傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―

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夜に暮らす穏やかな

この身の内にうまれた感情は、

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おれは、お前が少しも分からぬ、人間』

 ぽつりと、仔どもの耳元に落ちてくる言葉。はらんでいる響きを、仔どもには読み取ることが難しい。

『分かるはずだ、おれは。かくあれかしと産まれたアヤカシモノゆえに』

 風鈴の音が、遠くで響いている。

 刹貴は仔どものちいさな顎に手を添えて、そっと仰のかせた。『されど何も見当がつかぬのだから、いよいよもって意義を疑う』

 刹貴の手は大きく、片手で仔どもの顔に余るほど。荒れたそれがすりすりと仔どもの頬を撫でるのが、慈しみから来るものだと、とうに知ってしまっているのに。

『愛されることを望むにもかかわらず、それをお前は厭う』

 的確に言い当てられて、仔どものこころは身震いする。

『なあ、おれは信じろといった。だが久遠にお前を裏切らぬ理由を、おれはお前に差し出すことはできぬのだ』

 いまさら、なんでそんなことを言うんだ。

 訳が分からず、仔どもは自分の着物の裾を握り締める。刹貴にはすがれない。叫びだしそうになる思いを、そうすることで耐えた。

 知っている、そんなこと。だから結局、仔どもは誰のことも信じきれないのだ。虚構の演技の信じた振りしかできないのだ。

 確証のない未来の裏切りを思うとどうしようもなく怖くなって、示される態度に穿った視線を向けてしまう。

 だからいま、捨ててくれるのはかえって都合がいいかもしれない。長くいればいるほど苦しくなるのなら、その時間は短いほうが傷は浅くてすむだろう。最期が痛くても、すこしでも暖かい記憶があるだけ、ましな人生だったような気がした。

 この身体を支える腕は、もういらない。刹貴にとっても、仔どもにとっても。

「手を、」

 放して。そう言いかけたのに、その先は言葉にすることはできなかった。仔どもの唇に触れた親指が、それ以上を言ってくれるなと無言の懇願こんがんを残すからだ。

 仔どもが言葉を呑み込むと、刹貴はそっと仔どもから指を離す。けれど仔どもから退いてくれるわけではなく、むしろその逆だった。

 仔どもを抱く刹貴の腕は、強くつよく仔どもの身体を締め付ける。幼く、身長もせいぜい刹貴の腰にも満たない華奢きゃしゃな仔どもに、その抱擁は身体を圧迫するものでしかない。

 それが制御の効かない気持ちが故のようで、仔どもは目元をたわませる。

 どうしてこんなことをするのだろう。泣きたくなる気持ちの奥で、仔どもはそればかりを思っている。

『人間、おれはお前に好意というものをわずかでも知ってもらいたかった。お前はいつだって、そればかりを願っていただろう』

 刹貴が仔どものこころを語るとき、その言葉が間違っていることはない。見透かされることは心底恐ろしかったが、止める暇も与えず刹貴は続きを紡ぐ。

おれの勝手な都合で、お前をここに閉じ込めたのだ。いればいるほど、結局お前は怯えることしかしなかった。そうしてお前に気遣わせる』

 仔どもは身を縮めた。刹貴の言った最後の台詞は、刹貴の感情如何いかんに関わらず、どうしようもなく仔どもを責めた。

『なあ、おれはな、お前がこころを偽るのなら、そんなものは要らない』

                              要らない。

 まだ刹貴に抱かれているはずなのに、不意に全身が冷えた。

 だったらとっとと捨て置けばいい、枯れた声で叫ぶより早く、肩を掴んで乱暴に引き剥がされる。冷たさをより強く実感する。

『否、おれはお前の本心が欲しいのだ。怯えであろうが忌避きひであろうが、偽りよりはよほどいい。思い知った。無理に好いてくれようとするほど、お前の本心は遠ざかる。それがおれには堪らぬのだ』

「さつ、き」

 どうとも答えを返すことができず、仔どものくちびるはただ自分を拾ったあやかしの名をかたどる。

 ぶつけれる言葉が、真剣さが、  重い。

『すこし、堪えてくれ』

 そういって笑っているくせに、どこか苦しそうに刹貴は言った。そしてゆっくりと、そうすることが目的であると分からせるようにゆっくりと、仔どもを腕の中に閉じ込めた。どうしようもない仔どもの身体は、条件反射でやはりその行為に竦んでいる。『こうやって何度もこの腕にお前を抱くのに、いつまでもお前はおれになれないだろう』

「っ、ごめ、」

 ちからを抜けと、命じてみたがうまくいかない。仔どもの身体は棒のように硬いままだ。それに刹貴は遣りきれない微笑を漏らす。

『逃げ出して欲しいのではない。そのために揶揄やゆしたのではないのだ。できるなら、お前ひとり程度の軽さ、いつまでもこうしていたとしてもおれは構わぬ。

 なあ、人間、』

 途切れた声、続けられた言葉は掠れていて、そのあまりの頼りなさに仔どもは息を呑んだ。こんな風に揺れる刹貴の声を、仔どもははじめて聞いていた。

『どうすればおれはお前に怯えられずにすむ。どうしたらお前はおのれに安心していられる。お前がおれに怯えても、おれはお前を失うわけにはいかないのだ』

 沈黙が、ただただその場に停滞していた。
 熱気に湿った夜の風が、風鈴をあざやかに鳴らしている。
 夜の帳が降りて、風鈴を提げた提灯が舞う時刻。提灯と月明かりが庵の中にしいるお陰で、暗くともあたりはよく見えた。

 けれど見えているものが正しいのかどうか、仔どもにはわからない。

 止めていたことにも気付かなかった呼吸をひとつ、おそるおそる吐き出した。

『すまぬ、』

 刹貴はぱっと仔どもの腰にまわしていた手を解いた。

『もう無理強いをしてお前に触れたりはせんと誓う』

 だから、どうか。語尾は音になることはなく、空気の中に溶けていく。

 伏せられた刹貴の顔を、仔どもは下から見ていた。面に隠されて、表情の読めない彼の顔。

 この感情が真実、自身から湧き出た感情なのか、仔どもには判断がつきかねた。
 数度となく蒼を瞬かせ、繃帯ほうたいを巻かれた心ノ臓の上を撫ぜる。

 刹貴、と自然かたどるくちびる。

(どうしてだろう、こんなにも。いまよわよわしいこのひとを)

 こんなにも大きなひとなのに、小さく見えるこの姿を。

 ただ心底、なぐさめたいと思ったのは。


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