わたしたちの庭

犬飼ハルノ

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花冠


 ブルーノの夏の景色は素晴らしい。
 緑豊かで、まるで天国にいるようだ。

 広大な敷地の上を雲がゆっくりと移動し、その影が牧草の上をすべり、草をはむ家畜たちの身体の熱を冷ましていく。
 フィリスは丘の上に座って、その様を見ていた。

 グィネス夫人がベルン先生に夏季休暇を与えたため、彼女は家族のもとへ戻った。
 その際に様々な課題を与えられたが、それを早々に片づけてしまったフィリスへ、夫人は屋敷内で自由に過ごしてよいと言ってくれた。
 おかげでフィリスはゴードン達と庭仕事をしたり、こうして放牧地へ遊びに行ったりと、好き勝手にさせてもらっている。

「フィリス様……あの……」

 イアンが背中に何かを隠して、もじもじしながら立っていた。
 ほのかに赤く染まった頬が可愛らしくて、ついフィリスはお姉さんぶってしまう。

「どうしたの、イアン?」

「あの、これ。フィリス様に……」

 ふう、と大きく息を吐き出した後、イアンは隠し持っていた物を差し出した。

「まあ……」

 夏の草花で編んだ花冠だった。
 ラベンダーなどのハーブも一緒に丁寧に編みこんでいて、とても良い香りがする。

「素敵。とても素敵。イアンはとても器用なのね」

 ゆっくりと色々な角度から眺めて愛でた後、そっと頭に乗せた。
 まるで測ったかのようにちょうど良い大きさ。

「ふふ。似合うかしら」

「はい。とても。とってもお似合いです。まるで妖精のお姫様みたい」

「ありがとう。お姫様なんて言ってくれたのは貴方が初めてよ」

 フィリスのダークブロンドの髪を陰気で平民に交じっていると目立たないなどと、ストロベリーブロンドの継母たちがいつもせせら笑っていた。

「そんな……っ。フィリス様はずっとお姫様みたいです」

 顔を真っ赤にして反論しようとするイアンに、隣を叩いて座るよう促す。

「ありがとう。貴方は優しいのね」

 麦わら色の頭に手を置くと、柔らかな手触りで驚いた。

「いい子ね。イアンは」

 手のひらの感触を楽しみながらフィリスが撫でると、なぜかイアンはちょっと唇を尖らせた。

「いい子って……」

 ぼそりと何か呟いたようだけど、風が通って草のさざ波をおこし、フィリスの耳には届かない。
 でも、そんなことは構わない。

「良い天気ねえ」

 フィリスの声に、少し離れたところで草を食んでいた子羊がメエーと鳴き返した。




「お食事をお持ちしましたよ」

 二人並んで座ったまま羊たちを眺めていたら、聞きなれない女性の声が背後から聞こえてきた。
 振り返ると、夏らしい華やかないで立ちの貴婦人が日傘をさして立っている。

「こんにちは。今日はとても良い天気ですわね」

「あ……」

 その後ろにはブルーノの使用人たちがバスケットを持って追いかけてきているのが見えた。
 この女性の人好きのする微笑みに、グィネス夫人を連想した。

「はじめまして。フィリス・ウエストです」

 慌てて立ち上がり、礼をした。

「ああ、驚かせてごめんなさい。……いえ、ちょっと驚かせてみたくて急に声をかけしまったのよね。初めまして。私はグィネス・ブルーノの長女、レイチェル。ブルーノ門下のバーンズ子爵の妻ですわ」

 明るくさっぱりとした口調に、フィリスは親しみを覚えた。

「どうか、私の事はフィリスとお呼びください」

「ありがとう。では、私の事はレイチェルで」

「はい。レイチェル様」

「ねえ、フィリス嬢。貴方、まるで妖精のお姫様のように素敵ね。花冠がとてもよく似合っているわ」

「あ……!」

 はっと、フィリスは頭に手をやる。
 花冠を載せたままだった。

「編んだのはイアンかしら。私が教えたのよ。ずいぶん上達したのね」

 真っ赤になったフィリスたちに、レイチェルは唇に人差し指を当て、片目を閉じておどけて見せた。


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