傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―

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さあ、目を覚まして

新たな日常を蹴破る音が

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           一

 暗く衣替えする星空を、飽きることなく眺めていた。太った月が満ちようとしていて、もうすこしすると提灯が飛ぶ。こちらに来てからそれなりの日々が過ぎた。気づけば、庵の木々に秋の気配を感じるようになっていた。

 刹貴の庵で過ごすあいだ、風鈴を求めてたくさんのものたちが訪れた。刹貴の風鈴はただ夏に涼を演出するものではなく、もちろんその用途でも使用可能だが、おもに呪術的な目的で使われることが多かった。なぜ風鈴なのか、不思議に思って訊ねると元から風鈴にはそのような意味合いがあったらしい。その部分を強調して造ったのだと。

 訪ねてくるもののほとんどはアヤカシモノだった。姿かたちも色も人間からはおよそ異なったものたち。彼らは仔どもを見て驚き、刹貴をからかった。刹貴の人間嫌いは周知の事実だったらしい。そんなお前が人間を飼っているなんてと、そういうことらしかった。

 けれど店に来るのは妖連中だけではなかった。人間も、時折ではあったが仔どもは見かけた。普通の人間というよりも、バケモノに近いような怪僧などが多かったが。

 そんな彼らのために人間避けの風鈴を外し、招き入れるのは仔どもの役目になっていた。

 仔どものためではない風鈴だから、近づいていって不快な思いをすることはない。仔どもには効かないように、造り直してくれていたのだ。

 仔どもに使っていた風鈴は、いつの間にかいらなくなった。気づけば表と裏、両方に掛けられていたはずのそれは、消えていた。逃げる意思などとうに砕かれていることを、刹貴は悟っていたらしい。

 もう少ししたら江戸裏の町中に遊びに行くのもいいかもしれない、と言ったのは、空と千穿だった。

 客を送り出して、仔どもはふらふらと冷たい土間に座り込んだ。だんだんと傷は治っていっているのに、身体のほうは逆に、重かった。引きずられるように眠くなる。よく考えると、前々からその兆候はあった気がした。

 長く息を吐くと、それが聞こえたのか刹貴が立ち上がるのが分かった。 
 風鈴の音が、大きく響く。

『人間』

 くるりと刹貴が首を巡らせた。仔どもを探しているのだ。近頃刹貴はそういった動作をするようになった。いつもいつもひどい恐慌状態にあった出逢ったころとは違って、あまり大きな感情のゆれを見せない仔どもでは、それなりの広さのある部屋の中、気配だけで居場所を特定することは難しい。風鈴で自分の能力を制限されているのだからそれはまったく当然なはなしだった。

「ここー」

 声を上げるとようやく了解したのか、今度は迷いもせずに刹貴は仔どものそばまでやってきた。仔どもが重たいと感じている身体を、まるで小動物でもいらうように軽々と抱き上げる。

 しかし。

『傷が痛むか』

 質問にしばらく沈黙を返し、仔どもは何度か躊躇ためらったあと、あーともうーともつかない単語を漏らした。ちょっぴり申し訳なくなりながら、おずおずと仔どもは言う。

「あのね、刹貴。ちょっと、  逆なのね」

 要するに、刹貴は誤って仔どもの後頭部とはなしをするかたちになったというわけだ。見えないのだから仕方ない。仕方はないのだが。

『む、』

 刹貴は決まり悪げに唸って、いったん仔どもを土間に下ろす。そうしてひっくり返して再び持ち上げて、

『傷が痛むか』
「もっかいするの」

 質問を再開させた彼に仔どもは笑った。

「痛くないよ」

 まったく。そういってしまえば嘘になるが、一向に治らない胸の傷のほかは、もう時折疼く程度だ。刹貴が気にするほどのものではない。

『そうか、すこし、変な気がしたからな。熱でもあるか。気にしすぎたか』

 刹貴は千穿から過保護だ、と称されるくらいだから、きっとそうなのだろう。
 そうやって言われていたことを刹貴に教えると、また彼はむぅと唸った。

『用心するに越したことはないぞ』

 弁解するような口調がおかしい。うんと頷きかけたとき、押入れと表の大戸とが同時に開いた。

 やって来たのはよく見知った主従だった。戸の跳ねかえるけたたましいまでの爆音に、思わず固まった刹貴と仔どもに向かって、空は大変ですと叫んだ。

『いや、大変なのはお前たちの行動だと思うが』

 刹貴の見えない目でも想像しとおせてしまうほど、彼らの騒音は凄まじい。おそらく襖も戸も、壊れているだろう。子どもが来てからのこちらの悠帳ゆうちょう屋のものは、やたらと刹貴の庵を壊してくれる。

「んなこといってる場合ですかっ」

 刹貴ががなった空の思考を読んで状況を把握しようにも、彼は非常にうろたえていて滅裂なことしか考えていない。断片から推察するにも時間がかかる。なにも教えられていないうちから悟れというのも無理な話だと、誰からも理解されないながらも刹貴は憮然とした。

「空、空、もう平気、なのかな」

 仔どもはこっそりと刹貴に囁いた。今度の刹貴もやはり誰にも分からない程度に、口角を上げた。

 あの一件以来、刹貴は才津と一緒にいる空を見ていない。けれど数日前には才津のことで泣き喚いていたとは思えないほど、空はずいぶん才津と息のあった行動をしている。

 空はこういう人間だ。主人には決して弱みを見せようとはしない。それはあの件が才津にばれてはならないという自己防衛がなせる業ではあるようだが。

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