4 / 5
かたいにく。
「あんたが、シゲルとかいうやつか」
「・・・はあ?」
目の前の美丈夫は、敵意でギラギラした視線を投げて寄越した。
正直、視線で人が殺せそうだと思ったのは初めてだ。
「確かに俺はシゲルだが、それがどうした」
首をぼりぼりと搔きながら答える。
いい歳をしてどうかと思いつつ、売られた喧嘩は必ず買うのが性分だから仕方ない。
が。
「すまんが、おミツさんと別れてくれ!!」
いきなりがばっと土下座され、一瞬、後ろに引いてしまった。
「は?」
「だから、おミツさんと・・・」
「おミツ?」
ちなみにここは、シゲルの家である。
土下座している男の名前は慎二郎。
近くの集落にひょっこり現われた風来坊で、その容姿と女のつまみ食いぶりは派手に噂が流れ、山里の一番奥に住んでいるシゲルの耳にまで届いていた。
が。
肝心の「おミツさん」に心当たりがない。
「おミツって、誰だ?」
体格も自分と互角の男のつむじに問いかけた。
「誰って・・・」
困惑顔がふらふらと上がるのを見て、眉を寄せた。
聞いたことがあるようなないような。
「わしじゃ、このばかたれ」
戸口の方からあきれ果てた声が上がった。
「なんだ、ばばあ・・・」
「お、おみつさん!!」
そこには、ミケを抱いたばさまがいた。
「おみつさん、おみつさん!!」
ぴょん、と男が飛び上がって駆け寄るを見て、シゲルは息を呑んだ。
「あんたはここで、この子を抱いてろ」
押しつけられたミケは不服そうに慎二郎の腕の中でじたばたしていた。
「落とすなよ」
「は、はい!!」
小柄な身体でひょいひょいとシゲルのそばまでやってくると、炉端にあった木じゃくしでぽかりとシゲルの頭を叩いた。
「・・・!」
「このたわけ。ガキの頃から世話してくれとるわしの名前を知らんだと?」
加齢で全身縮んではいるが、山を歩き回って生きるばさまの力は半端ではない。
じんじんと傷む頭頂部を押さえて反論する。
「だ、だって、ハツじゃなかったのか、ばばあ」
「はあ?」
「長女じゃなかったのかよ?」
「そりゃちがう。わしは三女じゃ」
「・・・オヤジより二回り上なのは・・・?」
「それは、ハツ姉じゃな」
「じゃあ、ばばあは?」
おそるおそる聞いた途端、二人に同時に反撃され、あまつさえ、ミケもにゃーと叫ぶ。
「ばばあだなんて、おミツさんを・・・!!」
「ばばあじゃない、おミツじゃ」
三対の目に非難がましく睨まれてそうそうに白旗を揚げた。
「・・・では、おミツさんは、よわいいくつで・・・?」
「・・・まだ還暦にはちいとも辿りつかんぞ。お前の親父と十しか違わんでな。」
「はああ?」
「生まれてすぐのお前を育てたのは確かにハツ姉じゃが、五つの頃には亡くなったからそこからはわしじゃ、このとんま」
もう一度ぽかりと叩かれると、また背後でにーっと、ミケの抗議が上がる。
もうすぐ三十になる男に酷い仕打ちだと、打たれた頭をさすりながら、でくのぼうを睨んだ。
「おいこら慎二郎。このばばあと俺のどこがどうなんだ。別れるもくそもあるか」
伯母と甥の禁忌も何も、この牛蒡のような老婆とどうすれば深い仲になるというのだ。
「いや、しかし・・・。おミツさんが別れてくれというから・・・」
「は?」
「もう来るなというから・・・!!」
ミケを抱いたまま、美丈夫が滂沱の涙を流す。
興奮して思わず力を込めすぎたのか、腕の中でじたばたもがいたミケがすぽんと飛んで、土間に着地した。
「フーッ!!」
慎二郎に向かって一声威嚇したあと、シゲルの胸へ飛び込んできた。
「・・・ばばあ」
「なんじゃ」
懐に突っ込んだミケが額をこすりつけてぐうぐう喉をなしている。
「痴話喧嘩なら、よそでやって欲しいのだが・・・」
「痴話喧嘩じゃねえ。首にしただけじゃ」
「はあ?」
「そろそろ畑の火入れにかかりたいんじゃが、今年は人手がたりねえ」
途端に、伯母が口元を歪めて吐き捨てた。
「ひまそうだったから、いっちょ仕事させてみるかと思ったんだが、使えねえ・・・。これなら七つのおミヨの方がずっとましじゃ」
「そのおミヨはどうした」
「二番目の姉さが子を産んだで、山向こうへ子守りにいっちまった」
この「仕事」はただの野良仕事ではない。
山の斜面の木を切り倒して火を放つ、焼き畑だ。
急勾配の山の斜面を歩き回らねばならない。
「やはり、白い飯を食う男は駄目じゃのう。腹の肉がちいと固いようだったから行けると思うたが、見込み違いじゃ・・・」
「はらのにく・・・」
はたと気付き、身を乗り出した。
「ばばあ、こいつの腹の肉を見るためにわざわざくわえ込んだのか」
「なんじゃ、見てたのか、はしたない」
はしたないなどと、この老婆の口から出てくること自体、間違っている。
「・・・いや、俺は見てねえ。そういうことを耳にしただけだ」
「ああ、こいつの声はでかいからな」
顎で示された慎二郎は顔を赤らめ、尻を揺らしてもじもじとし始める。
「でかいだなんて・・・」
・・・はっきり言って見たくない。
「そうじゃなくて!!」
「なんじゃ、村のもんが見たのか?猫しか覗いとらんと思うたに」
「猫らが見ていたのは、解っていたのか・・・」
まさか、その猫のうちの一匹がここにいるとはさすがに言えない。
「仕方ねえから、シゲルで良いかっつったら、いきなり走って行きやがったのよ」
「おミツさん・・・」
あうあうとまた泣き始めた男を見て、これのどこが美丈夫だったのか、だんだん解らなくなってきた。
「あきらめろ。このばばあの頭の中には畑と酒しかねえからな」
あと、肉の固い男。
と、小さく呟く。
「肉の柔い男は味けねえからな。つまらねえし、よええし」
耳ざといばばあはしらっと答えた。
この伯母は一貫している。
働くことと働き者の男の身体にしか興味がない。
若い頃に奉公先で見初められて妾として子まで成したが、肉の柔い男は好かんと離縁してとっとと戻ってきた。
「なら・・・。なら、おミツさん!!」
がばっとまたもや男は土間に縋り付く。
「俺をおミツさんのところに置いてくれ。白くないメシ喰って、山昇って、おミツさん好みの男になりたい」
あまりの気迫に、せっかくうとうとしかけていたミケが驚いて毛を逆立てた。
「肉が固くなるのが先か、ばばあが死ぬのが先か・・・」
それとも、この男が吸い尽くされてスカスカになるのが先か。
ぽろりと漏らすと、また、ごつんと鉄拳が飛ぶ。
「たわけ」
「痛・・・」
「そこまで言うなら置いてやる」
ふんっと、ふんぞり返る伯母は、自分たちの二倍も三倍も大きく見えた。
「おミツさん・・・っ」
むせび泣く男の背後で、いくつもの目が覗いているのが見えた。
そのまん中に、すらりと手足の長いトラ縞の猫がいる。
「・・・また、見世物になっているぞ、おい・・・」
今夜は、猫たちの噂が千里を駆け巡るだろう。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
春を拒む【完結】
璃々丸
BL
日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。
不定期更新になります。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。