ずっと、ずっと甘い口唇

犬飼ハルノ

文字の大きさ
66 / 85
スピンオフ

聖なる夜に-2-(本間、篠原、佐古)

しおりを挟む


 ふと目を開くと、カーテンの隙間から朝の光りがさしていた。


 頬の下には、細い肩。

 見上げるとそこには、幾分幼い顔をして眠る本間奈津美がいた。

 両腕を回して抱きしめられた状態で眠ってしまったらしい。



 こんなに深く眠ったのは久しぶりだ。

 身体の中が、どこかすっきりとしていた。



 ゆっくりと腕を解いてそっと起き上がると、彼女もゆっくりと目を開けた。


「・・・ん?さこさん・・・?」


 まだ、とても眠そうな声だ。

 彼女はここに来るために色々用意して、疲れがまだとれていないだろう。


「まだ寝てて。早いから」

「う・・・ん」


 僅かに身じろぎをすると、そのまますーっと眠りへ戻っていった。

 あどけない顔。

 乱れかかる髪を直したあと、布団を肩まで引き上げてやり、寝室を後にした。



 リビングへ出て壁に掛かる時計を見ると八時をいくぶん過ぎていた。

 カーテンを開けると、空は晴れ渡り、日差しもだいぶ強くなっている。

 街路樹にとまって鳴く野鳥を眺めているうちに、ふと視線を下の車道に向けた。

 このあたりでは見かけない、しかし、見覚えのある高級車が停まっている。

 運転席は見えづらいが、そこにいるのはおそらく自分の予想通りの人だろう。

 携帯電話を取りだし、一瞬迷ったが通話ボタンを押す。



「・・・あ、もしもし。起きてた?早くに悪いけど教えてくれないかな、徹」




 こんなに、自分が考えなしとは思わなかった。


 フロントガラスの前にはしゃれた街路樹が広がる。

 時折、野鳥たちが楽しげにツピツピと鳴き交わしているのが聞こえるが、どこにいるのかよくわからない。

 ぼんやりと座ったまま前を向いていると、窓ガラスをこつんと叩かれた。

 振り向くと、憎らしくなるほど甘い美貌の男が、艶やかな髪をさらりとかき上げて立っていた。

 初めて会った時から、この男からただよう、甘さと柔らかさが嫌いだ。

 窓を開けろとゼスチャーされて、仕方なくウインドーを下げた。


「なにしてんの、こんな所で」


 解りきっているくせに、答えを求めるところも嫌いだ。


「・・・行きは断られましたが、帰りなら良いかと思って」

「なるほど。でも、まだなっちゃん寝てるけど?」


 そんなことをわざわざ言いに来たのも頭に来る。


「・・・なら、待ちます」

「さっきの様子だと、まだしばらくは無理だよ。それに、ここにアンタがいると物凄く目立つんだよね」


 実は、ここに停車してからおよそ1時間。

 道行く人たちが時々不審そうな目を投げかけていた。

 ぐうの音も出ない。


「それは・・・。失礼しました。このあたりに詳しくなくて」


 唇を引き結ぶと、頭上からはーっとため息が落ちた。


「・・・ま、いいでしょ。降参」


 コートに両手を突っ込んだまま、ブーツの踵を鳴らしながら、さっと前を横切り、助手席のドアを開けて滑り込む。


「この道、まっすぐ行って次の信号を右に行って」


 シートベルトを装着しながら顎で示された。


「・・・は?」

「ここから一五分くらい行った山の手に、幻の名店と言われるパン屋があるから」


 ほら、さっさと出る。

 促されて、ドライブにギアを入れる。


「・・・で?」

「パンくらい手土産にしないと、参加できないでしょ、俺たちの朝食会」


 にっこりと、綺麗に笑う。

 朝日がスポットライトのように白い顔を照らし、彼の完璧な笑顔をより美しく演出した。


「・・・まっすぐ行って、右ですか」


 これは慈悲なのか好意なのか。

 とりあえず、彼らの食卓に招き入れてくれることだけは理解できた。


「そう。それからしばらく道沿いに行って」

「承知しました」



 なめらかな動きで車が進む。

 なかなか、快適ではないか。

 ふっと、腹の底から暖かな笑いがこみ上げてきた。



 クリスマスを、祝おう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

君と過ごした最後の一年、どの季節でも君の傍にいた

七瀬京
BL
廃校が決まった田舎の高校。 「うん。思いついたんだ。写真を撮って、アルバムを作ろう。消えちゃう校舎の思い出のアルバム作り!!」 悠真の提案で、廃校になる校舎のアルバムを作ることになった。 悠真の指名で、写真担当になった僕、成瀬陽翔。 カメラを構える僕の横で、彼は笑いながらペンを走らせる。 ページが増えるたび、距離も少しずつ近くなる。 僕の恋心を隠したまま――。 君とめくる、最後のページ。 それは、僕たちだけの一年間の物語。

処理中です...