傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―

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明日なんてのぞまない

腹を裂きてミるまぼろし 壱

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                      ああそうだ、  死んでしまえばいい。


      一


 ふと気づけばあかね射す大路おおじのまんなかに、ぽつねんとどもは立っていた。

 まったく覚えのない場所である。その奇怪さに仔どもは茫洋ぼうようとした 瞳をゆるくまたたかせ、確かにそれがうつつであると知る。

 きっかけは一体何だっただろう。

 仔どもはふら、と歩を進めながら、そのはじまりについて考える。

 きっと、痛くなくなるには、さみしくなくなるには、どうしたらいいのだろうかなんて思ってしまったのがいけなかった。
 後悔なんて欠片かけらもしていないのだけれど、きっと家のひとは大騒ぎをするだろうから。

 いや、もしかしたら少しもしないのかな、厄介者がひとり減って清々せいせいするのかなあなんて、つらつらと考えてみながら仔どもは歩いている。

 どちらにせよ、仔どもは誰にも構われなくなって久しかったからだ。

 はじめに切ったのは腕だった。そうしたらただ痛いだけでうまく死ぬことが出来なかったので、次は腹に刀を突き刺した。痛くていたくてたまらなかったけれどこっちのほうは成功したようで、ああ、がんばったかいがあったと思う。でも身体中がずきずきと痛くて、それがすこし辛かった。慣れていたはずだけれど、やっぱり痛いのは嫌いだ。

 なのに死ぬためにつけた傷ははじめからなかったかのように消えていた。その代わりみたいに現れた傷が、大げさではないわりにゆっくりと仔どもをさいなんでいる。身体のどこかしら、命を削るように血を流す。

 あれ、でももう死んでいたんだっけ。

 どうだったんだっけ、とふわふわ漂う思考を集めて、結局まあいいか、と仔どもは諦めた。莫迦ばかが何かを考えたところで意味なんてない。

 あの場所からいなくなれたのなら、これくらいは許されていい。

 拍子抜けした気がした。随分あっさりと、死んでしまえた。仔どもはいろいろなことに制限を受けていたから、死ぬとことすら自由ではないのではないかと不安だったのだ。

 でももうそのかせはなくなって、どんなに歩いていこうととがめるひともいやしない。この点では、死ぬって素敵なことなのだな、と仔どもは考えて、歩いている。

 仔どもは捨て仔だった。少なくともそう、仔どもは思っていた。家族と同じ屋敷では暮らしていたのだけれど、仔どもだけは二人の兄よりも邪険じゃけんに扱われて、与えられたのは狭い小部屋と、身の回りの世話をしてくれるひとがひとり。

 誰もが自由に屋敷を行き来するなかで、仔どもが存在をゆるされたのは光もとぼしいそこだけだった。
 部屋からほとんど出ずに暮らしていた幾ばくかの年月、やがて仔どもに雑言ぞうごんをぶつけるものさえいなくなる。ほんの数人を除き、仔どもを視界に入れることすらもうなかった。

 いつしか仔どもは小部屋さえも追われて、雑多ざったなものにまみれた蔵に押し込められた。そこには内からは決して開けることが叶わない、じょうが落とされていた。

 その錠の閉まる音を聞いたとき、仔どもははっきりと悟ったのだ。自分がどれほど、周囲にとっての不純物であったのか。

 要らないんだね。自分をそのように納得することは案外と容易で、反面それはとてもとても哀しいことのようで、あやふやな自身の立ち位置をころりと影へと転がすことになんの感慨かんがいもありはしない。

 消えてしまえばいい、と思ったのだ。

 挙句の果ての顛末てんまつが広がる視界に、ただ漫然まんぜんとした安堵感あんどかんだけが胸中に残っている。

 持ってきたものは、ずうっとむかし、一度だけ会いにきてくれた母が渡してくれた風鈴だけ。
 贈り物のゆえは今も分からないままだ。そのまま一度もまみえることなく、彼女は息をうしなったから。

 一度だけでも優しくされた、風鈴はその象徴みたいなものだった。それで想われていた、なんて自分勝手はしないけれど、それでもこの風鈴を仔どもはとても大切にしていた。

 だから死ぬときにはしっかりと抱いていた。それで共にゆけるなんて、信じていたわけではなかったのに。それでもやっぱり嬉しくなって、暮れゆく空に向かってカランと揺らした。青銅せいどう輪郭りんかくが闇を含んだ光を受けて、ほんの少し、眩しくなった。

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