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疎外感と
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「そのイヤーカフ、魔道具ですか?」
ふと気づいてヘレナは尋ねる。
作業が終わったところでミカが声をかけてくれたお茶の場所はタピスリーを製作する部屋の隣にあるサンルームだった。
そこの壁には額装された五枚の刺繍が飾られている。
二階のこの部屋に入ることができるのは身内しかいないからとマリアロッサがコールに命じた。
縫った側としては少し面はゆいのだが、常に使う場所でもないから良いかと思ったのだが。
「んー。そんなとこ」
ライアンは上の空で返事をする。
彼がじっと見つめているのは、七頭の竜たち―ミゲル・ガルヴォとその家族だ。
ジュリアたちの輪の中にライアンを入れなかったのは、彼が今生きているからなのだが、母親と弟妹、そして土の民たちをなぞるように見つめる姿を目にすると、これで良かったのか考えてしまう。
みな天高く舞い上がり、彼だけ地上に残った。
寂しいのではと慮るのは傲慢だろうか。
『はうう…』
声に視線を上げるとヘレナの向かいにちょこんと座っているミニミニミニ族がゆっくりと顔を左右に振る。
どうやら気にするなと言いたいらしい。
ちなみに今日のお客様は『おきもち』だそうな。
「ああ、すみません。お茶のお変わりはいかがですか」
暖炉のそばではパールとネロがとっくにおやつを平らげてくっ付いて眠っている。
『はむ』
こくりと頷き、手にしたフラップジャックをひと切れ摘まむと口に放り込む。
『むふー』
何度か咀嚼したのち、両手を口元にあててくねくねと小さく踊った。
「…美味しいんだね」
クリスもいい加減ミニミニミニ族に慣れて来たらしく、文字盤に頼らずとも彼らの意思を的確に感じ取っている。
やがて、ぽんっと『おきもち』の頭のてっぺんに小さな花が咲き、「今日はなんだろうな」と名前を思案する始末だ。
「これ、多分ガブリエラ夫人の例の装身具の石の一つなんだってさ」
改めて席についたライアンが右耳を指さして言う。
青い光彩を放つラブラドライトがはめ込まれた金細工のイヤーカフは、彼に良く似合っていた。
「え?」
「どうやらミカエル…ええと、俺の生みの親? ああ、面倒だな。ミカエルが親父でジュリア・クラインツがおふくろ、それで話すよ。良い?」
「はい」
「なんか母さんが言うには、親父の遺体が発見された時に装身具も一緒だったらしい。あのトンチキなババアたちが親父を盗人に仕立てたかったんじゃない?」
「とんちきなばばあたち」
「名前忘れた。横恋慕していた女と呪いのババア」
「ああ、はい」
ヘレナは『おきもち』とライアンに紅茶を入れて彼らの前に置く。
「きちんと洗浄して浄化させたから大丈夫! ってさ、あのハーンって奴。あの顔でほんっと…」
「ああ…はい」
可愛い顔して狂った魔導師ということか。
「とにかく、これをつけていたら認識阻害になるからって。だから俺ここで庭に出ても大丈夫なんだよ」
「それって柵の外の使用人たちの目に映らないから、この家でどれだけうろうろしていても大丈夫ってことですか」
ライアンのやや散らかった説明にクリスが直球で投げ返した。
「うん。そのとおり」
「はあ…」
ため息をついて天を仰ぐクリスに『はわはわ…』と『おきもち』が同情たっぷりの声をかける。
「あのさあ。この間のお茶会でさ。親父は生前、家族の中でずっと疎外感があったって話ししたじゃん。俺、それはちょっとわかるような気がするんだよ」
カップの縁に指を添わせ、紅茶を見つめながらライアンは話を続けた。
「俺もさ。早いうちに貰われっ子ってわかってさ。父さんも母さんも兄さんたちも大好きなのに、あの人たちと一滴も血がつながっていないことが辛かった。髪とか目とかだけじゃなくて体つきも全然違うんだ。ホランドの男たちってみんなヒルよりごつくてデカくて…。なれるもんならそうなりたかったよ、俺は」
身体能力の違いも歴然としていた。
彼らは大きな身体と豊富な魔力であらゆる外敵から領民を守り、小さなライアンは彼らを心から尊敬したが、華奢な体格で魔力なしではどれほど頑張っても、それこそ熊の横でバッタが必死に跳ねている程度にしかならない。
悔しくて、悲しくて、寂しくて。
でもそれを表に出せなくて。
ライアンは楽な方に流れた。
目をつぶり、耳を塞いでいるうちに、何もかも見失ってしまった。
ふと気づいてヘレナは尋ねる。
作業が終わったところでミカが声をかけてくれたお茶の場所はタピスリーを製作する部屋の隣にあるサンルームだった。
そこの壁には額装された五枚の刺繍が飾られている。
二階のこの部屋に入ることができるのは身内しかいないからとマリアロッサがコールに命じた。
縫った側としては少し面はゆいのだが、常に使う場所でもないから良いかと思ったのだが。
「んー。そんなとこ」
ライアンは上の空で返事をする。
彼がじっと見つめているのは、七頭の竜たち―ミゲル・ガルヴォとその家族だ。
ジュリアたちの輪の中にライアンを入れなかったのは、彼が今生きているからなのだが、母親と弟妹、そして土の民たちをなぞるように見つめる姿を目にすると、これで良かったのか考えてしまう。
みな天高く舞い上がり、彼だけ地上に残った。
寂しいのではと慮るのは傲慢だろうか。
『はうう…』
声に視線を上げるとヘレナの向かいにちょこんと座っているミニミニミニ族がゆっくりと顔を左右に振る。
どうやら気にするなと言いたいらしい。
ちなみに今日のお客様は『おきもち』だそうな。
「ああ、すみません。お茶のお変わりはいかがですか」
暖炉のそばではパールとネロがとっくにおやつを平らげてくっ付いて眠っている。
『はむ』
こくりと頷き、手にしたフラップジャックをひと切れ摘まむと口に放り込む。
『むふー』
何度か咀嚼したのち、両手を口元にあててくねくねと小さく踊った。
「…美味しいんだね」
クリスもいい加減ミニミニミニ族に慣れて来たらしく、文字盤に頼らずとも彼らの意思を的確に感じ取っている。
やがて、ぽんっと『おきもち』の頭のてっぺんに小さな花が咲き、「今日はなんだろうな」と名前を思案する始末だ。
「これ、多分ガブリエラ夫人の例の装身具の石の一つなんだってさ」
改めて席についたライアンが右耳を指さして言う。
青い光彩を放つラブラドライトがはめ込まれた金細工のイヤーカフは、彼に良く似合っていた。
「え?」
「どうやらミカエル…ええと、俺の生みの親? ああ、面倒だな。ミカエルが親父でジュリア・クラインツがおふくろ、それで話すよ。良い?」
「はい」
「なんか母さんが言うには、親父の遺体が発見された時に装身具も一緒だったらしい。あのトンチキなババアたちが親父を盗人に仕立てたかったんじゃない?」
「とんちきなばばあたち」
「名前忘れた。横恋慕していた女と呪いのババア」
「ああ、はい」
ヘレナは『おきもち』とライアンに紅茶を入れて彼らの前に置く。
「きちんと洗浄して浄化させたから大丈夫! ってさ、あのハーンって奴。あの顔でほんっと…」
「ああ…はい」
可愛い顔して狂った魔導師ということか。
「とにかく、これをつけていたら認識阻害になるからって。だから俺ここで庭に出ても大丈夫なんだよ」
「それって柵の外の使用人たちの目に映らないから、この家でどれだけうろうろしていても大丈夫ってことですか」
ライアンのやや散らかった説明にクリスが直球で投げ返した。
「うん。そのとおり」
「はあ…」
ため息をついて天を仰ぐクリスに『はわはわ…』と『おきもち』が同情たっぷりの声をかける。
「あのさあ。この間のお茶会でさ。親父は生前、家族の中でずっと疎外感があったって話ししたじゃん。俺、それはちょっとわかるような気がするんだよ」
カップの縁に指を添わせ、紅茶を見つめながらライアンは話を続けた。
「俺もさ。早いうちに貰われっ子ってわかってさ。父さんも母さんも兄さんたちも大好きなのに、あの人たちと一滴も血がつながっていないことが辛かった。髪とか目とかだけじゃなくて体つきも全然違うんだ。ホランドの男たちってみんなヒルよりごつくてデカくて…。なれるもんならそうなりたかったよ、俺は」
身体能力の違いも歴然としていた。
彼らは大きな身体と豊富な魔力であらゆる外敵から領民を守り、小さなライアンは彼らを心から尊敬したが、華奢な体格で魔力なしではどれほど頑張っても、それこそ熊の横でバッタが必死に跳ねている程度にしかならない。
悔しくて、悲しくて、寂しくて。
でもそれを表に出せなくて。
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