わたしたちの庭

犬飼ハルノ

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淑女教育

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 しばらくして部屋の扉を叩く音が聞こえた。

「フィリス様。おはようございます。侍女長のダリルでございます。朝のお仕度の手伝いに上がりました」

 朝陽が出ているのだから、彼女は魔物ではない。
 扉を開けて良いということだ。

「おはようございます。今、開けるわ」

 フィリスは三つの内鍵を上から一つ一つ開錠して、ドアノブを回し扉を開く。

「ありがとうございます」

 折り目正しく頭を下げるダリルの後ろには三人の若い侍女たちがリネン類を手に控えていた。
 顔を洗って服を着替え、髪を梳いてもらっている間に寝台を綺麗に整え直し、やがて朝食が運ばれてきた。

「お疲れでなければ、今日より少しずつ夫人教育を行いたいと、奥方様よりのご伝言ですが、如何なさいますか」

「昨晩ゆっくり休ませていただいたおかげで、すっかり疲れは取れました。なので、ぜひ教えを請いたいとお伝え願えますか」

「承知いたしました。では、これから一時間後にまた私がお迎えに上がることになるかと思います。それまでお部屋でお待ちいただけますか」

「はい」
 侍女長が去ったのち、フィリスは豪華な朝食に目を見張ることになる。




「ようこそいらっしゃい。ここが女主人の執務室よ」

 フィリスが訪れる前にもう既に多くの仕事をこなしていたであろう様子のグィネス夫人が椅子から立ち上がり、両手を広げて出迎えてくれた。
 机の正面に置かれたソファに座るように促されフィリスが腰を下ろすと、手元の書類を眺めながら問うた。

「一応、確認なのだけど、この二か月の間にウェスト家で家庭教師をつけられたそうね。彼女の名前はわかるかしら」

「メアリ・パーカー先生です」

「黒髪に眼鏡、背が高くて四十代くらいの? 鼻の左に大きな黒子のある人かしら」

「はい。その通りです」

「やはりね……」

 グィネス夫人の表情が曇ったのを見て、フィリスは思わず尋ねる。

「あの……。やはり、私の振る舞いは、淑女らしからぬ……全くなっていないということなのでしょうか」

「いいえ、そんなことはないわ。昨日の出迎えの時も貴方はきちんと考えて挨拶してくれた。所作も綺麗よ。でも、貴方の一挙一動をパーカーは違うと叱ったのではなくて?」

「なぜ、それを……」

「『病気療養のため』に独りで領地で暮らしていた時に、貴方に淑女教育を施してくれた人がいたのね」

「はい。母の専属侍女だったエマが……。彼女は準男爵家の出で姉が教師でした」

 母の従妹が父の妻になって、エマはいち早く解雇された。

 その後すぐに領地の片隅の森のそばにある、屋敷とは言えない小屋にフィリスが置き去りにされたことを知ったエマが駆け付けてくれ、面倒を見てくれたのだ。

 これはおそらく両親の目論見通りだった。
 亡き母への忠誠心の強いエマがフィリスを見捨てることなどできるはずがない。
 無償で仕えるよう仕向けたのだ。

 安い賃金で雇われた通いの使用人たちはすぐに来なくなった。

 エマがいてくれたから、生きながらえることができ、読み書きと立ち居振る舞いを覚えることができた。


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