糸遣いの少女ヘレナは幸いを手繰る

犬飼ハルノ

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正門に集合

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 ゴドリー伯爵家の玄関ホールで行われた説明会から三日後の午後。

 屋敷の正門前へ最初に現れたのはラッセル商会だった。

 小さな荷馬車に騎乗の男二人と御者二人でいつもと変わらない。

「『例の件』で、ヘレナ様へのお届けの品を運び入れます」

 責任者であるテリー・ラッセルは手のひらに精緻な細工が施された紋章を載せて門番に見せる。

 リチャードたちが提督として都を離れている間に取引が停止されていたラッセルの商いはヘレナが暮らすようになって再開されたものの、本邸との取引は今もほとんどないため、使用人たちからは軽く見られ始めていた。

「ああ、これが例の…」

 門番がひょいとそれをつまみ上げようと手を伸ばすと、白銀の細工部分に触れた指先から全身にバチリと痛みが走った。

「うっ!」

 胸元を抑えて膝をついた男に、同僚たちが駆け寄る。

「おいっ! どうした!」

「大丈夫ですか? けっこう痛かったみたいですね?」

 呑気なテリーの声に、痛みにあえぐ門番と仲間たちは「なにを…」と怒りをあらわにして強く睨んだ。

「ああ…。みなさん、通達の内容をよく理解されていないのでしょうか…。これ、登録された者以外が触れると、『相応』の罰が発動されるのですよ」

 言葉遣いは丁寧だが、人のよさそうなテリーの瞳の奥は冷たい。

「貴方は伯爵家専属の門番で、私はただの商人。弱そうだしこいつから紋章を取り上げても問題ないって、ちょっと思いましたよね?」

「な……っ」

 門番は声を上げかけて、また胸をおさえる。

「その様子だと、もっと何か良からぬことを考えていたのですかね…。お気の毒に。命に別状はないと思いますが、無理に動くと大変なことになります。いますぐ休ませた方が良いですよ、ご無事に回復されると良いですが…」

 命に別状はないとは、とりあえず今は生きているというに過ぎない。
 そう言わんばかりの言葉に、門番たちはびくりと身体を震わせた。

「お、おい、とりあえずこいつを休憩所に…」

 騒ぎを聞きつけた騎士たちが駆け付けた時には門番は白目をむいて意識を失い、結局は担架で運び出された。

「魔導士庁が作った紋章ということは、そういうことなのです。いやあ、大変ですね」

 目の前に事態に全く動揺せず、人好きのする表情を変えないテリーに、男たちは寒気を感じふるふると震える。

「わ、分かったから、さ、さっさと行ってしまえ。俺たちは忙しい」

 門扉を大きく開き、しっしっとあからさまに厄介払いの仕草をする門番の一人に、テリーは眉を下げた。

「早急にヘレナ様へ荷をお届けしたいのはやまやまなのですが…。ここで待つよう指示されておりましてね…」

「はあ?」

 もうラッセル商会に関わりたくない気持ちでいっぱいの門番は思わず叫ぶ。

「あ、早かったですね、テリー様」

 荷馬車の後ろからひょっこりと声がかかった。

「あっ…。あんたたちは…この間の…っ!」

 門番が指さす先には一頭の馬の上に乗る二人の姿。
 テリー及びラッセル商会の面々はとっさに口元に拳を強く当てた。

「おや。一応、僕たちの顔だけは覚えていたんですね」

 鴉の羽のようにつやつやと黒く大きく頑丈そうな馬の背に、ちょこんとリド・ハーンが横乗りして、彼を大切そうにスカーレット・ラザノが後ろから支えて手綱を握っている。

 しかも、こうしている最中も隙あらばリド・ハーンのふわふわの髪やすべすべの白い頬にスカーレットが唇を落とし、甘い空気を振りまいていた。

 魔導士庁職員はいい加減見慣れた光景だが、彼らはこのゴドリー伯爵邸まで都の中心をとおってきたことになる。
 どれだけ衆目を集めた事だろう。 

「お待たせしました、テリー様。こちらはほぼ合流済です」

 更に現れたのは、栗毛の馬に乗る濃い灰色の髪とラピスラズリ瞳が美しいローブ姿の魔導師で、しかも彼の前にもちょこんと眼鏡をかけた小さな老人が跨っていた。

「なんじゃ、もめごとか?」

 右手に持っていた細い小さな木切れが見る見るうちに縦横大きく成長し、長く丈夫なこん棒へ変化しようとする。

「わわ、老師。やめてください、ここでいきなり闘争心全開にしないでください。屋敷が吹っ飛びます。ヘレナ嬢も困ります」

 絶世の美魔導師が慌てて宥めると、老人ははむうと唇を尖らせ大きく息をついた。

「つまらんのう。たまには暴れるのも良いとおもったんじゃがなあ」

「…今はとりあえずそういう時ではないので…」

 どうかご勘弁をとこぼす魔導師に、ラッセル商会と居合わせた使用人一同大きく心の中で頷いた。



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