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第1章:夏休み
第11話 入れ替わった身体。
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午前七時。
スマホのホームボタンを押しても、画面が開かなかった。……あ、そうか。俺の指紋が必要なのか。俺の身体に協力してもらい、スマホのロックを解除する。
芽衣が朝食を作ってくれている傍らで、俺は昨日の行動履歴をスマホで確認した。午後四時頃には工場を出て、そのまま居酒屋へ連れまわされる。午後十時には店を出て、どうやら帰宅したらしい。
その間、どこにも立ち寄らず、朝まで、この部屋にいた。それは間違いなく、履歴として残っている。記憶とも、ほぼ相違ない。それじゃあ、あの夢は、ここで見たことになるのだろう。
「とりあえず、腹ごしらえしましょう」
「ごめん。食欲ない」
俺の姿の芽衣が、鼻歌混じりに卓袱台へ、二人分の料理を並べていく。申し訳ないが、食べられそうになかった。どういうわけか、なにかを食べた瞬間に吐いてしまいそう。
「そう、ですか。一応、作っておきますので、気が向いたら食べてください」
なんで、そんな平然としていられるんだ。寧ろ、いつもより機嫌が良くないか? こちとら、冗談でも言ってないと、どうにかなりそうだった。
「いつの間に、階段から転がり落ちてたんだ?」
「階段……?」
「あ、知らない? 『転校生』っていう映画の。まあ、俺も世代ではないんだけどね」
「転校生……転校生……」芽衣は自分のスマホで検索し、こちらに画面を見せてきた。「これですか? 男女が入れ替わる話みたいですね。確かに、わたしたちが置かれた状況と同じかも」
「芽衣は『君の名は。』ぐらいしかわかんないのかな、入れ替わる系。けっこう数としては多いんだけどね。ありふれた設定だよ、こんなの」
「ありふれているっていうなら、別に慌てることないですよね?」
……そう、だな。慌てる必要ない。寧ろ、女の子の身体になれるなんて、喜ばしいことではないか!
「っていうか、指紋はいらないの?」
スマホを操作するのを見て抱いた疑問に、芽衣は「登録してないので」と答えた。まあ、子供のうちは変なサイトを閲覧しないよう警戒しているのだろうが、万が一にでも落としたら個人情報筒抜けだろうな。それはともかくとして、早いところなんとかしないと、タイムリミットまで、たぶん十時間もない。
「今日の夕方には兄貴がきてしまう。どうにか……どうにかしないと」目下の心配は、とりあえず今日どうするかだ。「自分のスマホを持っていくか?」
「これは、パパが買ってくれたものなので、すぐ気がついちゃうと思います」
「そうだよな。そもそも色が違うから」自分で言っといてなんだが、もう既に答えはわかっていた。「じゃあ、元に戻るまで、身体のほうのスマホを使うこと」
このとき、兄貴に事情を伝えるという選択肢は、あっさりと切り捨てている。まあ恐らく、信じてはもらえないだろうし、俺自身、上手く伝えられる自信が全くない。
芽衣がスマホを翳し「LINE、交換します?」と提案してきたので、俺は動揺しつつ、こんな機会はないと思い「あ、ああ。そうだな」と受け入れる。これは元に戻ったあとでも、ずっと繋がっていられるのでは?
いまは芽衣の姿だから、なんとも思わないが、裏を返せば、ロリの連絡先をゲットしたという事実なわけだし、本来ならロリコンとして嬉しいことのはずだ、たぶん。状況が状況なだけに複雑な心境だが。
午前八時。
「今日って、燃えるゴミの日じゃないですか?」
部屋の片隅へ、無造作に置かれたゴミ袋を見つめ、芽衣が思い出したように言った。……そういえば、そうだったかも。住んでいる区域が同じだから、当然、芽衣も知っているのか。片づけようとして、芽衣はゴミ箱を手に取って、ゴミ袋へ近づいた。
「お、俺が行くよっ」
ここは家主の仕事だ、と俺は立候補する。というか、俺に行かせろ! ……というのも、ほとんどの中身はティッシュが占めているので、芽衣に触らせたくない気持ちが勝ってしまった。また臭いに気づかれるのを恐れた、というのもある。
ゴミ袋を持ち上げると、そこまでの重さではない筈なのに、芽衣(身体)の華奢な脚がふらつく。いままでの自分とは体格が違いすぎて、まだまだこの身体に慣れそうはなかった。
「わ、わたしが持っていきましょうか?」
「いや。いい」
頑なに俺は、芽衣の申し出を断った。扉を開けて、ゴミ置き場の中へ袋を入れ、そこからさらに、ネットを被せておく。ここまでで、もう脹脛はバッキバキだった。
ふらふらと自室へ戻ろうとし、二十代前半の女性がゴミ袋を携え、一階の部屋から出てくる。キャミソールに薄手のカーディガンを羽織っただけのような、涼しそうで夏っぽい服装だが、普通の男だったらざっくりと開いた胸に目が行きそうだ。
自室のドアを開けたところで隣室から、ワイシャツをインした、小太りのオタクっぽい人が出てくる。俺のことを出迎えにきた芽衣が、快活に「おはようございます!」と挨拶した。そんなに俺は、近所づきあいがいいほうではない。ほら、この人だって吃驚して、鍵を落としているじゃないか。
「ほら。挨拶してください」
「お、おはよぅございまーす」
俺の身体の芽衣に促され、俺はそのオタクみたいな人に挨拶する。俺と目が合ったオタクは、一瞬だけ目を丸くしたかと思えば、帽子のツバで顔を隠してしまった。こいつ、もしやロリコンか? ロリコンレーダーが疼いた俺は、その人の顔を覗き込もうとした。
俺のほうが、いまは身長が低いんだ、そんな帽子ごときで隠れるものか。
じっ……
「こらこら。人の顔、そんなマジマジと見るものじゃないですよ」
芽衣(俺の身体)に怒られてしまった。俺(芽衣の身体)が本当の小学生かのように。ちくしょう。芽衣に手を引かれ、俺は渋々、部屋の中へ入ることになった。あいつは、挨拶してこなかったじゃん、それはいいのかよ。こっちがせっかく……しかも、こんな美少女が! わざわざ、挨拶してやったっていうのに。
スマホのホームボタンを押しても、画面が開かなかった。……あ、そうか。俺の指紋が必要なのか。俺の身体に協力してもらい、スマホのロックを解除する。
芽衣が朝食を作ってくれている傍らで、俺は昨日の行動履歴をスマホで確認した。午後四時頃には工場を出て、そのまま居酒屋へ連れまわされる。午後十時には店を出て、どうやら帰宅したらしい。
その間、どこにも立ち寄らず、朝まで、この部屋にいた。それは間違いなく、履歴として残っている。記憶とも、ほぼ相違ない。それじゃあ、あの夢は、ここで見たことになるのだろう。
「とりあえず、腹ごしらえしましょう」
「ごめん。食欲ない」
俺の姿の芽衣が、鼻歌混じりに卓袱台へ、二人分の料理を並べていく。申し訳ないが、食べられそうになかった。どういうわけか、なにかを食べた瞬間に吐いてしまいそう。
「そう、ですか。一応、作っておきますので、気が向いたら食べてください」
なんで、そんな平然としていられるんだ。寧ろ、いつもより機嫌が良くないか? こちとら、冗談でも言ってないと、どうにかなりそうだった。
「いつの間に、階段から転がり落ちてたんだ?」
「階段……?」
「あ、知らない? 『転校生』っていう映画の。まあ、俺も世代ではないんだけどね」
「転校生……転校生……」芽衣は自分のスマホで検索し、こちらに画面を見せてきた。「これですか? 男女が入れ替わる話みたいですね。確かに、わたしたちが置かれた状況と同じかも」
「芽衣は『君の名は。』ぐらいしかわかんないのかな、入れ替わる系。けっこう数としては多いんだけどね。ありふれた設定だよ、こんなの」
「ありふれているっていうなら、別に慌てることないですよね?」
……そう、だな。慌てる必要ない。寧ろ、女の子の身体になれるなんて、喜ばしいことではないか!
「っていうか、指紋はいらないの?」
スマホを操作するのを見て抱いた疑問に、芽衣は「登録してないので」と答えた。まあ、子供のうちは変なサイトを閲覧しないよう警戒しているのだろうが、万が一にでも落としたら個人情報筒抜けだろうな。それはともかくとして、早いところなんとかしないと、タイムリミットまで、たぶん十時間もない。
「今日の夕方には兄貴がきてしまう。どうにか……どうにかしないと」目下の心配は、とりあえず今日どうするかだ。「自分のスマホを持っていくか?」
「これは、パパが買ってくれたものなので、すぐ気がついちゃうと思います」
「そうだよな。そもそも色が違うから」自分で言っといてなんだが、もう既に答えはわかっていた。「じゃあ、元に戻るまで、身体のほうのスマホを使うこと」
このとき、兄貴に事情を伝えるという選択肢は、あっさりと切り捨てている。まあ恐らく、信じてはもらえないだろうし、俺自身、上手く伝えられる自信が全くない。
芽衣がスマホを翳し「LINE、交換します?」と提案してきたので、俺は動揺しつつ、こんな機会はないと思い「あ、ああ。そうだな」と受け入れる。これは元に戻ったあとでも、ずっと繋がっていられるのでは?
いまは芽衣の姿だから、なんとも思わないが、裏を返せば、ロリの連絡先をゲットしたという事実なわけだし、本来ならロリコンとして嬉しいことのはずだ、たぶん。状況が状況なだけに複雑な心境だが。
午前八時。
「今日って、燃えるゴミの日じゃないですか?」
部屋の片隅へ、無造作に置かれたゴミ袋を見つめ、芽衣が思い出したように言った。……そういえば、そうだったかも。住んでいる区域が同じだから、当然、芽衣も知っているのか。片づけようとして、芽衣はゴミ箱を手に取って、ゴミ袋へ近づいた。
「お、俺が行くよっ」
ここは家主の仕事だ、と俺は立候補する。というか、俺に行かせろ! ……というのも、ほとんどの中身はティッシュが占めているので、芽衣に触らせたくない気持ちが勝ってしまった。また臭いに気づかれるのを恐れた、というのもある。
ゴミ袋を持ち上げると、そこまでの重さではない筈なのに、芽衣(身体)の華奢な脚がふらつく。いままでの自分とは体格が違いすぎて、まだまだこの身体に慣れそうはなかった。
「わ、わたしが持っていきましょうか?」
「いや。いい」
頑なに俺は、芽衣の申し出を断った。扉を開けて、ゴミ置き場の中へ袋を入れ、そこからさらに、ネットを被せておく。ここまでで、もう脹脛はバッキバキだった。
ふらふらと自室へ戻ろうとし、二十代前半の女性がゴミ袋を携え、一階の部屋から出てくる。キャミソールに薄手のカーディガンを羽織っただけのような、涼しそうで夏っぽい服装だが、普通の男だったらざっくりと開いた胸に目が行きそうだ。
自室のドアを開けたところで隣室から、ワイシャツをインした、小太りのオタクっぽい人が出てくる。俺のことを出迎えにきた芽衣が、快活に「おはようございます!」と挨拶した。そんなに俺は、近所づきあいがいいほうではない。ほら、この人だって吃驚して、鍵を落としているじゃないか。
「ほら。挨拶してください」
「お、おはよぅございまーす」
俺の身体の芽衣に促され、俺はそのオタクみたいな人に挨拶する。俺と目が合ったオタクは、一瞬だけ目を丸くしたかと思えば、帽子のツバで顔を隠してしまった。こいつ、もしやロリコンか? ロリコンレーダーが疼いた俺は、その人の顔を覗き込もうとした。
俺のほうが、いまは身長が低いんだ、そんな帽子ごときで隠れるものか。
じっ……
「こらこら。人の顔、そんなマジマジと見るものじゃないですよ」
芽衣(俺の身体)に怒られてしまった。俺(芽衣の身体)が本当の小学生かのように。ちくしょう。芽衣に手を引かれ、俺は渋々、部屋の中へ入ることになった。あいつは、挨拶してこなかったじゃん、それはいいのかよ。こっちがせっかく……しかも、こんな美少女が! わざわざ、挨拶してやったっていうのに。
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