40 / 41
I am a living thing which kneels down to you.
6
しおりを挟む「――手助けいただかなくても、大丈夫なんです。ラシャード先生からお薬をいただきましたから」
「――あぁ、」
思い至ったかのように、ウルドは平坦な声を漏らした。
「知っている。炎虎の族長のベゼルだ。腹から臭いをつけるつもりだったんだろうが、俺は気に入らんな」
てのひらを向けられ、モモセはその手を戸惑ったまま見つめた。ウルドはその手を促すように振った。
「出しな」
その声に逆らえず、モモセは懐にしまい込んでいた小瓶を取り出してしまった。
「持ち歩いていたのか」
「だって、あなたが――」
ウルドは結局連日モモセに接触するわけなので、いつまでたってもその気配がモモセから薄れることはなかった。男と別れればすぐにモモセは薬を飲んだ。だからいつも、お守りのようにモモセは小瓶を持ち歩いていて、事実、この小瓶はモモセを守る砦だった。
出したいいものの、モモセは小瓶を握ったままでいた。それをウルドは取り上げる。
「あっ――」
モモセは男の行動に、咄嗟に声を上げてしまう。
「そんなにこれが大切か?」
片手で小瓶ももてあそびながら、ウルドは訊ねてくる。およそ含むようなものはないからりとした口調ではあったが、それだけにモモセは何かの予感が背筋を走るのを感じずにはいられなかった。
男の大きな手の中にある小瓶はいかにも小さく繊細で、今にも壊れてしまいそうではらはらする。
「そんなに消したいか? 俺の気配を。この男の方が気に入ったか? この男を腹に受け入れるのは、そんなに気持ちよかったか? 俺のベゼルよりも?」
「そんな――!」
反射的に反駁しかけ、モモセははたと唇を押さえる。
自分が何を言わんとしているのか、戸惑う。好き者のように煽られるのは心外ではあったけれど、だからといってウルドのベゼルの方がいい、と答えるのは間違っている、気がした。
「だって――、」
ウルドは王族の人間だった。そのことを知ったときに覚えた戦慄はいまだに身体の芯を冷やしているのに、二度とお傍に寄るまいと決めたのに、モモセはどこまでも流されやすく、意志の弱い仔どもだった。
自覚した罪の贖罪は何時の日ぞ。
自分のため、ウルドのため。
自分の出自を隠すためならば、もうウルドにこうして抱きしめられる必要はない。けれどウルドはそれを口実にして、いとおしさのためにモモセを抱いている。だったらそれを拒否できる権利などモモセの立場にあるとは思えない、なんて、言い訳だ。
家族でもないウルドが毎日のこの行為に飽いるには、あとどれほどの時があるだろう。
畢竟、血以上の愛情などこの世界にはなく、ウルドがモモセに興味を失うのは時間の問題だった。その時にはウルドは自分の過ちを知り、きっとモモセを放ってはおかないだろう。その時こそが贖いの日なのだ。
その予感を確かに感じながら、モモセは抱え込まれている腕の中で身をよじり、ウルドから小瓶を取り返そうとした。「も、もういいでしょう……?」
いいや、と男はモモセの懇願とは反対に、更に身体が密着するよう寄せてくる。
「返してほしいか?」
「はい」
「ふうん」
モモセの目の前で振られた小瓶は、そのままウルドの手の中に隠されてしまう。
「つれないな。俺がいるのに、別のベゼルがいいとお前は言うのか。でも俺のを試してみるまで実際のところはわからないと思わないか?」
「え?」
非難めいた声とともに、するりと腹に手が滑らされた。すりすりとそこを思わせぶりな手つきで撫でられ、垂れた耳の先をぱくりとあまがみされる。
「ひあ!?」
声を裏返させたモモセは恨みがましく後ろを振り返った。
「よ、余計なところを触らないでください……! おれのベゼルを隠すだけなら、こうしているだけで十分でしょう……!?」
「――ふは、お前を相手にしてると、無垢な生娘を無理やり手籠めにしようとしてる変態みたいな気になるなァ」
モモセが少年であるという点を除けば事象自体は事実であったが、ウルドはそれを棚上げしてもモモセがウルドの真意をくみ取れないという幼さに感動と興奮を抱かずにはいられなかった。
「だ、だって、色んなとこに神経使うの疲れるんです……!」
「――へえ? ……モモセ、お前、俺が今、本当にそれだけのためにお前に触っていると思ってるのか?」
小声での抗議にウルドは面白そうに相槌し、尻尾の付け根をぐっと握りこんだ。
「……? ほかに、何が……? っひ、ぁ……っ」
そこは、モモセの弱いところだ。モモセはぶるりと躯を震わせ、滲んだ涙の膜が張った瞳でウルドをきっと睨みつけた。
「へんたい。へんたい、です……! ぜったい、そう……! へんたい……!」
「っふはっ」
ウルドは顔を背けて噴き出した。楽しそうに肩を揺らしてくつくつと笑うウルドに、モモセは食ってかかる。
「何が面白いんですか……!」
悪い、と憤慨するモモセを手で制したあと、ウルドは顔を上げた。まっすぐにモモセを射抜く眼差しは細められて、その奥に白々と輝く何らかの感情が窺えた。
「俺はむしろ、モモセ、怒っていたはずだったんだが。お前に変態、と罵られるのは、案外腰にクるものがある。……――――悪くない」
無邪気とも形容できる顔で笑っていたくせに、妙に最後の一言は、ひとつ音階を低めて発せられた。掠れ、威圧をはらんだそれにモモセはあからさまな動揺を示す。
「え――――」
戸惑ったときにはもう遅い。視界が躍ったかと思うと、モモセは毛足の長い絨毯の上に躯を横たえられていた。動揺を黒い瞳いっぱいに浮かべるモモセに対して、仔どもを見下ろすウルドは余裕たっぷりに、形の整った唇に薄い笑みを浮かべていた。
「変態なら、せいぜい変態らしいことをしようじゃないか。お前のお墨付きももらったことだしな。ついでにただ抱きしめているよりも、よほどお前のベゼルを隠せるだろう」
囲うように顔の両脇に両腕を置かれ、距離が近すぎるせいで逃げ出そうにも身体を起こせない。かすかに肘をついて掌に力を入れるが、それが精いっぱいだった。
0
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません
ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。
全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
黒豹陛下の溺愛生活
月城雪華
BL
アレンは母であるアンナを弑した獣人を探すため、生まれ育ったスラム街から街に出ていた。
しかし唐突な大雨に見舞われ、加えて空腹で正常な判断ができない。
幸い街の近くまで来ていたため、明かりの着いた建物に入ると、安心したのか身体の力が抜けてしまう。
目覚めると不思議な目の色をした獣人がおり、すぐ後に長身でどこか威圧感のある獣人がやってきた。
その男はレオと言い、初めて街に来たアレンに優しく接してくれる。
街での滞在が長くなってきた頃、突然「俺の伴侶になってくれ」と言われ──
優しく(?)兄貴肌の黒豹×幸薄系オオカミが織り成す獣人BL、ここに開幕!
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる