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「来てくれてありがとう。もうダメなんじゃないかって思ってた」
前回と同様、マンションの前まで車で迎えに来てくれた朱美さんが顔を見るなりそう言って、俺は苦笑いを浮かべた。
「いえ、俺こそ失礼な態度をとってすみませんでした」
「気にしないでね。あれは康平が悪かった」
それで金髪の子の名前が康平であることがわかった。
車に乗り、運転しながら朱美さんが話す。
「康平は今十八歳で、グループホームへ来たのは二年前。幼い頃からお家で虐待にあってたんだけど、十六の時にSubの風俗で働かされそうになって逃げてきたのよ」
康平の両親はパートナーでもあった。父親がDom、母親がSubのよくある夫婦だったが、父親がある時から康平に対して暴力を振るようになった。Subである母親に止める術はなく、さらには康平自身もSubだとわかり虐待はエスカレートしていった。
俺の働いていた店にも、そんなヤツはゴロゴロいた。どれだけ働いても、稼いだ金は自分には入らないと話していた同僚もいた。
「だから恵介くんに対してあんな酷いことを言ったの」
「わかります。俺だって自分が汚いことをしてきたって思ってますから」
いくら言い訳をしたところで、事実は事実だ。大人気なかった自分が恥ずかしい。
重くなる空気を一新させようと、努めて明るく笑顔を浮かべる。
「今日もグループホームですか?」
「そうよ。今度ホームのある地域でイベントがあるの。地域の方や商店街が主催でね、色々出店やフリーマーケットをするんだけど、ホームでも何か出店しようって話になってて」
朱美さんがニッと笑う。大人な女性だけど、そうして笑うと幼い印象になる。
「恵介くんにも手伝って欲しくて」
「俺に?どうしてです?」
「どうせ暇だろうから」
その通りだけど口に出して言われると悲しくなる。どうせ俺は無職だよ……
「そんな顔しないで。冗談よ。本当は敏雄に言われてるの。あなたのこと放って置けないって」
また敏雄さんだ。まあでも、色々と心配をかけてしまっているのは確かだし、第二性専門の医者であり理人さんの幼馴染だ。理人さんのためにも放って置けないのはわかる。
「すみません。ご迷惑をお掛けしていて」
「気にしないで!私もだけど敏雄もそういう性分なのよ」
そう言って、朱美さんは明るく笑うと、鼻歌を歌いながら運転を続けた。
グループホームには午前十時頃に到着し、前回と同じく多目的室へ案内された。
六人いるというSubだけど、今日も前回と同じ四人とユウを合わせて五人が集まっていた。
「ひとり、仕事でいないの。もう少しお金が貯まったら出て行くことになってる子なんだけど」
俺の疑問を先読みしたように、朱美さんが説明してくれた。
「仕事って?」
「アルバイトだけど、飲食店で働いてるわ。ここでは就職先の斡旋もやってるのよ。Subの子でも歓迎してくれる会社を紹介したりして」
「そんな会社があるんですか?」
「もちろん」
大真面目な顔の朱美さんだが、反対に俺の胸中は複雑だ。ずっと働き口を探しているけど未だに見つかっていない。
「よかったら紹介しようか?恵介くんも困ってるって聞いてる」
「本当ですか!?」
「もちろんよ!でも、今日はこっち手伝ってね。仕事のことは、後でいくつかリストアップしてメールしておくわ」
「ありがとうございます」
思っても見ない言葉に、思わず笑みが溢れる。
「ケイくんどうしたのー?」
ユウがニコニコしながらやってくる。朱美さんはユウから俺との関係を聞いているそうだ。
「俺にも出来る仕事あるかなって」
「ああ、そりゃあるでしょ。おれ今アパレルショップで働いてるよ。週二回だけど」
「マジ?ユウらしいな……」
ユウは昔からファッションにうるさいヤツだった。今だってジャラジャラと俺にはよくわからない服装をしている。
「よし、じゃあ出店の件だけど、何か良い案がある人?」
集まったメンバーがそれぞれ椅子に座ると、朱美さんが仕切り始めた。
シーンとした空気が立ち込める。誰も何も言わない。康平は隅に座っていて、腕を組んであらぬ方を見ている。以前助けた子はこっちを見てニコリと笑ってくれたけど、あとの二人は周りを伺うようにしていて、時々目が合うけどすぐに逸らされた。
「おれはカフェがやりたい!!」
ユウが片手を上げて言った。しかし朱美さんがすぐに却下する。
「あんまりコストがかかることはできません!」
「可愛いカフェがしたかったのに」
ムスッとするユウだけど、朱美さんの言うことはもっともだ。規模が大きいほど金が掛かるだろうし、どれくらいの集客が見込めるかもわからないから収益も予想しずらいだろうな。
「カフェは無理だろうけど、お菓子くらいなら出せるんじゃない?品数を二、三種類にして。前もって作っておけば当日は販売だけでいいし」
と、これは俺の意見だ。なるほど、と朱美さんが頷く。
ここで黙っていたひとりが口を開いた。俺が助けた子だ。
「僕、簡単な焼き菓子ならできますよ」
「そうなの?」
「はい、趣味なので……」
そう言って照れたように笑う。そんな彼を見て、思ったより元気そうだな、なんて嬉しくなった。俺のやったことは褒められたものじゃないけど無駄じゃなかった。
「ほかに意見がなければ、そうしましょうか。シンプルでいいかもしれない」
隣のユウがうんうんと頷き、俺も特に意見はなく、他の人は黙ったままだったが、とりあえず決まりとなった。
そのあと、昼過ぎまでお菓子の種類と個数を相談し、必要な材料は朱美さんが用意してくれることになった。去年も出店していたそうで、店舗の設営や看板など、そのまま使用できるということだった。イベントは次の日曜日。前々日と前日に準備をすることになり、とりあえずは解散となる。
俺はそのままユウと駅まで出て昼食を取ることにしたため、朱美さんの送迎を断った。
玄関で靴を履いていると、背後に人の気配がして振り返る。
「あ、あのさ」
とてつもなくバツの悪い顔をした康平が、足先をモジモジさせながら立っていた。
「何?」
声をかけてきたことに驚いた。前回のことがあったから、もう一生口を聞くことはないなと思っていた。
「この前はごめん」
俺は一瞬耳を疑った。まさか、謝られるなんて想像していない。
「酷いこと言った。アンタのこと全然知らないのに、決めつけてごめん」
「こっちこそごめんね。俺だって知らないのに、大人気なかった」
本来なら自分が先に謝るべきだっただろうが、康平の事情は朱美さんから勝手に聞いて知っている。俺から謝ってしまったら、知っていることがバレてしまうとも考えていた。
「オレのこと聞いたよな」
「……うん」
「アンタと同じ十六だったんだ……全部初めてで、めちゃくちゃ怖かった。気が付いたら相手を殴って逃げてた。それから、ずっとそういうことを避けてる」
その気持ちはとてもよくわかる。方や慣れしまうことを選んだ俺と、頑なに避けることを選んだ康平は、諦めているという点で良く似ているんだと思う。
「でも、ただ逃げただけのオレより、家族のために覚悟を決めて立ち向かったアンタの方が余程スゲェなって、本当は思ってた。認めてしまったら、あの時逃げた自分が情けなくて」
「そんなことない。逃げていいんだ。じゃないと取り返しがつかなくなるから」
自分の感情をすてて、ただ本能に従って、蹂躙されることを受け入れてはいけなかった。
「康平も出会えるよ。俺は今、人生で初めてのパートナーができて、自分の間違いを正してるところなんだ。根本的な解決は出来てないけど、それでも今幸せだって言える。康平も、そんな人といつか絶対に出会えるから」
康平が頷く。ポタポタと涙の雫が廊下を濡らす。
でも顔を上げた彼は、無邪気な笑顔を浮かべていた。
「オレ、アンタみたいに綺麗でも、ユウみたいに可愛くもないSubだけど」
「康平ちゃーん、おれらと比べたらどんなSubも大したことないよ、ね、ケイくん?」
ユウが茶化すように口を挟む。確かに俺たち二人とも、気の利いた会話ができるタイプでも、媚びへつらうようなこともしておらず、ひたすら容姿と愛嬌で売っていた。俺たちには中身がないな、なんて言って笑っていた当時を思い出す。
「顔だけだったもんな、特にユウは」
「その言葉、そっくりそのままケイくんに返すよ」
あはは、と康平が笑う。
そうして康平との蟠りが消えて少しホッとした。実際、話してみると気さくで良い子だ。
康平とわかれ、駅までの道をユウと並んで歩く。
「しっかしケイくんは変わったね」
唐突にユウが言った。俺は首を傾げる。
「え?そう?」
「昔はDomのことクソ野郎とか死ねとか罵るだけだったけど、今はパートナーまで作ってさ。幸せそうな顔してる」
そういえばずっと心の中で罵ってた。そうしてないと心がもたなかったのだ。
「幸せだって言えるのも、そう見えるようになったのも、全部理人さんのおかげだ」
「へぇ、理人さんって言うんだ?名前で呼んじゃって、ただのパートナーじゃないよね?」
「あー、まあ、付き合ってる」
いざ誰かに話すとなると、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。でも、ユウとこんな話ができるなんて思いもしていなかった。
「人は色んな人と出会って変わってくんだなって感心したよ。康平もさぁ、いっつもああして誰彼構わず絡むんだ。オレは悪くない!みたいな顔で。あそこに来る人はみんな、少なからずおれたちの事情を知ってる。だから誰も康平に言い返せなかった」
そうなんだ、と曖昧に頷いておく。また大人気ない自分に恥ずかしさが込み上げる。
「だけどこの前ケイくんが怒鳴り返して、そのまま帰っちゃったからさ、康平もちょっと気にしてたみたいで。朱美さんにケイくんのこと聞いたんだって。それでさ、辛いのは自分だけじゃないし、苦しみも悲しみも人それぞれなんだって気付いたみたい」
だから、とユウはニッコリ笑った。
「ケイくんを変えた人もスゴイけど、ケイくんだって人を変えられる。それって繋がってるってことだよね。おれたちでも、誰かと繋がっていられるんだって、嬉しくなったよ」
「そうだなぁ」
Subだからを言い訳にして、諦めたことが沢山ある。人と繋がっていることもそのひとつだ。
確実に俺の中で、変わり始めたものがある。いつも教えてくれるのは、嫌いだったはずのDomだけど、と考えて俺は少し笑った。
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