糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼ハルノ

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罪を問う

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 もう半月も西へ降りようとしているというのに、みな元気なことだ。

 敵意丸出しの部下たちに取り囲まれながら、主たちの待つ部屋へ向かう。



「ベージル。お前、自分が何をやったかわかっているか」


「……どうやら私は何らかの罪に問われているようですが、リチャード様は、何をやったと思われているので……」


 言い終える前にリチャードの拳がヒルの頬に入った。

 口が切れたが、たいした威力はない。
 唇の血を指で拭いながらわずかに低い主君を見下ろす。


「…………。罪を犯したと、思われているということですね」

「冤罪だと言い張るのか、お前は」

「俺は今まで奥様の侍女のドナを探しに出ていました。もう三時間ほど前からです」

「嘘をつけ……お前は……」


「いいえ。宴会でドレスを汚された奥様が部屋へ戻るとおっしゃったので、二人で付き添いましたが、私が席を外している間にドナの行方が分からなくなりました」


「ドナは確かに今いない。浴室の準備をすると言ってコンスタンスのそばを離れた後、戻ってこなかったらしいな」


「はい。呼び鈴を鳴らしても現れず、ちょうどノーザンが戻ってきたので話をしていた最中に地下で閃光弾のようなものが光ったので……」


「待ってください。私は宴会場ではぐれてから今までヒル団長と会っていません」

 ノーザンが割って入った。


「ノーザン?」


「私が先ほど奥様の様子を見に伺いましたら、奥様が倒れていらして……。その……」


 ちらりと彼はソファのそばに落ちている夜会のドレスに視線をやると、ワインの染みのついたそれは明らかに破れ、縫い付けられていた真珠が散らばっている。

 そして、そばにはヒルが身に着けていたはずの礼服。

 いかにもここでベージル・ヒルが女主人に無体を働いたと言わんばかりの光景だ。

 上着を彼女に着せたままだったのは失態だった。
 しかし、取り返そうとすれば抜き差しならぬ事態になったはず。

 どう転んでも結果は変わらなかったということか。
 触れずに済んだだけでも、今の方がましだ。

「……それが、どうかしましたか」

 うんざりとした表情でため息をつくと、リチャードは目を見開いて掴みかかった。

「貴様! まだしらばっくれるつもりか!」

 襟元を両手でしめられても、やりきれない思いになる。

 恋人を大切に思う気持ちは分からなくもない。
 しかしそれは長い間誠心誠意仕えてきた自分を、簡単に悪と決めつけられるようなものなのか。


「私が奥様のそばにいたのはここに戻ってほんの数分の間です。無人の筈の地下で閃光弾なんかか光ったなら、確認へ行くのが当たり前でしょう。あの時、別館は我々以外誰もいませんでした。不審者の侵入であれば大変なことです」


「それで、お前は地下へ見に行ったというのか?」

 襟をつかんだまま、リチャードはヒルの眼を覗き込みながら問う。


「はい。それで厨房へ行くと、ドナがそこで作業したと思われる形跡が残っていました。
 おそらく彼女は、奥様のために何かを作ろうと思ったのでしょう。
 灯したままのカンテラと作りかけの材料が調理台に残されたままだったので、彼女の身に何かあったと思いました。
 まず考えられるのは誘拐です。
 一刻の猶予もならないのでそのまま捜索に出て、林の奥まで見て回ったため戻るのが今になりました。
 なので、持ち場を離れた後のことは、私は存じません」


 整然と述べているうちに、次第にリチャードの瞳に迷いが生じてきた。


「筋は通っている。しかし……」

 襟をつかんだ手を放し、乱れていた己の髪をかき上げる。


「そんなの嘘よ! 閃光弾なんて、知らないわ。そんなもの、見なかった!」

 全員の視線は一斉に寝室の方へ向いた。


「……ヒル。リックは寛大な方よ。貴方が正直に話せば、きっと許してくれる。この私を彼が許してくれたように……」


 青ざめた顔で寝室の扉にすがって立つコンスタンスを、侍女長が慰めるように支えているのが目に入る。
 ガウン姿に乱れ解かれたままの髪。

 脱ぎ捨てられたドレスといい、その姿といい、過剰なまでの演出ぶりに反吐が出そうだとヒルは眉をひそめた。


「……何を、ですか?」

 静かに問うと一瞬ぴくりと片眉を上げたが、すぐに目を大きく開けてはらはらと涙を落とし、大きく身体をふるわせ始めた。


「…………あ、あなたが……。わ、わたしに……したこと……よ」


 たどたどしく答えながら、白目をむき失神するかのようにふらりとよろめく。


「コニー!!」

「奥様!」


 リチャードとノーザンたちが床に崩れ落ちたコンスタンスの元へ慌てふためき駆け寄った。

 本当に、ミカやテリーたちの言うとおり、大根役者の三文芝居。
 それなのに、笑えるほど皆は信じている。
 いや。
 ノーザンのように何食わぬ顔をして芝居に加わっている者もいるのだろう。


「今夜、私は何もしていません。罪があるというならば、三時間前に奥様をノーザンに預けた切り一度もここに戻らなかったことです」


「嘘です!! 俺は、ずっと宴会場にいました。戻ったのはリチャード様が戻られる直前です!! リチャード様! 信じてください!」


 唾を飛ばしながら反論する部下の顔を見ながら合点がいく。

 ヒルとドナが脱出してからリチャードが戻るまでの間、ノーザンはコンスタンスと関係をもったのだと。

 情事を隠ぺいするために必死になって偽証するノーザン。
 更には、それを仕向けるためにコンスタンスはわざとノーザンを迎えたのだろう。

 くだらない。

 つい、ヒルは笑いを漏らしてしまった。


「何がおかしい。お前はいつの間にそんなに性根が腐ったんだ、ベージル」

 だらりと全身の力を抜いたままのコンスタンスを胸に抱いて、リチャードは下からねめつける。

 こんなことで。
 こんなお粗末な結果を迎えようとは、思わなかった。

 投げやりな気持ちのまま、ヒルはリチャードへ言葉をかけた。


「リチャード様」

「なんだ」


「私は確かに、酒に酔って前後不覚になり、奥様に対して不埒な真似を行ってしまった過去があります。
 しかし、それは決して今夜ではない」


「な……っ! お前……っ!」

 リチャードの腕の中で気を失ったふりをしていたコンスタンスがびくりと動いた。

「あれは、植民地を離任して帰国の途へ就く直前の休日でした。
 私の謝罪を寛大な奥様は受け入れてくださいましたが、リチャード様には許しがたいことと思います。
 今まで隠し通したことをお詫び申し上げます」


 剣を床に置き、跪いて深く頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。いかようにも罰は受けます」

 広い室内がしんと静まり返った。


「…………今夜の件は箝口令を敷く。いいか、何もなかった。全員そう心得ろ」

 リチャードはコンスタンスを抱き上げたまま立ち上がり、周囲を見渡して淡々と結論を告げた。

「リチャード様!」

 ノーザンが不満の声を上げると強い視線で制す。


「それからノーザン。今よりお前が団長だ」

 リチャードの言葉に、ノーザンの表情はがらりと変わり、喜びでいっぱいになった。


「ヒルは解雇。明日の日暮れ前に招待客たちの出立が落ち着いてから追放する。それまでは地下の倉庫に監禁しろ。……夜も更けた。その後は全員休むと良い」

「はっ」

 ノーザンに乱暴に肩を掴まれ、ヒルは立ち上がる。


「ベージル・ヒル。私物の持ち出しは許す。しかし、馬は許さない。歩いてどこへとなりともいくがいい。それが、俺がお前に与える罰だ」


 そう言い捨てて、リチャードは背を向け寝室へと消えた。

 一度も、ヒルを見ることもなく。

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