糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼ハルノ

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水底に沈めた秘密

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「おいヒル。ピーターとかパイパーとか、ペッパーとか、生き残った奴らなんでいないんだ? 留守番か?」

 重い沈黙が支配する中、ひょうひょうとした様子でモルダーは傍らに膝をついてブーツを履くヒルに声をかけた。

「いえ。ピーターは辞めました。パイパーたちは伯爵領警護の方に就いています」

 紐を結ぶために下を向いたまま答える

「なるほどね。『奥様』の帰国同伴を反対したくちかな?」

「まあ、そんなところです」

「もう、その辺からどうかしているな。死を賭して戦った優秀な騎士を手放すとか」

 首を垂れてはああーと深くため息をついた後、両手を腰に当ててノーザンに視線を戻す。


「あのさ。ノーザン。そもそもがマカフィーのエロ野郎はずっと軍のお荷物だった。人望も知性もない屑だ。それなのに分隊長の地位にいられたのは、ヤツの妹が軍の責任者であるダバーノン大公の愛人だったからだ」

 大公閣下は寵姫がねだるたびにことごとく不始末をもみ消したばかりか、それに不満を言う人間を降格処分にしていった。

 国内に置くと危ないので飛び地に赴任させたところ、戦争が起きる事態になり、誰もが頭を抱えた。


 そんなさなか、彼の上司として所属部隊の騎士団長になったのがリチャード・ゴドリー。

 貧乏くじもいいところである。

 弱冠二十二歳という若さ。

 当然彼は、現場と大公との板挟みに散々苦しむことになる。


 リチャードの父、ゴドリー侯爵や軍の上層部も彼の手助けをそれなりにしたが、奔放なマカフィーの後手に回ってしまい、戦況はますます悪化。

 半年経ったところで帝国第二騎士団の一部を派遣した。

 その最高責任者が副団長であったナイジェル・モルダーだった。


「止めが、捕虜になったこっちの隊長たちとの交換と和平交渉のために、前線へ連れてきていた敵方貴族の夫人やご令嬢だよ。アイツ、俺たちが別の場所の小競り合いに出動している間に天幕へ引きずり込んで襲いやがった。それがどんなにまずいことなのか、君は解るか?」

「そ、そんなこと……。冤罪だ! 証拠なんかどうせないんだろう!」


「あるさ。あいつ自身だ」

「は?」


「俺たちの出動は、敵方にとってある意味陽動だった。がら空きになった本陣をレスキュエル国の精鋭部隊が突入し夫人たちを奪還する作戦で、いざ着いてみたらマカフィーが盛っている最中だった」

「だから、その証拠は」


「精鋭部隊の中に一人、レスキュエル随一の魔導師がいた。天幕をめくって突入した瞬間、彼は土魔法でマカフィーを水晶化した」

「え……」


「俺たちが急襲の知らせを聞いて取って返したら、マカフィー隊の部下たちは皆殺し、もちろん捕虜は奪還されていた。そして、指揮者の天幕を覗いたら、ズボンを下げて四つん這いになったまま振り向くマカフィーが透明な水晶岩の中で標本状態になっていたんだよ……。まったく、魔力と技術の無駄遣いだよな。マカフィーの尻なんか見たくないっての」

「嘘だ。フィリップ・マカフィーは名誉の戦死として遺体を搬送され、準国葬になったはずだ」


「遺体は確かに国に送ったさ。あんなもの、どこにも置いておけないだろう。魔導士たちが特別に転送して軍の上層部と王もしかと見た。練りに練った新種の魔法で、水晶化の解除は不可能。しかもダイヤモンドよりも強度のある石だったため、仕方ないから今は魔導士庁の地下に参考資料として保管されているよ」

「いや、でも、俺は葬儀の時に確かに彼の遺体を見た。あれはいったい……」


「それはダバーノン大公が金と権力を駆使してどこかの遺体をマカフィーに見えるよう偽装させたにきまっているじゃないか。しかも功労者として軍の石碑に刻ませるとか、ほんとたいがい好き放題だよな」


 実際のところ、帝都の軍上層部はマカフィーの水晶岩を親族に直接見せた。

 すると、寵姫に伴われて現れた大公が部下の魔導師にそれを粉砕させ、『ここには何もなかった』と誓わせた。


 あらかじめ用意していたレプリカを使ったため、本物は現在も傷一つなく粗末な木箱に収納され存在する。

 もっとも、本物をあの場に持ち込んだとしても破壊されることなく、むしろその場にいた者が術の跳ね返しを受けて全員爆死しただろう。


 そういう危険なモノだった。



「ノーザン。君は『伯父』と彼を言うが、直系ではないね? だから、水晶岩のことを知らなかった」

「…………。母が。母方の又従妹にあたります」

 母系親族の結束が固い一族なのだろうと、モルダーは納得する。


「なるほど。だから君は何も知らなかったし、リチャードも係累と知っていたら君を雇っていたか定かではない。だって君、帝国騎士団の入団審査に落ちたから私立騎士団に所属しているのだろう?」


「…………いえ。俺は入団審査に合格しました。だけど、試用期間で……」

 目をそらし、言いにくそうに口を歪める。


「追い出されたんだ。その時、さっきの歌を歌うなと言われなかったか?」

「酒の席で、余興のつもりで歌っただけだ! それなのにあいつら……!」

 思いだすと怒りがぶり返したのか、こぶしを握り締めて震える男にモルダーは憐れみの目を向けた。


「俺って、たいがい親切だなと思うんだけど。なあ。大公とマカフィーの妹がとても近い時期に死んだのは知っているか? かれこれ三年ちょっと前のことだ」

「…………知っていま……っ。まさか……。そんな、大公を……」


 大公が弑逆されたというのは聞いたことがない。

 彼は、前々から患っていた病気で亡くなったと公表されたのだから。


「今から言うのは俺の独り言だ。信じるかどうかは君らに任せる。マカフィーが死してもなお、彼の妹の寵愛は絶頂だった。ある時、寵姫はねだったのさ。愛のしるしに舟遊び用の船を新しく作ってくれと」


 大公領にある私有地の池に浮かべるための小船。

 木の天蓋を東屋のような形に作って載せ、ごてごてとした装飾で飾り立てることを彼女は希望した。


 設計の段階で誰もが気が付いていた。

 頭でっかちなこの船は些細な力でひっくり返ることを。


 職人は命じられるままに船をつくり、出来上がると二人は喜んだ。


 そして初めての舟遊びの日。

 池の真ん中まで進み、護衛で同乗していた騎士たちを小舟に移らせて二人きりになったところで彼らは愛を存分に語り合う。

 青空が池に映えて水の色は最高に美しく、初夏の風と花の甘い匂いが二人の遊びを最高のものにした。


 そして。

 ほんのわずかな振動で。

 船は天地を返し、彼らは水の中へ投げ出された。


 しかし。

 少し離れて小舟に乗ったまま待機していた船頭と騎士も。

 岸に並んで警護についていた騎士と従僕たちも。

 誰一人、動かなかった。

 彼らがようやく動いたのは、水面が静かになってから三十分はゆうに経ってからだった。


 大公と寵姫は気づいていなかった。


 彼らが物事を思うままにした期間は長く、犠牲者は数えきれないほどだったことを。

 仕える人々の誰もが親族または友人を亡くし、または元の生活に戻れないほど心身ともに痛めている知人がいることを。


 優しい初夏の日差しが降り注ぐなか、船と二人は引き上げられた。


 大公には他国から嫁いできた王族の正夫人が存在する。

 寵姫にも名義上の歳の離れた夫が存在する。

 それぞれ遺体を引き取られ、

 それぞれ別の日に病気で亡くなったと公表され、

 それぞれ別の地に埋葬された。


 全ての秘密を水底に沈めて。



「解るか?あの戦争からまだ数年しか経っていない。犠牲者も、戦地に行った者も記憶が鮮明なんだ。子は親を選べないことは重々承知しているから、帝国騎士団はとりあえずノーザンの入団を許可したのだろう。だけど、マカフィーを信奉しているやつとはさすがに一緒には働けるほど、心は広くないし暇じゃない。近いうちにいずれ必ず同じことを始めるし、そうなると面倒だからな」

 今、ベージル・ヒルを囲んで私刑にしようとしたように。


「高位貴族の出身だとか、学校でそこそこ良い成績をあげられただとか、そんなことはたいした基準じゃない。人間としての良心と尊厳を守れるか。それが今の君たちに足りないものだ」

 一気に言い終えると、ふう、とモルダーはいきをついた。


「俺が言いたいのはここまでだ。この色男は俺がもらっていく。あとでリチャード・ゴドリーにも話を通すから心配するな」

 遠くで、獣の遠吠えが聞こえてきた。


「血の匂いで狼が来る前に頑張って帰れよ。じゃあな。無事を、一応祈っとく」

「あ、あの……」

 騎士の一人が慌ててモルダーに声をかける。

「なんだ」

「あ、あの、ご一緒に……」

 もじもじとしながら、見た目が優男のモルダーにへつらう。

「やだね。俺の義妹、機嫌を損ねたら怖いんだ。早く帰らないと叱られる」

 にっこり笑って断ったモルダーは唇に指をあてて馬を呼んだ。

 円陣の中に入ってきた馬の額をひと撫でした後ひらりと乗ると、後ろをたんたんと手のひらで叩く。

「乗れよ、ヒル。本気でもう時間がない。お前重すぎるけど、こいつも今回は乗っていいって言ってくれているしさ」

「……わかりました。では、遠慮なく」

 ヒルは慎重にモルダーの後ろにまたがった。


「ではな。夜遊びもほどほどにしとけよ」

 ひらひらと手を振った後、軽く馬の腹を蹴って彼らはあっという間に騎士団たちの前から消えた。


「そんな……。どうすれば」


 保護区域内だから、魔獣は出ない。

 しかし、夜行性の獣たちの活動時間に入る。

 馬はいまだに戻ってこず、歩くしかない。
 

 あたりはあっという間に夕闇に飲み込まれていく。

 冷たい風になぶられて、傷だらけの騎士たちは震え呆然と座り込んだ。







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