糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼ハルノ

文字の大きさ
207 / 333

本邸の使用人たち

しおりを挟む

「全員、揃ったか」

 主階段の踊り場に立つヴァン・クラークは玄関ホールに集まった多くの人々を見下ろし、号令をかける。

 何事か聞かされないままホールに立つのは主に屋敷内で働く者たちばかりだ。

 不安げに近くの同僚とこそこそと会話を交わしていたが、踊り場から無表情に見つめる執事ウイリアム、侍従長ヴァンのいつにない様子に、やがて静まりかえる。
 二人が立つ踊り場にはなぜか小さなサイドテーブルが置かれていた。

「門番、騎士、庭師、馬丁、御者たちは持ち場を離れにくいため、ここには呼んでいない。通いの者も来るよう通達したが、漏れはないだろうな? 侍女頭」

「はい。数人宿下がりしておりますが、それについては後程報告します」

 ヴァンの問いに、侍女頭のヨアンナはしおらしく頭を下げる。

「ではまず今回、ゴドリー伯爵家にとって大切なことを通達するとともに、立会人を紹介する」

 ヴァンとウィリアムが主階段の上を見上げると、秘書官ライアンの先導で二人の人物が現れ、ゆっくりと降りてくる。

 一人は魔導騎士団の騎士服を着た背の高い女性で、片手に巻物を一つ持ちワインレッドの長い髪をなびかせて堂々とした足取りだ。

 もう一人は若い魔導師で彼女の隣を歩き、クリーム色のくせのある短髪に縁どられた顔は小さくどこか中性的であどけない微笑みを浮かべていた。

 どちらも美しく、使用人たちは再びざわめく。

「私の名は魔導士庁所属第二魔導士団団長スカーレット・ラザノだ。そして、こちらは部下のリド・ハーン。王妃陛下からの特命により、今回ここに立ち会うこととなった。詳しい説明については執事のウィリアム・コール殿に任せる」

 ライアンに促され前に出て低い声でさらりと告げると、スカーレットは部下と紹介した青年の肩を抱いてサイドテーブルの後ろに下がった。

「それではスカーレット・ラザノ様のご指名により、私、ウィリアム・コールが説明を始める」

 スカーレットからライアンへ、そしてウィリアムへと手渡された巻物を優雅な所作で広げ、宣言する。

「まず、パトリシア王女殿下が嫁ぐ際の道具の一つとなるタピスリーの製作を、ゴドリー伯爵家において行うように。これが王妃陛下から受けた特命の主文」

 ホールは一気にどよめいた。
 それを、ヴァンが「静かに」と一喝して沈める。

「製作者として指名されたのは、当主リチャード・ゴドリー伯爵夫人である、ヘレナ様だ。ヘレナ様の亡き母上は生前、王妃陛下の侍女であったことから、その腕を買われ、先日王宮に呼ばれて直接命を受けた。その場にはリチャード様、ゴドリー侯爵夫妻、ヘレナ様の義母であるストラザーン伯爵夫人、そして王宮文官やわれわれ側近たちも立会い、諸処決決められた。試作も含めて製作期間は二年。全ての作業はヘレナ様が現在生活されている『別邸』にて行う」

 使用人たちは頭を低め、こそこそと小声で話し合う。

『タピスリー?』
『特命?』

 ウィリアム・コールの口から伝えられることに対し、理解がついて行かない様子だ。

「つまりこれは、王妃陛下直々に指名された任務ということだ」

 ウイリアムは巻物から視線を上げ、使用人たちに語り掛ける。

「明日から材料や資材を主にラッセル商会が運び、打ち合わせなどのために王宮の人々が別邸へ来ることとなるだろう。正式な任務ゆえに正門から入り、この本邸の前を通って別邸へ行く。今後、いかなる理由があっても別邸を目指す積荷や人を伯爵家の者が止めてはならない。また、本邸の中へ引き入れるなどはもってのほかだ。一切の関与を許さない」

「しかし…!」

 侍従の一人が手を挙げて遮った。

「しかしながら…。我々には王命による積荷なのか、何なのか、分かりかねます。もし、あのガ…いや、その、ベ、別邸の方が他所の者を引き込み、贅沢三昧や、『奥様』に害をなすような真似をしたら…」

 ガン! と強い音が響く。

 人々が踊り場に目を向けると、それまで静観していたはずのスカーレットがいつのまにか腰から長い剣を外して鞘を握りこみ、床に打ち付けていた。

「…お前たちは己の立場と『王妃の特命』の何たるかが、さっぱりわかっていないようだな…」

 低く唸るような声と、ぎらぎらと光る瞳の金色が、離れているにもかかわらず階下の者たちを制圧する。

 そんななか、彼女の部下と説明されたローブ姿の青年がにこやかに笑みを浮かべ、前に出た。

「まあ、本邸の皆さんの心配も分かります。そもそも魔導士庁が今回ここに臨場する理由の一つはそれです。この任務で正門を通る人々には必ず王宮と魔導士庁が発行した認定証を持たせます。まずはこれですね」

 彼は手のひらほどの大きさのブローチを掲げた。

「遠くてよく見えないでしょうから、後程側近の皆様に見せてもらってください。真ん中に王妃の瞳を模した緑の魔石がはめられていて、周囲の細工は今回のために作られた特別な紋章が造形されています。で、これを手に持った者が一言『任務により参りました』というと、このように光を放ちます」

 緑の魔石がワインレッドへ変わり、赤い光を放つ。

「ね。ちょっと面白いでしょう。けっこう高度な術と貴重な石を使っているので、認定された人でないと光らないし、色も変わりません」

 親し気な言葉でふんわりと笑うリド・ハーンに、人々は密かに胸をなでおろした。

「そもそも本邸から見える道を通るが、直近ではなく、適度に離れた中央道だ。安心してくれ」

 ヴァンも横から補足する。

しおりを挟む
感想 129

あなたにおすすめの小説

初夜に訪れたのは夫ではなくお義母様でした

わらびもち
恋愛
ガーネット侯爵、エリオットに嫁いだセシリア。 初夜の寝所にて夫が来るのを待つが、いつまで経っても現れない。 無情にも時間だけが過ぎていく中、不意に扉が開かれた。 「初夜に放置されるなんて、哀れな子……」 現れたのは夫ではなく義母だった。 長時間寝所に放置された嫁を嘲笑いに来たであろう義母にセシリアは……

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

最初から間違っていたんですよ

わらびもち
恋愛
二人の門出を祝う晴れの日に、彼は別の女性の手を取った。 花嫁を置き去りにして駆け落ちする花婿。 でも不思議、どうしてそれで幸せになれると思ったの……?

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

処理中です...