指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

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I am a living thing which kneels down to you.

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「彼女――、神官殿に、見つかったようだ」


 その瞬間、ウルドの纏うベゼルが硬質なものに変わったのをモモセは感じた。怯え、モモセはウルドの背中に回していた掌に力を込める。


『――隠せ!』


 男はベゼルに命じ、不意にモモセは何者の視線も感じなくなったことに気付いた。ざわめく人の群れは、いきなりウルドたちが消えたことに驚いている。

「うわ、何これ」

 一緒に隠されたヒタキが、きょろきょろとあたりを見回した。

「ウルド、すごいね!」
「ヒタキ、好奇心旺盛なのは結構だけど、ちょっとあたしのうしろに隠れててよ。守れないから」
「うん、分かった」

 ヒタキは素直にうなずき、モモセも男の背にしがみついたまま、そろそろと顔を上げ、後方を伺った。

 ウルドの眼差しが、どこに向かっているのかモモセはすぐに気付いた。人ごみにまぎれてこちらを見つめる異質な影があった。学校の生徒ではないらしい。真っ白な長布を纏い、表情は隠されている。ただひどく動揺しているのかベゼルの気配が乱れていた。とてもきれいで、思わず見惚れるほど、清廉な雰囲気。自分と、どこか似通った、何か。

 ばっ、と白い衣の裾を跳ね上げ、美しい指先が空へと掲げられた。そこから凄絶な光を放ち出現する、巨大なげっぱく。それは『神官殿』と呼ばれる女性の後方で後光のように広がった。

 軍人二人は身構えた。

「こんなに早く遭うとは……。――大丈夫だ。あの人は――、危なくはない。敵ではないが、遭わないにこしたことはないな。ルナーラル、足止めを頼む」
「承知、――でも今更、無駄なようですが。どうやら少し――、頭に血が上っているらしい」

 ルナーラルの足元に、けしむらさきの環が顕れる。
 それを待っていたかのように、神世の言語で練られた聖言がこちらに向かって放たれた。

『―――――!』

 ぐわりと、ベゼルの波が襲ってくる。その瞬間、ウルドはしっかりとモモセを抱え、走り出した。そこでモモセはほっそりとした指から紡がれていた幻想から抜け出し、置かれている状況に気づく。ウルドが自分を抱きしめたままであるという状態に。

「待って、やだ! なんで逃げるの!? ってか、自分で、自分で走る……ッ! 触んないで……!」






 ずいぶん歩いて連れて来られたのは、誰も使っていない空き教室だった。

 モモセは来たことのない教室だ。奥まった場所にあるので、あまり誰も近寄らないのかもしれない。着いたのは歩くにつれ人通りのなくなってくる廊下に、モモセが暴れるよりも不安を覚えだしたころだった。

 突き当たりのその場所は、最初はただの壁だった。そこで二言三言、ウルドは『神世の言語』で呟いた。蒼の光とともに壁に顕現した環は、その壁を溶かし、先に小部屋を開いた。驚きに声を出せないでいるモモセに、ウルドは笑う。

「ここに通っていたころ、友人たちと造った――。……まだ誰も、見つけていなかったのは驚きだが」

 窓のない部屋ではあったが、その部屋はほの明るかった。内装は異国のアンティークで統一されており、見るからに高そうだ。ウルドが友人と言うからには、それなりに地位の人間たちだったのだろう。暗色で統一された家具の木材は時を経てもつやつやとした光沢を放っている。

 モモセは二人がけの猫足のソファに下ろされた。ウルドはそれを立ったままで見下ろす。

「今のように静かに抱かれてくれているとありがたんだが」
「ッあなたがっ! おれに触ったりしなきゃ……っ、叫んだり、しません……っ!」

 何なのだ、一方的にこちらを情緒不安定だとでも言うように。
 モモセは不満をありありと浮かべた目でウルドを見た。疑問はたくさんあった。

「そもそもさっきは――、なんだったんですか。あの方は、誰ですか。なんで、逃げたんですか」
「質問が多いな」

 ウルドは目元を和ませたが、そのほとんどに答える気はないようだった。

「俺の遭いたくない女性だ。彼女と遭うと面倒が多い。だから、逃げた」
「おれと――、何か関係があるんですか」
「いいや?」

 やわらかい口調でウルドは否定した。モモセはこの問いをかなりの覚悟の上でしたのだったが、それはまったくの無駄だった。

「これは俺の問題だ。どうしてお前に関係がある? なぜそう思う?」
「なぜ――――って、」

 モモセは言い淀んだ。じわじわと顔が火照ってくる。それは自分のためにウルドがしたことのような錯覚をしていたことに、今更ながら気付いたからだった。追い打ちをかけるように、ウルドの平然とした声がどうした、などと訊いてきて、モモセはいよいよ顔を覆って俯いた。

「すみ、すみませ、ん。ごめんなさい、忘れてください……!」

 今すぐウルドの前から消えてしまいたかった。じわりと目頭が熱くなる。

「何を忘れればいいのか、よくわからない」

 ウルドはモモセの前に跪き、顔を隠す腕を掴む。

「いや、触らないで。見ないで」

 仔どもは身体を捩って主人から逃れようとする。けれど男はそれを赦さない。服の上からにせよ細い手首をしっかりと握られ、モモセにできることはせいぜい顔を背け、赤い頬を彼から隠すことくらいだった。

「いや、」
「いや、じゃない。俺はお前を好きなときに見るし、触る。触れ合いは大切だろう?」
「そんな下らないことに、わざわざ時間かけないでください――ッ」
「断る。俺にとっては最重要項目だ」

 きっぱりと断言したウルドは、そのままモモセの頬に手をやった。

「や、」

 短い拒絶とともに、モモセは首を振る。しかしそんな抵抗が効くわけもなく、モモセはあっさりと肌に触れることを許してしまう。

「モモセ、これはお前の義務だ」

 思いがけない言葉に、モモセは戸惑って男を見た。

「もう隠すのも面倒だ。そのほうがお前に触るのに楽だからな」
「――何を、」

 言いかけた台詞はウルドがモモセを抱え上げたことで途切れる。

「優秀なやつならお前が不可触民だと分かることもあるぞ? 俺はお前に触れることで、俺のベゼルをお前に刻んでいる。そうすればお前のベゼルが俺に隠れる。
 ――ただ無意味に嫌がらせをしているわけじゃない」

 ウルドはモモセと交代してソファに腰かけると、その前に仔どもを座らせた。モモセの両手を上から握り、腹の前で交差する。モモセの華奢な躯を背後から自由を奪うように抱きしめる。

 そうして、

「これは義務だ」

 と男は刷り込むように囁いた。
 モモセは睫毛を震わせた。こいねがう口調で訊ねる。

「義務……?」「そうだ」

「――義務……」

 茫漠とモモセは呟いた。

 冷たい手の指先をウルドはさすって包み込む。

 義務という言葉はどうしようもなく甘い匂いを撒き散らしてモモセの中に響いた。まるで麻薬だ。そのあまりの大きさに、顔を歪める。

「お前は理由がなけりゃいけないんだろう。だったら義務だ。俺がお前に平穏な学生生活を送らせるための義務、そう思っとけ。いいか、俺に面倒は掛けさせてくれるな」

 モモセを受け身に持ってきたのがこの男のあざといところだった。ひどい、とモモセは感じずにはいられない。これをモモセが、という主語を持ってきたのだとしたらすぐさま抵抗しただろうがウルドはそのようなことはせず、モモセは変わらず男の腕の中だった。

 けれど今のモモセは告げなくてはならないことがひとつ残されているのだ。モモセは声を振り絞った。


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