラルとヒタキのやり取りには加わらず、迷いなくモモセに近づいてくる。

 しまった、ルナーラルに挨拶をするんだった。
 後悔すれどももう遅い。

 寮に入ってしまえば遭うこともない。その見通しは甘かった。モモセが入学してから一日も欠かすことなく男はモモセを訪ねて来ていた。

 仕事だとウルドは言って、確かにそれは校内で誘拐もあっているという噂から見ても嘘ではなかっただろう。だが寮に入りたいと告げた翌日の夕刻に早速現れたウルドにモモセは驚きと動揺を禁じえなかった。

 別れ際の悲愴さは偽りだったのかと疑ってしまうほどに、ウルドは相変わらず公の場でモモセを抱きしめた。気にしてばかりいたのは自分だけだったのかと、その翌日ばかりはモモセは腫れた目で思ったものだった。反動でウルドに対する不満のようなものが腹の中に溜まっていっていて、それは現在も増え続ける一方だ。

 モモセは警戒を身体中に漲らせてようやくウルドを見上げた。少しでも隙を見せればすぐさま絡め取られてしまうので、油断が出来ないのだった。

 こちらに一歩ウルドが近づくごとに、モモセは一歩後退する。
 まるで獣の捕物だ。

 彼は右の口端に苦笑を刻むや、一気に距離を縮めてきた。

 悲鳴を上げる暇すらなく、モモセは左肩に担ぎあげられていた。抱かれるより何倍もマシだが、密着していることは間違いない。一瞬呆けた後、モモセは必死になって手足をバタつかせた。

「っやだ! やだぁっ! 降ろして降ろして降ろして!」

 こればかりはもう体面とか外面とか、そんなものを気にしている余裕はなかった。けれどまさか本当に殴りつけたり蹴りつけたりなどする度胸はなく、ウルドが一度動きを止めたときにはどこかに当たったのかと大いに焦ってしまった。けれどすぐに緊張は解かれ、宥めるように腰のあたりを叩かれる。

「大丈夫だから、な、落ち着け」

「なっ、何、が、何が大丈夫だって言うんですか!」

 何も、大丈夫ではない。周囲から向けられるいくつもの目。衆目の多さはモモセの許容を上回る。好奇、侮蔑、──怖い、いますぐ消えてなくなりたい。

「あんまり、嫌がることをするものじゃないよ」

 ルナーラルは呆れたような口調で忠告した。

「あまりかわいいかわいいと追いかけると、この手の子どもはますます怯えて逃げるものでしょ。女子どもの、扱い方を知らないわけでもあるまいに」

 皮肉りながら、それに、と彼は声音を落とした。



「彼女──、神官殿に、見つかったようだ」

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