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遅すぎた日々が巡って
愚か者にだせる答えなんてそれくらい
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口を半開きにして空気を吐き出した空が見たのは、戸口に向かって歩みを進める仔どもだった。その足取りに恐怖はなく、ぺたぺたと裸足の足は数歩の距離にある千穿の元へ、あっさりと仔どもを届けてしまう。
だって、そうだ。仔どもは千穿に感謝を抱いてこそ、怯えなんて気持ちなど、今は一切持っていないのだ。
「千穿」
仔どもは木の板一枚隔てたところにいるバケモノを呼んだ。
木の格子を嵌められたそこからは背を向けた千穿の乱れくすんだ金髪が見えていた。一度も櫛を通したことがないように見え、木の葉やごみや、得体の知れないものが絡みついている。その先には夜を手前にしたあかがね色の空が、徐々に湧いてきた提灯と、唄う風鈴に彩られている。
それとは別に、戸口の高いところに取り付けられた風鈴が、仔どもが出るのを拒むように音を立てていた。きっとそとの空気に触れようとすれば、はじき返されてしまうのだろう。 そういうものだからだ。
仕方がないので少し離れたところから、声を放る。
「見えるの」
訊ねると千穿は背中越しに一瞥を寄越し、大きな頭を一度縦に振った。
『最早、見える。私はもうお前に危害を加えるつもりがないゆえ』
才津にされたという説教のせいだろうか。さもなければ屠ってくれただろうか。危害を加えないとはそういうことだ。
「二度目はないって言ったのに」
ああ、千穿までも、自分が死のうとするのを阻むのだな。
「もう、喰おうとはしてくれないの」
『ムスメ、お前は死を望むのか』
落ちた口調で訊いてくるので、仔どもはもちろんだと返した。
「死にたい」
何よりもそれが、優先すべき事柄だ。惑わされて、はじめの目的を忘れるのは愚かだと思った。仔どもの根底にあるのは死しかないのだと、忘れることは赦されない。
「死にたいよ」
刹貴に、優しくされる権利なんて。持っていないはずだ、仔どもは。空に諭されて、気づいた。気づいてしまった。彼はまったく、そんなつもりなんてなかったろうに。
例え父が、兄弟たちが、たくさんの仔どもをいびる人たちがバケモノと呼ばう仔どものことを、このつかの間に出逢った僅かなひとたちがそう呼ばずとも。
ここが何度も温かな場所なのだと知らしめられても。
所詮、 バケモノ。
その烙印を押されて過ごした日々が、そう簡単に癒えるものか。
きっといつでも、いつまでも、仔どもはその心を疑い続けるのだろう。それなしではもう立てなくなりながら、それでもなお。
信用の反対側に裏切りはある。返されるその日をその日まで、仔どもは怯えながら過ごす。それがもし刹貴を哀しませることになるのなら。
この命に何の未練があるというのか。
優しくされた。もう十分だろう。これからもそうされるはずであったとそんな淡い想像図を抱いて死ねるなら、それはどれほど幸福だろうか。刹貴も哀しまない、そして、仔どもも。
「殺して」
誰も、何も、
言わなかった。
だって、そうだ。仔どもは千穿に感謝を抱いてこそ、怯えなんて気持ちなど、今は一切持っていないのだ。
「千穿」
仔どもは木の板一枚隔てたところにいるバケモノを呼んだ。
木の格子を嵌められたそこからは背を向けた千穿の乱れくすんだ金髪が見えていた。一度も櫛を通したことがないように見え、木の葉やごみや、得体の知れないものが絡みついている。その先には夜を手前にしたあかがね色の空が、徐々に湧いてきた提灯と、唄う風鈴に彩られている。
それとは別に、戸口の高いところに取り付けられた風鈴が、仔どもが出るのを拒むように音を立てていた。きっとそとの空気に触れようとすれば、はじき返されてしまうのだろう。 そういうものだからだ。
仕方がないので少し離れたところから、声を放る。
「見えるの」
訊ねると千穿は背中越しに一瞥を寄越し、大きな頭を一度縦に振った。
『最早、見える。私はもうお前に危害を加えるつもりがないゆえ』
才津にされたという説教のせいだろうか。さもなければ屠ってくれただろうか。危害を加えないとはそういうことだ。
「二度目はないって言ったのに」
ああ、千穿までも、自分が死のうとするのを阻むのだな。
「もう、喰おうとはしてくれないの」
『ムスメ、お前は死を望むのか』
落ちた口調で訊いてくるので、仔どもはもちろんだと返した。
「死にたい」
何よりもそれが、優先すべき事柄だ。惑わされて、はじめの目的を忘れるのは愚かだと思った。仔どもの根底にあるのは死しかないのだと、忘れることは赦されない。
「死にたいよ」
刹貴に、優しくされる権利なんて。持っていないはずだ、仔どもは。空に諭されて、気づいた。気づいてしまった。彼はまったく、そんなつもりなんてなかったろうに。
例え父が、兄弟たちが、たくさんの仔どもをいびる人たちがバケモノと呼ばう仔どものことを、このつかの間に出逢った僅かなひとたちがそう呼ばずとも。
ここが何度も温かな場所なのだと知らしめられても。
所詮、 バケモノ。
その烙印を押されて過ごした日々が、そう簡単に癒えるものか。
きっといつでも、いつまでも、仔どもはその心を疑い続けるのだろう。それなしではもう立てなくなりながら、それでもなお。
信用の反対側に裏切りはある。返されるその日をその日まで、仔どもは怯えながら過ごす。それがもし刹貴を哀しませることになるのなら。
この命に何の未練があるというのか。
優しくされた。もう十分だろう。これからもそうされるはずであったとそんな淡い想像図を抱いて死ねるなら、それはどれほど幸福だろうか。刹貴も哀しまない、そして、仔どもも。
「殺して」
誰も、何も、
言わなかった。
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