盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 13歳編

世論を味方に

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 椅子の背に隠れるほど小さいギーゼラは部屋の入り口からは見えなかったという事で、改めて母へ紹介することになった。


「こちらはネーベンブーラー伯爵家のご令嬢で、最近私と仲良くしてくださっている、友人のギーゼラです」
「は、初めましてっ」
「初めまして、ギーゼラさん。これからもどうぞ、娘をよろしくね」


 元気よく肯定の返事を返したギーゼラに、お母様は笑い混じりで「それにしても」と言葉を続けた。

 母が続けようとしている言葉の予測に、隣に座るギーゼラの体が強ばる。

 無理もない。ネーベンブーラー家は貴族の間で「変わり者一家」と侮蔑を込めて呼ばれ、特に一家の女性貴族は名を名乗っただけでも嘲笑われる事もあるらしい。


 お母様がギーゼラをどう思うかは私にもわからないが、しかし例えネーベンブーラーを馬鹿にしていたとしても表には出さないだろう。

 でも、できれば"変わり者一家の娘"としてではなく、私の友人としてギーゼラを受け入れて欲しいーー。


「ローナ、貴方、モニカちゃん以外にもお友達をつくれたのねえ」
「へっ?」
「えっ」


 えっ。
 反射神経の良さが表れたのか、真っ先に声を上げたのはギーゼラだったが、そのすぐ後に私も続いた。


 それはどういう意味でしょうか、お母様。
 そう思ったのが顔に出たのか、声に出していなかったにも関わらず母は私が望む続きの言葉を紡いだ。


「だって貴方、ずっとセシルくんといるからお友達なんて碌にいないじゃない。唯一のお友達のモニカちゃんだって、セシルくんの従姉妹の子だし……お母様は心配していたのよ。これから先、一生、貴方にお友達ができないんじゃないかしらって」


 余計なお世話です!と反射的に叫びそうだったのを、両手で口を塞ぐ事で阻止した。
 なんという心配をしているんだ、私の母は。


 私に友達が少ないのは周りが過保護になって外出を控えるように言うから、なかなか出会う機会も無いし、そもそも盲目の友人なんて迷惑をかけてしまうからと私から控えているのであって……などと、つらつら頭の中で誰に話すわけでもない言い訳を並べていた私は、セシルが「友達なぞ必要ない。俺さえいれば」と小声で呟いたのに気づかなかった。
 そしてそれをギーゼラが睨んでいたことなど、知りうるはずもなく。


「ローナは特殊な子に好かれやすいわねえ」
「……そうでしょうか?」


 楽しそうに、どこか嬉しそうにそう言った母の唐突さに私は首を傾げたのだった。



 ともかく。

 ギーゼラは道理のないセシルの説明に頷いてしまったが、箝口令を敷くとなると先程のでは満足では無いだろう。
 なので、私から改めた説明を交えながら"お願い"と称して納得してもらう事にした。

 できるだけ簡潔に、王太子殿下との婚約は三年前には既に破棄されているのだという事を強く主張しつつ、私たちが置かれている微妙な立場を説明した。


「大変だったんだね」


 ……本当にちゃんと理解しているかどうかは、彼女の頭の中を覗いてみなければわからない。
 けれど説明は最後まで聞いていたようだし、最低限の事は理解してくれたと信じよう。


「それでね、ギーゼラ……今聞いた話の全てを、まだ内緒にしておいてほしいの。きっとすぐに貴族院を通して皆に知れ渡るとは思うけれど……まだ正式に公布された訳ではないから、混乱を招くと思うの。貴方にはそれまで、誰にも、家族にも話さないでいてほしいの」
「いいよ。ローナのお願いなら」


 なんて事ないように了承した声は軽やかだが、ギーゼラはお願いを無碍にするような子ではない。信用していいだろう。


 素直に受け入れてくれた彼女に「ありがとう」と礼を言おうとした私だったがーーその声を遮るように、開けっ放しだろう部屋の扉から、また新たな訪問者の声がした。


「いや。ギーゼラ嬢には是非、進んで口外してもらおう」


 いつから話を聞いていたのか。母が持ち帰った朗報を先に聞いていたのか、私のお願いの話を聞いて十を理解したのかはわからないがーーいつの間にやら、どうやらそこには兄さんがいるらしい。

 部屋にどんどん増えていく訪問者に、アンが紅茶をサーブすべきか悩んでいる足音がした。


「お帰りなさい、兄さん。どこまでご存知なのですか?」
「ただいま。騒がしい足音がローナの部屋に向かっているのを聞いて、アレンに事の次第を確かめた……良かったな、ローナ」


 誰よりも私たちの婚約を応援してくれていたのは兄さんだ。その兄さんから貰う祝福の言葉に込められた愛情は、陽だまりのように温かで。

 兄さんの「良かったな」の言葉に込められた慈しみの色にふわりと胸に柔らかな熱が広がり、緩んだ頬で笑みを浮かべた。


「ありがとう、兄さん」


 ……ちなみにこの間中、お母様が「うちの子が仲良しだわぁ!可愛いわぁ!」とはしゃいでいるのが私たち兄妹の耳にもしっかりと入っているのだが、全力で無視している。
 相手すると今度は「絵師を呼びましょう!この素晴らしい瞬間を描き留めてもらうのよ!」などと言い出して大事になるとわかっているので。

 それに慣れていないセシルとギーゼラが母の相手をすべきかとオロオロしているようだけれど、是非放っておいてね。飛び火するわよ。


「それで、兄さん。ギーゼラに進んで口外してもらうとは、どういう事ですか」
「王妃殿下の書状は決定打になりうるが、しかしローナとセシルの婚約が確定した訳ではない」
「それは……」


 浮かれていた空気が一気に冷やされた。流石のお母様も口を閉じるほどに、部屋中を包んでいた祝福の熱が飛んでいってしまったのだ。


 でも、兄さんの言う通りだ。
 よっぽどの事が無い限り王妃殿下の書状は絶対的な効力を持って王太子殿下を押さえ込んでくれるだろうけれど、万が一の事態が無いとは言い切れない。

 だって、あの・・王太子殿下である。

 打てる手はなるべく多い方がいい。
 抜け道が一つでも残されていたら、そこを見つけ出して通っていくのが、あのお方なのだから。


「そこで、"王妃殿下の書状"という決定打をより効力の強いものに押し上げる為に、ギーゼラ嬢には口外してもらう。さも当然のように、ローナとセシルの婚約は"周知の事実"であると印象付けるんだ」
「! つまり、世論を味方に……?」


 短く返事をした兄の言葉は、紛う事なく肯定の音だった。

 先日のお茶会の時のように私たち当事者から話すのではなく、全くの第三者であるギーゼラから話して聞かせる事によって、当事者間だけで成立している契約ではなく貴族社会で伝わっている情報なのだと錯覚させる事により、「知らない」とは言えないが「知っている」とは言いたがりの噂好き貴族らが好き勝手にどんどん広めてくれるだろう。

 私たちの婚約が多くの貴族にとって"周知の事実"になれば、たとえ王家といえど、後戻りしづらくなる。
 「やっぱりあれは無かった事に」なんていう信頼を容易く失える言葉は、王家が最も嫌う言葉なのだから。


 それに王妃殿下はきっと、公布よりも先にこちらから婚約を発表する可能性を加味した上で母に書状を渡している。

 社交界の華は美しいだけでは務まらない。王妃の地位も、また然り。
 実質、王妃公認の情報操作であると捉えてもいいだろう。


「流石です、兄さん。それで……さっきの話は忘れて、ギーゼラには"私とセシルが婚約している"と広めてほしいのだけれど……お願いしてもいい?」
「もちろん!でもわたし、女の子の友達はローナだけで……あとは男ばっかりだけど、それでもいい?」
「勿論。女性の方が話が広まりやすいのは確かだが、男性間でも、殊更、婚約話は広まりやすい。是非、伝えてほしい」
「それなら……ローナの為だもん。頑張ります!」


 うっ……可愛い……すごくいい子……。
 小さな背丈から発せられる声はそれに似合うように構成されているのか、うんと小さな女の子が話しているように聞こえる時がある。

 今話していた声も、例に漏れずちっちゃな子が張り切っているように聞こえた。
 ありがとう、ありがとうと礼を言いつつ、あまりの可愛さにギーゼラの頭をひたすらに撫でる。

 嫌がる素振りを見せつつも、本気で嫌がっていないのがまた可愛い……。


「それじゃあ私も、もう一仕事しましょうかしら!」


 そう言ったのは、部屋の空気が冷えてから黙りでいたお母様で。


「えっと……もう一仕事、とは?」


 お母様はもう十分すぎるくらいに動いてくださったのに、まだ何かあったかしらと首を傾げる。


「あらぁ、決まってるじゃない。レーヴェに連絡するのよ」


 ああ、そうか。そういえば、ヘンリー様から王太子殿下との婚約の件について連絡を頂いていたのだった。

 無事、宣言を撤回でき、新たな婚約者を迎えられそうですと返事を書くという事ね。
 それなら、私も感謝の言葉を一筆入れたいとお母様に申し出ようとしたのだが。



「『いい加減、末妹離れしてください』あとーー『ローナをレーヴェに連れていこうとするのも諦めなさい』ってね!」



 バリンッと隣で聞こえた、何かが割れる音。


 いや、それよりも。


「ーーは?」


 地獄の悪魔だってもう少しは慈悲の色があるんじゃないかと思うほどの声の方が、よっぽど問題だろうか。


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