41 / 41
I am a living thing which kneels down to you.
7
しおりを挟む「しっぽ、痛くないか」
そこは妙に優しく訊ねられ、喉を干上がらせながらモモセは答える。
「だいじょ……ぶ、です……」
なにが正しい答えなのか、モモセには分からなかった。
「そうか、それはよかった」
絨毯はふかふかで心地よくて、ウルドが心配しているようなことはまったくなかった。彼は返答に、ゆったりと口元を緩めた。
だからそう言われたとき、嘘でも痛いと言えばよかったのだ、と気付いた。答えは我慢しろ、かもしれなかったが、ひとつ機会を逃したことは、間違いない。
「だったらこのまま続けても構わないな。ソファでは少々、狭すぎる」
質問ではない、自分自身に対する確認のように、言葉は呟かれた。
モモセの額へと当然のように口づけが落とされ、こめかみ、頬と伝ってくる。
「ん……っ、や……」
いやいや、と顔を背けると、軽く鼻先に咬みつかれる。それに驚いてウルドを見上げると、今度は唇同士が合わさった。
あまりの衝撃に、モモセはそのまま固まった。ウルドはそんなモモセに構う様子もなく、何度も啄ばむようなキスを繰り返した。
触れる、離れる、舐める。じわじわと行為が脳に沁みてくる。もう何度目かも分からなくなるほど、それは男がモモセに繰り返した行為だった。
我に返って撥ね退けようとするけれど、ウルドはモモセの頭をすっかり抱え込んでしまって、離れられない。なだめるように黒く染まった髪を撫でられ、耳の先を擽られる。
ウルドは舌先でモモセの唇をやわらかく押しつぶした。そうしてそこで囁くのだ。
「モモセ、舌、べえっしてみな?」
吹き込まれる息に、奥歯がじぃんと痺れた。頭が熱を持ったようにぼうっとしてくる。それでもモモセはそれがいけないことだと分かっていた。
だめ、モモセは拒絶しようと口を開けた。それが間違いだった。ゆるく指先を咥内に差し込まれ、閉じられないように固定される。
渡したままだった小瓶のコルクを、男は器用に片手で引き抜くのを視界の端で認めた。
「ぁに、を……」
無理矢理声を絞り出そうとして、男の指に触れてしまう舌の感触に慄く。
まだ三分の二ほど残っていた中身を、ウルドは一気に呷った。
目を見張るモモセを前にして、男はそれを飲み込むでもなくそのままモモセに覆いかぶさった。
「ふ……、ン……っ」
かすかに開いた隙間から、ウルドの舌が口内に滑りこんでくる。男は薬の粒すべてを喉奥まで押し込んで、すべてを無理に嚥下させた。
「ぅ、ンン――」
胸を喘がせ、モモセはそれを促されるまま必死で腹の中に落とし込んだ。すぐさま粒は形を失い、腹から身体の隅々まで熱を送り込もうとしている。
粒は全部でいくつあったのだろう? 一度にひとつ以上を飲んだことなどない。一粒でさえ気が滅入っていたのに、それ以上を強要されるのは苦痛でしかなかったし、飲まなくて済むのなら全力で避けたかったのだ。
他者に身体の内部をいじられるのはモモセにとっておぞましいことでしかなかった。それが必要な処置であるから受け入れていただけだ。見も知らぬ男の熱が、いつも以上の激しさでもって体内で燃えている。
縋る場所のない手がたまらずに腹をさすり、制服をくしゃくしゃに握りしめた。
「ひ――っ」
「あーあーあー、……すっかり気持ちよさそうな顔して」
身体を起こしたウルドは、うっそりと呟いた。
「この御仁のベゼルはお前と相性がいいのかな。――胸糞悪い光景だ」
自分でモモセに大量の薬を飲ませたくせに、そんな理不尽なことを言って男はモモセを蔑むように見下ろしてくる。まるでモモセが悪いかのように視線で詰ってくるのだ。彼の身勝手さには憤りしかないはずなのに、こうなってしまう自分の方が申し訳ない気持ちになってしまう。
「しかしもう薬はない。お前の素性を隠すには、俺に頼るしかない……」
「ら、ラシャードせんせいに……新しく薬をもらえば……」
「これはそう簡単に生成できるものではない。それまではどうするつもりだ? 身分が割れたら困るだろう?」
追い詰めるような物言いにモモセは思わず目を潤ませた。そのような状況に追い込んだのはすべてこの男なのに。
「ひどい。あなたが全部飲ませたのに。あなただって困るでしょう……?」
「そうだ。俺はたとえこんな薬一粒の影響だろうと俺のものに他の男の臭いが着くのは耐えられん。俺の推薦で入学したはずのお前に、たとえ偽りであろうと別の男の手もついていると思われるのも屈辱だ。だがお前の身元がばれるのも困る。だから」
もはやこうするしかあるまいよ、と。
まるで仕方がないことのように言って、けれどそれが予定調和なことくらいモモセだって知っているのだ。
男の顔が伏せられて、逃げるまもなくまた唇がしっとりと重なる。
温かい唾液を纏った舌が、モモセのものを容易に捕まえる。ざらりとした味蕾が擦れあうと、背骨がぞくそくと震えて、薬とは比べ物にならないほど下腹から熱がせり上がってきた。
たまった唾液はモモセの方ばかりに流れ込み、続くキスにモモセがそれをどうにもできないでいると、ウルドはそれをさらに奥まで押し込めてモモセの顎を反らせ、また喉を開かせた。ウルドの味が、喉の奥まで流れてくる。素直に男のものを受け入れてこくこくと飲み干す様に、男は嬉しそうに笑ってまだすべらかな喉を甘咬みする。
そしてそれはまたモモセを燃やす燃料になるのだ。
こわい、きもちいい、躯の中まで、
――――このひとが。
無理矢理与えられているのは同じなのに、薬とは違ってどうしてこの男のベゼルはこんなにもたまらない気持ちになるのだろう――?
「ん……、ン――――」
「……きもちいーか? なあ、俺も悪くないだろう」
そう訊かれ、モモセははっとした。涙で潤んだ瞳には、理知と、恐怖が戻ってくる。
「……なん、で……」「お前を守るため」
うっそりと男は言いやった。やはりあらかじめ用意されていたような、軽薄な物言いだった。「言っただろう? あんな方法でいいのなら俺の方がもっと深くお前のベゼルを隠してやれる。お前もまんざらじゃないなら、抵抗するな」
「まんざら……なんて、」
「薬はもうない。俺に迷惑をかけたくないのなら、大人しく任せとけ。誰もお前を不可触民だと気付かない。気づかなければ罪などない」
「あなたと……おれがいる……」
モモセは震える声で言い募った。
他の誰が知らなくても、ウルドとモモセだけは知っている。触れあったこと。罪のこと。
「不可触民だという理由で俺を拒絶するなら、きかない。その理由を剥いで、お前が俺に触れられるのが嫌だというなら……これ以上は――考える」
ウルドは制服の下に、手を滑らせた。
「……っ」
モモセは肌を強張らせ、唇を噛む。
「これ以上……なにを……、する、つもりですか」
「変態的で、いやらしいコト」
具体的にどんなことなのか、ウルドはモモセの耳元でたくさんささめいてくる。それだけで躯の芯が火照るようなのに、思わせぶりに脇腹を撫でられ、徐々に這い上がってくる掌の感触に、敏感な皮膚はあっけなく陥落した。
「だめ、だめです……、ぜったいに、だめ……」
口だけは弱弱しい声で抵抗するも、ウルドには逆効果だった。
「嫌がっているように聞こえないな。本気で拒絶したいなら、嫌いだから触るな、くらいは言ってみろ。俺に触れられるのは気持ち悪いと。なあ、どうだ、モモセ?」
「あなたを、嫌えっていうの……?」
モモセはすすり泣いた。
「そう。嫌いだ、大っ嫌い。そんなことを俺とする趣味はないし、俺に触られるのなんて気持ちわるいから止めろって言えるなら、解放してやる。薬を緊急で融通するようにラシャードに言いつけてやろう」
きっと、ウルドはそうやって本気で彼を拒絶したら、モモセを赦してくれるのだろう。手を止めて、これ以上、ひどいことはしない。
けれどモモセにとって問題なのは、決してウルドのすることが、『嫌い』ではないのだ。そして、ウルド自身のことも。
むしろすきだ。ウルドも、ウルドに触られることもすきで、心地いい。
言えばいい、言え、触れられるなんて御免だと。それだけで、このひとが罪から救われる。
理性では分かり切ったことなのに、身体が言うことを聞いてくれない。
もし本当にウルドが止めてしまったら、と自分が考えていることに気づいて、あまりに冒涜的なその考えに眩暈がした。
なんて、自分は浅はかなのか。
絶望的なまでの、この愚かさ。
たった一言で最悪は回避されるのに、こんな男に求められてしまえば王族に従うよう運命づけられた獣の部分はどうしたって悦んでしまう。
「そんなこと言えない……っ」
泣き言を漏らしたモモセに、おさない獣を組み敷いている男は眼差しを滾らせた。男の隠しもしない肉欲に、ぎらぎらと瞳はいっそう青く燃えている。
「――ぁ、」
頭よりも先に躯が予感して、モモセはぶるりと震えた。
「――だったら大人しく、俺に躯を預けていろ」
モモセよりよっぽど獣らしい、ざらりと低く喉奥で掠れる声で男は命じた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません
ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。
全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
黒豹陛下の溺愛生活
月城雪華
BL
アレンは母であるアンナを弑した獣人を探すため、生まれ育ったスラム街から街に出ていた。
しかし唐突な大雨に見舞われ、加えて空腹で正常な判断ができない。
幸い街の近くまで来ていたため、明かりの着いた建物に入ると、安心したのか身体の力が抜けてしまう。
目覚めると不思議な目の色をした獣人がおり、すぐ後に長身でどこか威圧感のある獣人がやってきた。
その男はレオと言い、初めて街に来たアレンに優しく接してくれる。
街での滞在が長くなってきた頃、突然「俺の伴侶になってくれ」と言われ──
優しく(?)兄貴肌の黒豹×幸薄系オオカミが織り成す獣人BL、ここに開幕!
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる