指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

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I am a living thing which kneels down to you.

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「――手助けいただかなくても、大丈夫なんです。ラシャード先生からお薬をいただきましたから」
「――あぁ、」

 思い至ったかのように、ウルドは平坦な声を漏らした。

「知っている。えんの族長のベゼルだ。腹から臭いをつけるつもりだったんだろうが、俺は気に入らんな」

 てのひらを向けられ、モモセはその手を戸惑ったまま見つめた。ウルドはその手を促すように振った。

「出しな」

 その声に逆らえず、モモセは懐にしまい込んでいた小瓶を取り出してしまった。

「持ち歩いていたのか」
「だって、あなたが――」

 ウルドは結局連日モモセに接触するわけなので、いつまでたってもその気配がモモセから薄れることはなかった。男と別れればすぐにモモセは薬を飲んだ。だからいつも、お守りのようにモモセは小瓶を持ち歩いていて、事実、この小瓶はモモセを守る砦だった。

 出したいいものの、モモセは小瓶を握ったままでいた。それをウルドは取り上げる。

「あっ――」

 モモセは男の行動に、咄嗟に声を上げてしまう。

「そんなにこれが大切か?」

 片手で小瓶ももてあそびながら、ウルドは訊ねてくる。およそ含むようなものはないからりとした口調ではあったが、それだけにモモセは何かの予感が背筋を走るのを感じずにはいられなかった。

 男の大きな手の中にある小瓶はいかにも小さく繊細で、今にも壊れてしまいそうではらはらする。

「そんなに消したいか? 俺の気配を。この男の方が気に入ったか? この男を腹に受け入れるのは、そんなに気持ちよかったか? 俺のベゼルよりも?」
「そんな――!」

 反射的に反駁しかけ、モモセははたと唇を押さえる。
 自分が何を言わんとしているのか、戸惑う。好き者のように煽られるのは心外ではあったけれど、だからといってウルドのベゼルの方がいい、と答えるのは間違っている、気がした。

「だって――、」

 ウルドは王族の人間だった。そのことを知ったときに覚えた戦慄はいまだに身体の芯を冷やしているのに、二度とお傍に寄るまいと決めたのに、モモセはどこまでも流されやすく、意志の弱い仔どもだった。

 自覚した罪の贖罪は何時の日ぞ。
 自分のため、ウルドのため。

 自分の出自を隠すためならば、もうウルドにこうして抱きしめられる必要はない。けれどウルドはそれを口実にして、いとおしさのためにモモセを抱いている。だったらそれを拒否できる権利などモモセの立場にあるとは思えない、なんて、言い訳だ。

 家族でもないウルドが毎日のこの行為に飽いるには、あとどれほどの時があるだろう。

 畢竟、血以上の愛情などこの世界にはなく、ウルドがモモセに興味を失うのは時間の問題だった。その時にはウルドは自分の過ちを知り、きっとモモセを放ってはおかないだろう。その時こそが贖いの日なのだ。

 その予感を確かに感じながら、モモセは抱え込まれている腕の中で身をよじり、ウルドから小瓶を取り返そうとした。「も、もういいでしょう……?」

 いいや、と男はモモセの懇願とは反対に、更に身体が密着するよう寄せてくる。

「返してほしいか?」
「はい」
「ふうん」

 モモセの目の前で振られた小瓶は、そのままウルドの手の中に隠されてしまう。

「つれないな。俺がいるのに、別のベゼルがいいとお前は言うのか。でも俺のを試してみるまで実際のところはわからないと思わないか?」

「え?」

 非難めいた声とともに、するりと腹に手が滑らされた。すりすりとそこを思わせぶりな手つきで撫でられ、垂れた耳の先をぱくりとあまがみされる。

「ひあ!?」

 声を裏返させたモモセは恨みがましく後ろを振り返った。

「よ、余計なところを触らないでください……! おれのベゼルを隠すだけなら、こうしているだけで十分でしょう……!?」

「――ふは、お前を相手にしてると、無垢な生娘を無理やり手籠めにしようとしてる変態みたいな気になるなァ」

 モモセが少年であるという点を除けば事象自体は事実であったが、ウルドはそれを棚上げしてもモモセがウルドの真意をくみ取れないという幼さに感動と興奮を抱かずにはいられなかった。

「だ、だって、色んなとこに神経使うの疲れるんです……!」
「――へえ? ……モモセ、お前、俺が今、本当にそれだけのためにお前に触っていると思ってるのか?」

 小声での抗議にウルドは面白そうに相槌し、尻尾の付け根をぐっと握りこんだ。

「……? ほかに、何が……? っひ、ぁ……っ」

 そこは、モモセの弱いところだ。モモセはぶるりと躯を震わせ、滲んだ涙の膜が張った瞳でウルドをきっと睨みつけた。

「へんたい。へんたい、です……! ぜったい、そう……! へんたい……!」
「っふはっ」

 ウルドは顔を背けて噴き出した。楽しそうに肩を揺らしてくつくつと笑うウルドに、モモセは食ってかかる。

「何が面白いんですか……!」

 悪い、と憤慨するモモセを手で制したあと、ウルドは顔を上げた。まっすぐにモモセを射抜く眼差しは細められて、その奥に白々と輝く何らかの感情が窺えた。

「俺はむしろ、モモセ、怒っていたはずだったんだが。お前に変態、と罵られるのは、案外腰にクるものがある。……――――悪くない」

 無邪気とも形容できる顔で笑っていたくせに、妙に最後の一言は、ひとつ音階を低めて発せられた。掠れ、威圧をはらんだそれにモモセはあからさまな動揺を示す。

「え――――」

 戸惑ったときにはもう遅い。視界が躍ったかと思うと、モモセは毛足の長い絨毯の上に躯を横たえられていた。動揺を黒い瞳いっぱいに浮かべるモモセに対して、仔どもを見下ろすウルドは余裕たっぷりに、形の整った唇に薄い笑みを浮かべていた。

「変態なら、せいぜい変態らしいことをしようじゃないか。お前のお墨付きももらったことだしな。ついでにただ抱きしめているよりも、よほどお前のベゼルを隠せるだろう」

 囲うように顔の両脇に両腕を置かれ、距離が近すぎるせいで逃げ出そうにも身体を起こせない。かすかに肘をついて掌に力を入れるが、それが精いっぱいだった。

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