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場を乱すもの
義母には義姉たちが寄り添っていた。
そして。
「私の妻から離れてもらいましょうか、ウエスト準男爵」
アーロンがフィリスと父親の間に割って入った。
ここまで走ってきたくれたのだろう、整えられた髪と呼吸が少し乱れている。
「旦那様」
フィリスを背に隠し、アーロンは続けた。
「私の妻への長期間の虐待と、母方の実家に払わせていた養育費や贈物の横領が明るみに出て、接近禁止になったのをお忘れのようですね」
「私は……っ、それの父親だ! ソイツには私や家族を養う義務がある! これは正当な要求だ!」
「それなら、我がブルーノがフィリスとの婚約を結んだ時にお渡しした結納金と、衣装と装飾品、そしてあなたに言われて立て替えた家庭教師への報酬。それを貴方はいったいどうされたのですか?」
「それは……フィリスが」
「妻は最低限の着替えと粗末なトランク一つで、母親の形見すら持たされていなかったというのに」
当時、突然羽振りが良くなったウエスト伯爵家の行状を知っている人々の冷笑が聞こえてくる。
ほんの数年前の事で記憶に新しい。
そして、アリスとマーガレットが常々フィリスを貶める噂を流していたことも。
「ウエスト準男爵。どうしますか。このままここに留まって妻に付きまとうならば、衛兵が駆け付けて貴方を拘束し、裁きを受けることとなりますが」
事実、新年の宴らしからぬ諍いに気付いた騎士たちがこちらへ向かっているのが見えた。
「くっ……」
父は悔しそうに顔をゆがめ、フィリスとアーロンを睨みつけた。
「覚えているがいい。私を陥れて、辱めた報いを、お前たちは必ず受けるんだ。死んだ方がましと思う日が絶対来るからな」
目を剥き、歯ぎしりしながら、アーロンとフィリスを指さし、それから義母たちへ向ける。
「お前たちを! 俺は絶対許さない! お前も、またお前も、お前も、みーんなだ!」
騎士たちが父を捕らえた。
両腕を縛られて自由の効かない身体の代わりに、大声を上げる。
「みんな、みんな、不幸になるんだ。俺だけが不幸だなんて割に合わん。ここにいる奴らはみんな不幸になっちまえ!」
大きく身体を揺らし、狂ったように笑う男に、フィリスは背筋が凍った。
「失礼」
とうとう父は猿轡をかまされる。
「う~っ!」
それでもなお抵抗して暴れるので、とうとう昏倒させられた。
ようやく静かになった男を大柄な騎士が荷物のように担ぎ、騎士たちは一礼して去った。
せっかくの宴がフィリスのせいで台無しだ。
あんな男と、血がつながっているなんて。
情けなくて、恥ずかしくて、消えてしまいたい。
でも、ここで逃げ出してはだめだ。
深く息をついて、顔を上げた。
「ウエスト準男爵は滅多に飲むことができない王宮の良酒をつい欲張って頂きすぎたようです。新年の祝いの宴にそぐわぬ酔客の戯言、大変申し訳ありません」
フィリスがドレスをつまみ腰を落として頭を下げると、アーロンもそれにならう。
「我々はこれにて失礼いたします。皆様におかれましては楽しい時を過ごされますよう」
義母も義姉たちも周囲に向かって頭を下げた。
そして、全員で王族たちの席へ向かって深く礼をし、一斉に会場を後にした。
「フィリス。領地へ戻ろう」
「ごめんなさい、あなた。私のせいで……」
「君のせいじゃない。僕たちはあの男を買いかぶり過ぎていたんだ。さすがに反省して大人しくしているだろうと、新年の宴には出てこないだろうと楽観していた。まさかこんな恥知らずな真似をするなんて想像できなかった僕が甘かった」
アーロンに腰を支えられながら、廊下を歩く。
宴の為に多くの灯りをともされているというのに。
闇に向かって走っているような気がした。
そして。
「私の妻から離れてもらいましょうか、ウエスト準男爵」
アーロンがフィリスと父親の間に割って入った。
ここまで走ってきたくれたのだろう、整えられた髪と呼吸が少し乱れている。
「旦那様」
フィリスを背に隠し、アーロンは続けた。
「私の妻への長期間の虐待と、母方の実家に払わせていた養育費や贈物の横領が明るみに出て、接近禁止になったのをお忘れのようですね」
「私は……っ、それの父親だ! ソイツには私や家族を養う義務がある! これは正当な要求だ!」
「それなら、我がブルーノがフィリスとの婚約を結んだ時にお渡しした結納金と、衣装と装飾品、そしてあなたに言われて立て替えた家庭教師への報酬。それを貴方はいったいどうされたのですか?」
「それは……フィリスが」
「妻は最低限の着替えと粗末なトランク一つで、母親の形見すら持たされていなかったというのに」
当時、突然羽振りが良くなったウエスト伯爵家の行状を知っている人々の冷笑が聞こえてくる。
ほんの数年前の事で記憶に新しい。
そして、アリスとマーガレットが常々フィリスを貶める噂を流していたことも。
「ウエスト準男爵。どうしますか。このままここに留まって妻に付きまとうならば、衛兵が駆け付けて貴方を拘束し、裁きを受けることとなりますが」
事実、新年の宴らしからぬ諍いに気付いた騎士たちがこちらへ向かっているのが見えた。
「くっ……」
父は悔しそうに顔をゆがめ、フィリスとアーロンを睨みつけた。
「覚えているがいい。私を陥れて、辱めた報いを、お前たちは必ず受けるんだ。死んだ方がましと思う日が絶対来るからな」
目を剥き、歯ぎしりしながら、アーロンとフィリスを指さし、それから義母たちへ向ける。
「お前たちを! 俺は絶対許さない! お前も、またお前も、お前も、みーんなだ!」
騎士たちが父を捕らえた。
両腕を縛られて自由の効かない身体の代わりに、大声を上げる。
「みんな、みんな、不幸になるんだ。俺だけが不幸だなんて割に合わん。ここにいる奴らはみんな不幸になっちまえ!」
大きく身体を揺らし、狂ったように笑う男に、フィリスは背筋が凍った。
「失礼」
とうとう父は猿轡をかまされる。
「う~っ!」
それでもなお抵抗して暴れるので、とうとう昏倒させられた。
ようやく静かになった男を大柄な騎士が荷物のように担ぎ、騎士たちは一礼して去った。
せっかくの宴がフィリスのせいで台無しだ。
あんな男と、血がつながっているなんて。
情けなくて、恥ずかしくて、消えてしまいたい。
でも、ここで逃げ出してはだめだ。
深く息をついて、顔を上げた。
「ウエスト準男爵は滅多に飲むことができない王宮の良酒をつい欲張って頂きすぎたようです。新年の祝いの宴にそぐわぬ酔客の戯言、大変申し訳ありません」
フィリスがドレスをつまみ腰を落として頭を下げると、アーロンもそれにならう。
「我々はこれにて失礼いたします。皆様におかれましては楽しい時を過ごされますよう」
義母も義姉たちも周囲に向かって頭を下げた。
そして、全員で王族たちの席へ向かって深く礼をし、一斉に会場を後にした。
「フィリス。領地へ戻ろう」
「ごめんなさい、あなた。私のせいで……」
「君のせいじゃない。僕たちはあの男を買いかぶり過ぎていたんだ。さすがに反省して大人しくしているだろうと、新年の宴には出てこないだろうと楽観していた。まさかこんな恥知らずな真似をするなんて想像できなかった僕が甘かった」
アーロンに腰を支えられながら、廊下を歩く。
宴の為に多くの灯りをともされているというのに。
闇に向かって走っているような気がした。
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