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第一章 学院入学編

ちょっとやり過ぎた

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「んぅ……」
「起きて下さい。イブル様」

 俺を起こす声が聞こえる。

「ぅ……ん。後十分、待って……くれ」

 当然拒否、俺はまだ睡眠を貪りたいのである。

「先程からそう言って三十分程粘っています。もう待てません」
「そこをぉ……何とか、しろぉ……」
「イブル様の頼みとあらば、何とかしたいのは山々なのですが……。お母様がお怒りでして……」

 申し訳なさそうな声が俺の耳元で囁かれる。

「全く……母さんは俺を……何だと思っているんだ……。俺は、魔王だぞ……好きな時に起き、好きな時に寝る権利があるというのに……」
「私もそう思い、お母様に進言したところ「何を馬鹿な事を言っているんだあのバカ息子は」というお言葉が返ってきました」
「そうか……ところで、ネスティ」
「はい。何でしょうイブル様?」

 続く会話の中で、どうしても聞きたい事があった俺は率直に聞く事にした。

「何で俺のベッドで裸になって一緒に寝ているんだ……?」

 一糸纏《いっしまと》わぬ彼女がベッドに入ってきている理由を。

「いついかなる時も、イブル様の身の安全を確保するのが私の務めですから」

 淡々と答える彼女の眼は真剣そのものだった。

「そうか……。迷惑だから服を着て、ベッドから出てくれ」
「御冗談を」
「御冗談じゃない!? 本気で言っているんだ!!」

 俺は体を起こして声を上げた。

「お言葉ですがイブル様、私の日々の原動力は貴方様から摂取しています。私は日に一度はこうして肌を密着させないと業務に支障が出てしまうのです」
「初めて聞いたな」
「初めて言いました」

 ああ言えばこう言う。
 言葉の応酬に俺は頭を掻きながら欠伸をし、ネスティを見た。

 ネスティを俺の部下にしてから早十年。
 当初から目を見張る美しさのあった彼女は、年を経て更にその美貌に磨きが掛かった。

 肩に当たらない程度にまで切り揃えられたアルビノ色の髪の毛は窓から入る日差しに照らされ、輝きを放っている。
 更に十年と言う月日によって肉体も女性らしさを帯びていった。
 おまけに透き通るような肌は彼女の美しさを更に際立たせているという始末。
 
 そんな美女になった俺の幹部は、凛とした目で俺の事を見つめ続けている。

 最近、俺は思う……。
 何か教育の仕方を間違えたのではないか、と。

 裏切りなど考えぬよう、俺に尽くす事を最上の喜びとなるように、俺無しでは生きていけないように
教育したつもりだった。 
 いや、実際そうなってはいるのだが……。

「どうかしましたか? イブル様」

 ちょっとやり過ぎたなぁ……!!

 熱心に教育し過ぎた自分を今になって俺は悔いる事になった。
 そしてそれに慣れてしまっている自分と言う存在が大変悲しい。

「ちょっとイブルー!! 早く降りて来なさい!! 朝ごはん冷めちゃうでしょー!! ネスティちゃんの手を掛けさせないのー!」

 感傷に浸っていると、下の階から母さんの怒号が聞こえてくる。
  
「……はい」

 すっかり眠気が消え去った俺は、弱弱しく呟くと朝食の席へ向かう事にした。



「イブル様。どうぞ」
「あむ……うん、美味い」

 服を着たネスティと共に下へ降りた俺はネスティに朝食を食べさせてもらう。
 最初の方は拒否していたのだが、あまりにもネスティがしつこいので俺もすっかり受け入れてしまった。

「あんたねぇ……」

 その光景を見ながら母さんは溜息を零す。

「ネスティちゃん。いいのよ、そのバカそんなに甘やかさなくても」
「いえ、お母様。これは私がしたくてやっている事ですから」

 母さんはネスティを優しく諭すが、当の彼女はそれが自分の生き甲斐かのように話した。

「ははは。ネスティちゃんは本当にイブルの事が大好きなんだね」

 同じく朝食を食べていた父さんが微笑む。

「お父さんは優しすぎるわよ。この子、ネスティちゃんが全部やってくれるのをいい事に何頼んでもネスティちゃんにやらせるんだから」
「違うぞ母さん。やろうとする前にネスティが全部終わらせてしまうだけだ」

 料理を口に運ばれながら俺は答えた。

「はい。イブル様の手を煩わせる訳にはいきませんから」
「は、はははは……」

 ネスティの返答に、流石の母さんも苦笑するしかない。

「よし」

 朝食を全て胃に入れた俺は立ち上がる。

「母さん。俺は少し外に出る」
「どこ行くの?」
「気ままな散歩だ。魔王ゆえな!」
「はぁ……」

 俺の言葉に母さんは頭痛でも患ったかのように頭を押さえた。

 一体どうしたというのだろう……?

「あんたねぇ……。そろそろ仕事しないと駄目よ? あんたくらいの年の子は皆働き始めているんだから」
「ふむ。労働か……下らん! この俺に働けだと? 俺はやらねばならぬ崇高な使命があるのだ!」
「一応聞くけど……崇高な使命って?」
「決まっているだろう! 冥域にいる俺の元副官、ナーザに天誅を下し改めて俺が『魔王』の座に就く事だ!」
「聞いた私がバカだったわ……」
「素晴らしい使命ですイブル様。このネスティ、微力ながら全力で助力させていただきます」
「ネスティちゃんもこのバカの妄想に付き合わなくていいからね~?」
「まぁまぁ。いいじゃないか、イブルもイブルで色々な事を考えているんだよ」
「お父さんはイブルに甘すぎるの! 全く……見た目はこんなにカッコいいのにどうして中身はこんなに残念になったのかしら……?」
「ガハハハハハ! 母さん、そんなに褒めてくれるな! いくら当然の事とは言え照れるではないか!」

 生まれてから一度も位置が変わっていない鏡に俺は自分の姿を映す。
 転生してから数えた年は十六歳。
 前世よりも多少威圧感に欠けるのがやや難点だが、それを除けば概ね満足の風貌だ。

 百八十センチという身長にやや先端がはねている黒髪、そして百人美女がいれば百人は振り返るであろうこの顔!
 眉目秀麗とは俺のためにあるような言葉だな!

「半分は貶してるのよ!」
「何ィ!? それは聞き捨てならないぞ母さん!」
「そうですお母様! イブル様はこの世でもっとも端麗な容姿をしていらっしゃいます!」
「そうだネスティ! 言ってやれ!!」
「イブル様は全てが美しいです! 御尻のしわから体中の毛穴まで全てが……」
「もういいネスティ……!!」

 何かとんでもない事を口走りそうになっていたネスティを俺は平静を装って止める。
 
「ご、ごほん……と、とにかく! 俺は行くぞ!」
「ご同行致しますイブル様」
「許可する!」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
  
 母さんの制止を振り切り、俺はネスティと共に家を出た。



「ふぅむ……。確かに、そろそろ俺の華麗なる計画を前に進ませる時か」

 歩きながら俺は考えた。
 確かにネスティを俺の部下に引き入れてから十年、奴を鍛える事に注力して他の事は全くやってこなかった。
 魔族の時間間隔がまだ抜けていないな……。
 今は人間ではあるが、俺は元は魔族……当然魔族の尺度で生きて来た。
 魔族と人間で大きく違うのは時間の感覚だろう。
 魔族の寿命は長いもので数千年、対して人間は百年程だ。
 あまり長期期間で計画を進めるのは良くないな。
 
 ここはドカッと事を進めるとするか!

 一先ず、俺がしなければならないのは部下を集める事。
 そして俺の体に掛かっている呪いを解く事だ。
 前者に関してはネスティの反省点を踏まえ、もう少し控えめに俺と接してくれる人間を幹部にしよう。

 と、いうわけでそれを解決する名案を……。

 そう決意した俺は早速思索を巡らせる。
 が、全くと言っていい程良い案が思い浮かばない。

「ネスティ、何か名案はあるか?」

 よって俺はネスティに意見を求める事にする。

 思いつかなければ部下に助力を仰ぐ……これも立派な王としての務めだ!

「そうですね……でしたらこのネスティ、一つ提案がございます」
「おぉそうか! して、それは何だ?」

 俺がそう聞くと、一拍置いてネスティは答えた。

「シュヴァリア勇者学院に行ってみてはどうでしょう?」
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