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第三航海
口づけ、その意味
しおりを挟む「お前たち……野暮なことしてくれるね……」
「いやいやいや、俺たち悪くないでしょディー、さすがにここでかますのはやめてくんない? 俺兄貴が発情してるところ見たくないんだけど。やるなら見えないところでやってくれ」
「お頭、無理やりはちょっと」
「無理やりじゃないでしょ合意でしょ」
よろよろと立ち上がり、アリオンはディアギレフを睨み上げた。
「……あれが合意とは、恐れ入る。あんたの性根がよっぽど腐ってるってのがよおっくわかったよ」
「はいはい、どうせ、俺は人でなしですー」
おざなりに肯定しながら、ディアギレフは緩まった拘束を抜け、懐から大判の布を取り出した。警戒するアリオンに、「何もしないって」と男は苦笑する。
「ほれ、これ、頭に巻きな。遊びに行くんでしょ。目立つ銀髪でうろうろされちゃ堪らない。あと目も隠して」
頭から顔までぐるぐる巻きにされ、これでアリオンが人魚だとばれることはないだろう。キャビンに引っ込んだのは、どうやらこれを取りに行くためだったようだ。
「臭い」
すんすんと嗅いでから文句をつける。
「煙草の匂いだよ。我慢しな」
「お前の使うくらいならイサクに借りる」
「絶対に許さないよ。何、お前、俺に嫉妬させて楽しいの?」「お前なんかどうでもいい」
「俺にとっては全然どうでもよくないんだよ。むしろ気分が悪いね。ほれ、こっち向きな、カラーグラスも掛けといてくれ」
「あんたのそれは僕には合わな――――んぅ!?」
油断した、気を抜いた。顎に指を掛けられ仰のかされて、上背のある男は覆いかぶさるように背を丸める。
ちゅ、ちゅ、と何度も吸い付かれ、はく、と呼吸を戦慄かせればその息ごと飲み込まれる。さらすように上向かされた喉を擽られると自然と甘ったれた声が出た。空いたくちびるの隙間からあっさりと舌が入り込んできて、拒もうとするアリオンのそれを絡めとる。
「ンん、――」
扱くように擦りつけられ、好き勝手に咥内を探られる。触れあった個所から熱が生まれ、震えてしまいそうなほど心地よい痺れが湧いてくる。
与えられる自分のものではない唾液は、やはり煙草の甘くて苦い、味がした。
前回貪られたときよりもゆるやかな交感、けれども立っていられないくらいその刺激はアリオンには強い。いやいや、と何度も首を振り、胸元を押し返したのに、結局その手はディアギレフにしがみついているし、くちびるは離されないまま角度を変えてはアリオンを味わっていく。
男の行動は以前のような怒りから来るものではなかった。それにアリオンは一層困惑を深くする。
やがて濡れた音を立ててくっついていたくちびるが解かれ、崩れそうになっているアリオンを支えるように男は両腕を少女の背に回し、腰を抱く。
息も絶え絶えになりながらアリオンは男を問いただした。
「なに、これ……」
「ん? なにって、わかってるだろう」
「いやがらせ……」
「キスだよ、嫌がらせでお前はくたくたになるほど感じたのか?」
「か、かん……? だ、って。し、しないって……あんた、なにもしないって言った……」
「そうだったかな、お前さんがあんまりにも可愛いから」
この男は徹頭徹尾、嘘つきだ。
ナイフを持っていたら刺していた。でも今のアリオンには何もない。だから、刺されたところを殴ってやった。でも距離が近すぎたし、執拗な口づけのせいで力の入ってない拳では、有効打とはいかなかった。「はなれろ!」
「痛いよ」
男は手を放し、腹をさすりながら、少しだけ顔を顰めて文句を言った。
「――じごうじとくだ」
唇を拭い、アリオンは吐き捨てた。しびれた舌は呂律が上手く回らない。言葉に力が入らないのが情けなかった。足元もまだふわふわとしていて、うまく立っていられない。
それもこれもアリオンに口づけたディアギレフのせい。けれども彼はどちらのものかもわからぬ唾液で唇を濡らしながら、息ひとつ、顔色ひとつ変えないのだ。
「いい顔だ、アリオン。女の子の顔してる。俺以外の誰にも見られないように隠しておきな」
乗せられた男のカラーグラスは案の定大きい。
「行ってお出で、気をつけて。俺の人魚姫」
「……この節操なしめ、」
力いっぱい男を突き飛ばしたものの、やはり飛ばされたのはアリオンの方だった。
「――早く戻れ、今日だけ見逃してやる。今後一切、僕に触れたら殺すからな」
「あれ? 今じゃないの?」
「お前を待っている女性《ひと》が悲しむだろう」
ふは、とそれは綺麗に男は嗤う。
「言い訳でしょ、アリオン。早く素直になりな」
本人から正面切って指摘され、アリオンの方が彼から心臓を止められるようだった。ぎりと奥歯を噛みしめる。
――この男の根性はいったいどれだけ歪めば気が済むのだ。幼かった自分に教えてやりたかった。
すう、と大きく息を吸い込む。意思を籠めてディアギレフを睨む。
いつまでも、あんたの思い通りに行くと思ったら大間違いだ。
「『あんたなんか大っ嫌いだ!』」
アリオンはその瞬間踵を返し、船を飛び降りた。だからこの言葉の効果がどれほどあったのかは確かではない。でも船の船長を呼ぶ叫び声がいくつもしたので、それなりの効果はあっただろう。せいぜいぶっ倒れでもして、優しい誰かに看病されればいいのだ。声の中には、女性の悲鳴もあったので。
もしくは今の場面を見られでもして、フラれてしまえばいい。あんな男なんか。
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