傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―

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それは永遠の秘めごと

君と雨降り

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 教えられたように廊下に出ると、そこには障子戸の群がひしめいていた。ずうっと奥まで続いていて、ずいぶん才津の屋敷は広い。

 八番目、八番目と唱えながら歩いた。そういえば以前、空が十までの数え方を教えてくれて、すこし賢くなったことを仔どもは思い出した。皆と出会っていなかったころの自分と今とでは、在り方がもう、とてもとても様変わりしていた。

 八番目の部屋はすぐに見つかって、仔どもは戸に手を掛けた。

「空ー」

 気安く呼ばわりながら引き開けると、こちらをひび割れた瞳で見返してくるひとりの人間がいた。仔どもは首をかしげる。

 着物を諸肌脱いだ格好のまま、は固まっていた。場所を間違えたか、と一旦は思った。けれどその顔立ち、髪の長さ、背丈、どれを取っても仔どもの知る、だ。

 しかしその膨らみを帯び始めたように見える乳房は、決して男のものではありえない。

「あ、お嬢、さ、」

 つっかえつっかえ、なんとか口に出された自分の呼び名を、聞く。

「、そら。っ、」

 無意識に呟いた刹那、何もかも仔どもは了解してしまえて、瞬時に後ろ手に戸を閉じる。

 見られてはならない、見られては。この中は決して。

 いつも仔どもに向けられる優しげな瞳がみるみる恐悸きょうきに彩られていくのを見て、どうしようもなく自分を責めたくなった。この扉はそんな安直に、開けていいものではなかったのに。

 空に抱いていた心配が、一気に肥大する。
 嗚呼、これだったのだ。空が見せたあの表情の意味。

 男に決まっとる。

 才津のその答えがたとえ空が男だという認識の元で出された答えだとしても。限りなくその答えが正しいのだとしても。空を抉らない理由にはならない。

「言わないからっ」

 饅頭の包みを放り出し、咄嗟に仔どもはそう言って空に縋りついた。勢い任せの行動に、空は体勢を崩して尻餅をつく。

「言わないから、空が知られたくないなら言わないからっ」

 お願いだから。そう絞りだした言葉は、折檻されていた昔に戻ったように細かく震えてしまっている。空の手を握り、言い募った。「そんな目、しないで」

 まるで自分を見ているようだった。暴力を振るわれているときに見上げた瞳には、同じような顔をした自分が映っていた。

 空は答えずに、仔どもの下からなんとか姿勢を立てなおす。落ち着かせるように仔どもの背を叩いた。軽く瞬いたあとの空の双眸には、いつもと変わらない柔らかな色が乗っている。

「大丈夫ですよ、お嬢さん。そんな、泣きそうな顔をなさらないで。おれまで泣きそうになってしまう」

 そう言って、空はわらった。ぐっと息を飲み込み、仔どもは目にちからを入れた。

「違うよ」空が泣かないのなら、仔どもが泣くことなどできようはずもない。
「驚いただけ、だよ」

 そういうと空はなおもくすくすとわらいながら、顔をうつむけた。ふっと静かに続いていた笑声が止む。

 手の甲に、不意に何かが落ちてきた。それはひとつではなく、ほとりほとりと仔どもの手を濡らす。

「あれ、おかしいですね」

 心底不思議そうに空はわらった。

「結局おれ、泣いてるんじゃないですか」

 ああ、こうやって。

 ひとは何かに絶望したとき、その絶望ゆえに哂うのだ。深淵を抱きながら、それでもなお。そうしないと救われないとでも言いたげに、それがひとつ希望のように。

 すがりついてくる空を、抱きしめる。強く、つよく。

 怖いとは思わなかった。それよりも、空を慰めたかった。こうやって仔どものこころは移ろって、停滞しようとするのを赦さない。

「雨が降ってるんだ。だからこんなに、あたしも空も、濡れてる」

 大したことじゃあ、ないんだよ。空が泣いているのなら、雨が降るのは当然だ。
 そう言うと空は、

「粋なことをおっしゃる」 

 ちいさく首を傾げて、かすかに笑った。

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