わがまま令嬢の末路

遺灰

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序章

第八話 災難

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 今日は朝から誰もが皆バタバタと忙しなく走り回っている。

「嫌がらせかしら」

 原因は先日、私宛に届いた物にある。
 そこには短い挨拶と「会いに行く」という旨が書かれた婚約者からの手紙があった。
 前世では私を避けて顔を合わせようともしなかった彼からの手紙にーーそういえば手紙も初めて貰った気がするーー私が抱いたのは困惑だった。
 もちろん彼が自身の意思で私を訪ねてこの家に来たことなど、前世では一度もない。

 前世では起こらなかったことが起きていることに、私は一抹の不安を覚えた。これだと未来に起こることを予想するのが難しくなってしまう。
 だが、私は前世と同じ道を歩まないと決めたのだ。これはしょうがないことだと割り切ることにした。

 それから母に手紙の内容を伝えれば、彼女は大慌てで各所に手配をして王子を出迎える準備を進め始めた。
 普通であれば最低でも訪問の一週間前に手紙を寄こすのが当たり前なのだが、彼には常識がないのか、はたまたこちらの迷惑なぞ知ったことではないのか、彼のせいで我が家は大混乱である。

 王子は下々の者が王族に対しての礼儀のために、どれだけ苦労しているのか知らないのだろうか。
 王族の象徴である花を取り寄せ、彼のために豪華な料理を作り、家を飾り付け、着飾る私達の苦労を知っていれば、平民のような軽いノリで「明日お前んち行くわ」などとふざけたことは言わないはずである。

 もし仮に知っていてやっているのだとしたら、とんだ悪人ですわ。
 知らずにやってしまっているのだとしても、一言言わずにはいられません。

 我慢には限界というものがあるのを、懇切丁寧に教えて差し上げなくては。
 昨日からずっとあれこれ色々なドレスを着せられては脱がされ、そして着せられることを繰り返されて、数回目の堪忍袋の緒が切れる音が聞こえてきそうです。

 王子に対する文句を心の中で繰り返しながら、せめてもの当てつけにドレスは青色のものを選んだ。誰が貴方の色になんて染まってやるものか。
 私は元から青系統の色が好きなのだが、それ以外ならあの子の瞳の色である金色が好きだ。

 しかし、金色は王子の髪色でもあるので、その色を纏えば自分が王子に好意を抱いていると周りに勘違いされてしまう。
 こうやって慕っている者や婚約者の髪色や目の色の小物を付けて相手にアピールしたり、周りへ牽制したりするのは平民も貴族も同じだ。マーキングみたいなものかしら。

 私は王子のものではないので、王子の色を身に着けてると誤解されるのは不愉快極まりないわ。
 あ、でも。王子を隠れ蓑にしてあの子の色を秘密裏にまとえることが出来ると考えれば、悪くない気がする。王子も役に立つことがあるのね。

 あの子の色をまとうなんて、考えただけで心臓が煩くなっていく。
 ドキドキしてしまうほど楽しみにしてしまっているのね。あの子のこととなると我ながら単純だわ。
 だけど、勝手に彼を想って彼の色を纏うなんて迷惑よね。
 あの子のことは大切だと心から言えるけれど、別に恋仲と言う訳ではないし、私が一方的に執着しているだけだもの。

 もし、またあの子と"友達"になれたら、お互いの色を纏うまでいかなくとも、何かお揃いの物を持ってみたいわ。
 お揃いってなんだか仲良しの証みたいで憧れてるのよね。一人ぼっちだった反動かしら。

 あの子と仲良くする未来を妄想して楽しみにしていたが、私はとんでもないことに気付いてしまった。
 そう、それは……こんな私とお友達になってくれるのか、という可能性である。

 あの子がもし、何も覚えていなかったら、私のことなんて取るに足らない存在だろう。特に秀でたわけでもない私なんて、きっと眼中にないはずだわ。
 それに身分差もあるし、もし手元に置いておくことが出来ても、萎縮させてしまうかもしれない。

 私と仲良くする利点なんて身分くらいしかないのに、その身分が足を引っ張っているなんて、滑稽だわ。

 でも、諦めるのはまだ早いはずよ!
 彼に見てもらえるように、身分以外の魅力を持てるように今から自分磨きを頑張るしかないわ。それでも駄目だったら、その時はその時よ。

 権力でもなんでも使えるものを全て使えば、きっと簡単に彼を手に入れることは出来るだろう。でも、私は決して彼を狭い檻の中に閉じ込めたいわけではない。
 ……本音を言うと彼をずっと私の傍においておければ、それはとても魅力的なことだとは思う。

 それでも、それ以上に私は青空の下で自由に笑う彼が見たいのだ。

 嫌な考えを思考から外すように私は頭を振る。
 私が優先すべきなのは彼の幸せであって、決して私の欲ではない。あの子に恩を返すのが先決だ。

 あの子に会う、その為ならどんな困難にだって立ち向かってみせるわ。
 ……そう、先ずはこの王子の訪問を乗り切らないと。

 ***

「我が家にご来訪頂き、誠にありがとうございます。つきましてはーー」
「ああ、そういうのはいらない。それよりも私のこんやくしゃはどこだ」

 いきなり出鼻を挫いてきましたわね、あの第二王子。
 歓迎の挨拶をばっさり切り捨てた王子に母の笑顔が固まるのを横目に、私は皆の前に躍り出る。

「ここに」

 そう言って軽くお辞儀をすれば王子は花が咲くようにぱあっと顔を輝かせて、その新緑の眼に私を捉えた。そんな表情、初めて見た。
 王族に対するような礼ではなかったのに彼は気にするような素振り一つ見せず、私の元に駆け寄ってくる。礼儀について知らないのか、それとも本当にただ気にしていないのか。
 前世でも平民出の男爵令嬢に惚れるくらいだ、礼儀には頓着していないのかもしれない。

 母の鋭い視線に気付かない振りをしながらーーきっと後でお説教だろうーー王子に目線を合わせる。

「ようこそ、いらっしゃいまし」
「そんなくだらない挨拶はいいから、私の話をきいてくれ!」

 挨拶を途中で遮られたことも、それをくだらないと言われたことも少し腹が立ったが、すぐにどうでも良くなった。話を聞けば帰ってもらえるようなので、ここは大人しくーー

「人の話は聞かないくせに自分の話を聞いてほしい、なんて……随分とまあ、横暴ですのね」

 にっこりと笑って「では庭園の方で話をしましょう」と言おうとしたんですが、ついうっかり、口が滑ってしまいました。
 使用人一同と母が動揺するざわめきを聞き流しながら王子をじっと見つめれば、王子は少しだけムッとしたようだったが、すぐに考え込むように少し視線を下げた。

「…それもそうだな。お前の言うとおりだ。すまなかった」

「分かっていただけて嬉しいです。では、お話は庭園の方でお茶でもしながら伺いますわ」

 王族としての自覚が芽生えつつあるのか、それとも何か思うところがあったのかは知らないが、王子はハッと何かに気づいた表情をした後にこちらに謝罪をした。
 あの王子に謝られる日がくるとは。明日は槍でも降るのかしら?

 子供なのだから何かに興奮して我を忘れるのも致し方ないことだ。私としては、私に意気揚々と話しかける王子も、私の話を素直に聞く王子も、不気味で仕方ないのだが。

「それでだな!そいつが言うには、俺の剣はーー」

 そうして聞かされたのは王子が剣を褒められた話だった。
 なんでも第一王子と彼の剣の師範は同じ人らしく、第一王子よりも筋が良いと褒められたことが嬉しかったようだ。
 しかし本来、王族に剣は必要がない。もっぱら求められるのは魔力の量や魔法の技術、または政治をこなす力だ。他国と戦争になった時、兵のモチベーションを上げるために戦場に行くことはあっても、後ろの方でかまえていることが普通だろう。

「そうですか。それは素晴らしいことですわ。良かったですね」

 だが、こんなに喜んでいるのだ。水を差すのは無粋というもの。
 私は素直に同意し賞賛した、のだが。王子は何が気に入らなかったのか、不満げな顔で私を見る。

「どうかなさいましたか?」

「お前、ちゃんと話をきいているのか?」

 話は聞いているが特に興味はないしどうでもいい。
 それが先程の言葉に現れていたのか、王子は変わらずいぶかし気に私を見た。

「ええ、聞いていますよ」

「その割にはあまり楽しそうに見えないが」

 こちらがニッコリと笑いながらそう返せば、王子は何もわかって居ないように首を傾げた。
 本当に分かっていらっしゃらないようね……自分の行動は全て正当化されるとでも思っているのかしら?

 私は顔から表情を引き剥がす。

「どうして私が楽しむと思っているのですか?
 今日だって貴方がいきなり来たせいで家中が大騒ぎで、正直に言って大変迷惑でしたわ」

 本心からの言葉を捲し立てるように言えば、王子と側にいた使用人がギョっとしたように目を見開いた。こちらは昨日から迷惑しているというのに、王子はなにも理解していないどころか自身の話に心からの賛美と共感が得られなかっただけでへそを曲げる。

 傲慢にもほどがあります。
 だから私は昨日から今に至るまでどれだけ家のものが王子のために駆け回ったか、私がどれだけ嫌な思いをしたかを淡々と、並べられるだけ並べてみせた。

「あなたには王族としての自覚がないのですか?」

 王子がするべきだったこと、マナーや振る舞いについてお説教をすれば王子は項垂れたように小さく呟いた。

「おれとお前の仲じゃないか…」

「婚約者として認めるにも値しない者には何をしてもいいと仰りたいのですか?」

 自分でも驚くほどに低く、冷たい声が出た。
 "俺とお前の仲"ですって?仲も何も、私達の間には"契約"しか存在しない。なんでか王子は私に対して友情のようなものを抱いているようだが、勘弁してほしい。
 そもそも私を認めないといったのはそちらじゃない。

 今も昔も、私は貴方が苦手よ。

「ちがう!お前だけなんだ!」

 そんな私に王子は縋るような目を向ける。
 正直に言ってキツイですわ。生理的に嫌悪感を抱いている相手から向けられる感情ほど不愉快なものはないのね、一つ賢くなったわ。
 ……もしかしたら前世の王子も私に対してそう思っていたのかしら。

「お前だけなんだ、俺を馬鹿にしないでちゃんと叱ってくれたのは」

 はて、馬鹿にしないで?思いっきり小馬鹿にした覚えしかありませんわ。
 どういうことなのか、と私が頭を傾げていてもお構いなしに王子は続ける。

「王子としての俺ではなく、俺をただの俺として見てくれたのはっ」

 頭が痛くなってきました。どうやら完全に脳内がお花畑のようですわね。
 彼って思い込みの激しい性格なのかしら?それならあの股の緩い、失礼……節操のない男爵令嬢にお熱だったのも頷けるわね。

「そんなつもり微塵もなかったのですけど。
 私はただ努力について語っただけですわ」

「そしてそれが俺に希望をくれたんだ!」

 全てで勝ることは出来ずとも、彼が第一王子より優れていることもあると、彼は私のおかげでそれに気付くことが出来たと語る。
 やはり王子は彼の兄である第一王子に対して酷い劣等感を抱いているようだ。それ故の彼の苦悩は、私も知っている。
 知っているだけでどうにかしようとは、もう微塵も思ってはいないが。

「第一王子より褒められた、でしたっけ」

「そうだ!俺にもアイツより優れていることはあるんだ!
 俺は無能なんかじゃない!」

 本当に救いようがないですわね。

 まるでそれだけで何かを成し遂げたような顔をして、自慢げに大げさに話すその姿は滑稽そのものだわ。
 こうやって煽てられ、いいように操られていることに気づきもしない。それとも大人たちの操り人形でもいいから評価されたいのかしら?

 まるで前世の私みたいね、虫唾が走るわ。

「兄にまさったから何なのですか」

「なんだとッ…!?」

 自分の顔が無表情なのが自分でも分かる。
 王子は少し驚いたみたいだったが、すぐにムッとして私を睨む。

 王子のことなどどうでもいいが、弱い私の影がちらつくのはストレスだわ。
 極力視界に入れないように努力はするけど、この調子で無理矢理視界に入り込まれては面倒極まりない。

「貴方の兄である第一王子は確かに優秀な御方です。
 しかし世界には彼と同じかそれ以上に優秀な方がたくさんおられます」

 今にも食ってかかりそうにしていた王子は、私の言葉にハッと何かに気づいたような顔をした。

「兄に勝ったからと言って、それだけで満足するなんて……
 底が知れますわ」

 そう吐き捨てるように言ってから紅茶を口に含んだ私は薄目で王子の様子を窺う。
 てっきりプライドを傷付けられて激昂しながら怒鳴り散らすと思っていたが、王子は何故か憑き物が落ちたような顔をしている。

「兄より優秀なやつが、この世にはいるのか?」

 しばらく無言だった彼は小さく、しかし確かにそう呟いた。

「世界は広いですもの。いるに決まってますわ」

 そう返せば、王子はしばらく放心したように「そうか、そうだよな」と繰り返し呟いていた。
 自分が勝てない相手が兄以外にもいると知ってショックだったのかしら。まあ、そんなことに拘ってる時点で、

「兄にこだわる必要などなかったのだな」

 なぜそうなるのかしら???
 いえ、確かにそういう話でしたけど、私の話なんて今までまともに聞いたことなんて…。

「え、ええ」

 私は困惑する頭で返事をしながらも目の前の王子を見つめた。
 本当にこの王子は私の知る王子と同一人物なのでしょうか……もしかしたら、これは落とされた私の頸が見ている都合のいい夢なのかもしれないという不安を覚えるほどに、目の前の王子は私が知っている彼とは態度が異なっている。

「先ほどまでの無礼をわびよう」

「い、いえ……私も言い過ぎました」

 その後は今までのどこか切羽詰まったような彼とは違い、落ち着きのある顔になった王子が家の者たちに謝罪をし、夕食はそれはそれは穏やかに進行した。

 私はなにがなんだか分からぬまま「次に来るときは前もって知らせる」としっかりとした態度で王族のようにーーそういえば王族でしたわねーー振る舞い城へと帰って行く王子を見送った。

「いったいなんだったのかしら」

 前世ではいくら貴方は第一王子とは違うと言っても、気にすることはないと言っても聞かなかったどころか鬱陶しそうにしていたというのに。
 訳の分からないまま、しかし思考をあの王子に支配されたままなのは不愉快だったので、私はシーツを頭まで被ると無理矢理眠りについた。


 その夜は昔の夢を見なかった。


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