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ゼドとリディアのなれそめは?

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 それから二人はたくさんのことを話した。
 好きなもの、嫌いなもの、今までのこと。リディアが子どもの頃の冒険の話をすればゼドは興味津々に聞き入った。ゼドが今までに勉強してきた知識の話、政の話をすればリディアは脳をフル回転させて、討論に乗る。
 今まで会えなかった時間を埋めていくように、二人は日が沈むまで言葉を交わした。

 ふとリディアが思い出したように尋ねた。
「あのさ? ゼドが私のことを好きなのは理解したよ。でも私は覚えがなくてさ。私たちってどっかで会ってたりする? 忘れているなら思いだしたくて」

 なんとなく、自分だけが忘れているのは忍びない。
 ゼドは「これは、告白みたいなものだから、ちょっと話しづらいんだけど」と前置きをしてから、宝物を愛でる時の穏やかな表情で、言葉を織るように話し始めた。

「俺は昔、社交界で一度リリィを見かけたことがあるんだ。多分、君は気づいてなかっただろうけど」
「えっ、嘘、そうなの? 知らなかった」
「そうだよ。俺は幼い頃、人見知りを発揮していたのもあって、社交界が苦手で。ずっと憂鬱でうるさいものでしかなかったんだが、あの日だけは行ってよかったと思ってる。君を、見られたから」

 ばちんと目が合って、リディアはなんだか気恥ずかしくなって視線を逸らす。

「君はその時とてもお転婆でね。ブルームバーグ伯爵の目を盗んで、走り回っていた。食事をつまみ食いしたり、はたまたダンスしている人々の間を縫ったり、貴族同士の会話に聞き耳を立てたり。当時の弱弱しい俺とは正反対にくるくると表情豊かに動き回る君は、俺にはすごく色鮮やかに見えた。まるで強烈な光が差したみたいだった。人が生きているということの美しさを感じた。君が俺の初恋なんだ」

 そんなこともあったかもしれない。
 確かにリディアはパーティーが大好きだった。多くの貴族が集まり、照明が焚かれ、どこもかしこもきらびやかな世界は非日常そのものだった。いつもは似たり寄ったりの貴族の屋敷だってその日だけは、おもちゃ箱のようにわくわくするものへと変貌した。
 ぬいぐるみを仲間に従え、気に入りのドレスを鎧に、世界を旅する冒険者の気分だった気がする。

「それから、俺は名前を調べてその子がリディア・ブルームバーグ伯爵令嬢だと知った。あの日の君の姿を何度も思い出しながら勉強も身体づくりも、貴族との交流も頑張ったよ。君に立派な国王として会うために」

 話を聞いても、やっぱり思い出せはしない。子どものころの話だから当然だし、パーティーだって数え切れないほど出席しているから仕方ないけれど、少し残念な気持ちになった。
 だけど同時に嬉しくもあった。たとえ子どもの頃で覚えていなくとも、リディアの在り方が彼を幸せにしてくれたのならば、これ以上のことはない。

「そっか。ありがとう。まさかそこまで、遡るとは思ってなかったけど。ゼドは私が思っている以上に私のことが好きなんだな」

 聞いていて、ちょっとこちら照れてしまうくらいの褒めようだった。
 そんな小さなころの初恋を大切に持ち続けているなんて。いかにも、女になんか苦労していない雰囲気を漂わせているというのに、ゼドは意外と純粋なのかもしれない。

「そ。俺は結構、情熱的なタイプなんだ。幼い頃の一瞬を忘れられないくらいには、君のことが好きだからね」
 彼はリディアの手を取ると、その甲に軽く口づけを落とした。
 ゼドの唇はひんやりと冷たい。触れられたところからぴりりと甘やかな刺激が肌に染み渡るような気がした。

 リディアは甘ったるい、砂糖をのどに突っ込まれるような息苦しい恋愛しか知らなかった。だから男と女の果てまで行けるような、恋に溺れる感覚を理解できない。
 だけど、確かにこんな刺激ならもっともっとと欲しくなってしまうのかもしれないと、目を伏せて、彼の唇が触れた箇所をさする。恋に溺れるという言葉は大げさでも何でもないのだとリディアは静かに驚いた。

「一つ、言っておかなきゃならないんだけど、私は多分そのころとあまり変わってないと思う。こうして会話してゼドも実感してると思うけど。私は、今もあまり模範的な令嬢じゃない。それでも大丈夫?」

 リディアが正直に言うと、ゼドは群青の瞳に悪戯っぽい艶めきを含ませて、茶目っ気たっぷりに笑った。
「もちろん。俺はずーっと君のこと追ってたんだぜ。今の君の活躍だって知ってる。それに、俺は変わってなければいいなって思ったよ。あの頃とちっとも変わらない、自分のやりたいことにまっすぐで振り返ることを知らない君の生き方を俺は好きになったんだ。模範的な令嬢の君じゃなくってさ」
 その顔はあまりにも眩しくて、リディアは目を細めたのだった。

 日が沈んだ頃、ようやく二人の会話はひと段落を迎えた。
 名残惜しいが、彼はまだ仕事があるだろうし、リディアも長旅で疲労が蓄積していた。

 帰り際、ゼドは意を決したように重たく口を開いた。
「一か月後に婚約発表のパーティーを開くつもりだ。俺はそこで君のことを公表する」
「公表、か……いくらゼドが私のことが好きとはいえ、公爵侯爵連中は黙っちゃいないだろうね。なにせ妃だ。ちょっと伯爵令嬢じゃあ足りない」

 この先、侯爵公爵連中は自分の娘を、リディアよりもゼドの寵愛を受けさせるべく、あらゆる手を使ってくるだろう。
 妃は一人とは決まっていないし、歴代の国王も多くの王妃を侍らせたという。
 今後のためにも、貴族が集まる婚約発表のパーティーで布石を打ちたい。できる限りの対策はしておかなけれならないな、と顎に手を当てて考える。

「すまない。立場上、避けては通れない。だけど、必ずリディアを守る。だからーーー」

 あまりにもゼドの真剣な表情に拍子抜けして、リディアはくすりと笑ってしまった。

「リディア?」
「ゼド。戦うのは私だよ。要は黙らせるくらいの令嬢になっていればいい話だ。任せてよ。こういうのは大得意なんだ」

 これから一か月の計画を早くもたてながら、リディアは髪をかき上げて不敵に笑った。
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