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日曜日のショッピング
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英利花はいつだってこうだ。
ベッドの中で、九条美紗は携帯電話を見つめた。ディスプレイには、幼馴染の橘英利花からのメールが表示されている。
「すっごい可愛いワンピース見つけちゃった! 今度の日曜日、一緒に買いに行こうよ」
英利花の笑顔が目に浮かぶ。いかにも可愛らしい、華のある笑顔。美紗を誘うときの英利花は、いつだってこの笑顔だ。
例えば小学校二年生のとき、近所にピアノ教室がオープンした。
「美紗ちゃん、ピアノ、一緒にやろう!」
「うん!」
美紗は気軽に了承した。明日も遊ぼうね、と誘われでもしたかのように。
二人は一緒にピアノを始めた。
英利花が一週間で弾けるようになった練習曲に、美紗は二週間かかった。英利花が教則本を一冊終えたときは、まだ半分だった。
しだいにピアノ教室がつまらなくなった美紗は、四年生でやめてしまった。英利花は、今でも続けている。
美紗は代わりに習字教室に通い始めた。一月後には、英利花も通っていた。
英利花は、のびやかで素直な字ね、と褒められた。美紗はそれを横目に見ていた。家で必死に練習してみても、どうしても英利花のようには書けなかった。
中学校で一緒に入ったバレーボール部で、英利花はレギュラー、美紗は補欠だった。
英利花といるとき、いつだって主役は英利花のほうだった。
「いいよ! 暇だし。楽しみにしてるね」
美紗は返信を打った。英利花は幼馴染なのだ。今は別々の大学に通っているが、高校まではずっと一緒だった仲。断る理由なんてない。
それに美紗は、ヒロインの一番の友達という役どころの楽しさを知っている。例えば英利花がワンピースばかり五着も試着した後なら、こう言えばいい。
「本当に英利花って、何を着ても似合うよね」
感心して、大げさ過ぎず。
言葉は必ずしもお世辞ではなかった。英利花は小顔で鼻が高い美人だ。たいがいの流行ものは着こなしてしまう。
四月の二週目の日曜日、美紗と英利花は、電車で二十分のところにあるショッピングモールにいた。英利花がお気に入りのショップでワンピースを吟味しているところである。
ピンクのガーリーなのはマストアイテム、黒の大人っぽいのも捨てがたい、コーディネートしやすいのはベージュだし……。
カラフルに並べられたワンピースを前に、若い女性店員を交えて三人の会話が弾む。これなら美紗も、英利花の買い物を楽しむことができる。
「美紗も何か着てみたら?」
思い出したように、英利花が気を利かせる。
「えっ、どうしようかな」
急に出番が回ってきて、美紗は店内を見回した。新作入荷、のパネルが掲げられたラックを見つけた。パステルカラーの薄手のカーディガンや、柔らかいシルエットのキュロットが並んでいる。
暖かな日差しを思わせる春ものの洋服たちのうち、一枚のスカートに目が留まった。ひざ丈のプリーツ、色はレモンイエロー。手に取ってみた。
可愛い、見ている分には。
美紗は条件付きで好意的な感想を抱いた。
「そちらのスカート、昨日入荷したばかりなんです。シンプルで清楚な作りですよね」
店員が、すかさず商品紹介をする。試着してみますか、と聞かれて、美紗は迷った。履いてみたいとは思うが、明るい黄色はかなりの冒険色である。
英利花の顔色をうかがってみれば、ひらひら揺れる黄色のプリーツを見つめていた。瞳には熱っぽさがある。美紗にはそれが、所有の欲求に思えた。英利花の反応を、美紗は格好の判断材料にした。
「すみません、じゃあ、試着お願いします」
女性店員に案内されて、フィッティングルームに入った。カーキのハーフパンツから、鮮やかなプリーツスカートに履きかえた。
普通に似合う。
美紗は鏡の中の自分にコメントした。オールマイティな白のブラウスを着ていたおかげもあって、上品なコーディネートになった。
「お客さま、いかがですか」
外から声を掛けられて、もったいぶるようにフィッティングルームの扉を開けた。
「お疲れさまです」
店員が営業スマイルを浮かべた。隣の英利花も同じような笑顔を見せている。二人の熱心な視線に応えるように、美紗は問いかけた。
「どうかな?」
「イエロー似合いますね、サイズもちょうどいいみたいです。後ろはいかがですか?」
店員の言葉に、くるりと回ってみた。前、横、後ろと、順に鏡でチェックする。可愛いスカートが似合う自分に、美紗はすっかり満足した。
「いいなあ、可愛い。私も履いてみたいなあ」
英利花の悪気のない要望が、その満足を吹き飛ばした。拒絶したら美紗のほうが意地悪に見えてしまう、無邪気な笑顔で言うのだからずるい。
「じゃあ私、もう脱ぐよ」
美紗はフィッティングルームで、カーキのパンツに戻った。嬉々として待ち受ける英利花に、スカートを渡した。
「ありがとう」
英利花が微笑む。美紗を主役とした束の間のシーンが終わった。
英利花と一緒のとき、いつだって主役は英利花のほうだ。正しい配役で、日常というタイトルの劇は進行していく。
英利花が服を着替えてフィッティングルームから登場した。ブラウンの薄いジャケットに、イエローのプリーツスカートという組み合わせになった。
こういうのを、似合うって言うのか。
美紗は心の中で呟いた。
同じスカートのはずなのに、英利花が履いている今のほうが、映えて見えた。
私のときと、何が違うのだろう。背丈は同じくらいだし、スタイルも大差はない。足の長さや細さだろうか。英利花は確かに綺麗な顔だから、やはりそこだろうか。
「お客さまも、とてもお似合いですね」
店員のお決まりの接客にさえ、信憑性に差を感じた。
「思ったより短いんですね」
英利花がスカートの裾を押さえる。はっきりと膝が出る長さだ。
「美紗、このスカート買うの?」
英利花の問いは、やや性急だった。
「ううん、いいや」
美紗は反射的に答えていた。欲しくないと思ったわけではなかった。買うつもりだったのでもない。迷っている、の一言も出なかった。
とっさに考えたのは、英利花の妨げになってはいけない、ということだった。ヒロインを上手に引き立てて、一番の親友の座をまっとうする。美紗は無自覚に、この役に慣れ親しんでいた。
英利花は結局、さんざん迷ったワンピースからレモンイエローのプリーツスカートに、あっさり乗り換えた。支払いを済ませ、ショップのロゴ入りの手さげ袋を受け取る。中には先ほどのスカートが包まれている。
後悔、諦め、羨望。いくつかのものが、美紗の中で混ざり合った。
ベッドの中で、九条美紗は携帯電話を見つめた。ディスプレイには、幼馴染の橘英利花からのメールが表示されている。
「すっごい可愛いワンピース見つけちゃった! 今度の日曜日、一緒に買いに行こうよ」
英利花の笑顔が目に浮かぶ。いかにも可愛らしい、華のある笑顔。美紗を誘うときの英利花は、いつだってこの笑顔だ。
例えば小学校二年生のとき、近所にピアノ教室がオープンした。
「美紗ちゃん、ピアノ、一緒にやろう!」
「うん!」
美紗は気軽に了承した。明日も遊ぼうね、と誘われでもしたかのように。
二人は一緒にピアノを始めた。
英利花が一週間で弾けるようになった練習曲に、美紗は二週間かかった。英利花が教則本を一冊終えたときは、まだ半分だった。
しだいにピアノ教室がつまらなくなった美紗は、四年生でやめてしまった。英利花は、今でも続けている。
美紗は代わりに習字教室に通い始めた。一月後には、英利花も通っていた。
英利花は、のびやかで素直な字ね、と褒められた。美紗はそれを横目に見ていた。家で必死に練習してみても、どうしても英利花のようには書けなかった。
中学校で一緒に入ったバレーボール部で、英利花はレギュラー、美紗は補欠だった。
英利花といるとき、いつだって主役は英利花のほうだった。
「いいよ! 暇だし。楽しみにしてるね」
美紗は返信を打った。英利花は幼馴染なのだ。今は別々の大学に通っているが、高校まではずっと一緒だった仲。断る理由なんてない。
それに美紗は、ヒロインの一番の友達という役どころの楽しさを知っている。例えば英利花がワンピースばかり五着も試着した後なら、こう言えばいい。
「本当に英利花って、何を着ても似合うよね」
感心して、大げさ過ぎず。
言葉は必ずしもお世辞ではなかった。英利花は小顔で鼻が高い美人だ。たいがいの流行ものは着こなしてしまう。
四月の二週目の日曜日、美紗と英利花は、電車で二十分のところにあるショッピングモールにいた。英利花がお気に入りのショップでワンピースを吟味しているところである。
ピンクのガーリーなのはマストアイテム、黒の大人っぽいのも捨てがたい、コーディネートしやすいのはベージュだし……。
カラフルに並べられたワンピースを前に、若い女性店員を交えて三人の会話が弾む。これなら美紗も、英利花の買い物を楽しむことができる。
「美紗も何か着てみたら?」
思い出したように、英利花が気を利かせる。
「えっ、どうしようかな」
急に出番が回ってきて、美紗は店内を見回した。新作入荷、のパネルが掲げられたラックを見つけた。パステルカラーの薄手のカーディガンや、柔らかいシルエットのキュロットが並んでいる。
暖かな日差しを思わせる春ものの洋服たちのうち、一枚のスカートに目が留まった。ひざ丈のプリーツ、色はレモンイエロー。手に取ってみた。
可愛い、見ている分には。
美紗は条件付きで好意的な感想を抱いた。
「そちらのスカート、昨日入荷したばかりなんです。シンプルで清楚な作りですよね」
店員が、すかさず商品紹介をする。試着してみますか、と聞かれて、美紗は迷った。履いてみたいとは思うが、明るい黄色はかなりの冒険色である。
英利花の顔色をうかがってみれば、ひらひら揺れる黄色のプリーツを見つめていた。瞳には熱っぽさがある。美紗にはそれが、所有の欲求に思えた。英利花の反応を、美紗は格好の判断材料にした。
「すみません、じゃあ、試着お願いします」
女性店員に案内されて、フィッティングルームに入った。カーキのハーフパンツから、鮮やかなプリーツスカートに履きかえた。
普通に似合う。
美紗は鏡の中の自分にコメントした。オールマイティな白のブラウスを着ていたおかげもあって、上品なコーディネートになった。
「お客さま、いかがですか」
外から声を掛けられて、もったいぶるようにフィッティングルームの扉を開けた。
「お疲れさまです」
店員が営業スマイルを浮かべた。隣の英利花も同じような笑顔を見せている。二人の熱心な視線に応えるように、美紗は問いかけた。
「どうかな?」
「イエロー似合いますね、サイズもちょうどいいみたいです。後ろはいかがですか?」
店員の言葉に、くるりと回ってみた。前、横、後ろと、順に鏡でチェックする。可愛いスカートが似合う自分に、美紗はすっかり満足した。
「いいなあ、可愛い。私も履いてみたいなあ」
英利花の悪気のない要望が、その満足を吹き飛ばした。拒絶したら美紗のほうが意地悪に見えてしまう、無邪気な笑顔で言うのだからずるい。
「じゃあ私、もう脱ぐよ」
美紗はフィッティングルームで、カーキのパンツに戻った。嬉々として待ち受ける英利花に、スカートを渡した。
「ありがとう」
英利花が微笑む。美紗を主役とした束の間のシーンが終わった。
英利花と一緒のとき、いつだって主役は英利花のほうだ。正しい配役で、日常というタイトルの劇は進行していく。
英利花が服を着替えてフィッティングルームから登場した。ブラウンの薄いジャケットに、イエローのプリーツスカートという組み合わせになった。
こういうのを、似合うって言うのか。
美紗は心の中で呟いた。
同じスカートのはずなのに、英利花が履いている今のほうが、映えて見えた。
私のときと、何が違うのだろう。背丈は同じくらいだし、スタイルも大差はない。足の長さや細さだろうか。英利花は確かに綺麗な顔だから、やはりそこだろうか。
「お客さまも、とてもお似合いですね」
店員のお決まりの接客にさえ、信憑性に差を感じた。
「思ったより短いんですね」
英利花がスカートの裾を押さえる。はっきりと膝が出る長さだ。
「美紗、このスカート買うの?」
英利花の問いは、やや性急だった。
「ううん、いいや」
美紗は反射的に答えていた。欲しくないと思ったわけではなかった。買うつもりだったのでもない。迷っている、の一言も出なかった。
とっさに考えたのは、英利花の妨げになってはいけない、ということだった。ヒロインを上手に引き立てて、一番の親友の座をまっとうする。美紗は無自覚に、この役に慣れ親しんでいた。
英利花は結局、さんざん迷ったワンピースからレモンイエローのプリーツスカートに、あっさり乗り換えた。支払いを済ませ、ショップのロゴ入りの手さげ袋を受け取る。中には先ほどのスカートが包まれている。
後悔、諦め、羨望。いくつかのものが、美紗の中で混ざり合った。
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