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 ルナが居なくなってしまってから、早くも2ヶ月が経とうとしていた。

 ルナからの連絡はもちろん無いが、こちらからメッセージアプリで連絡しても未読のままで、意を決して通話を試みたが、電源を切っているのか繋がらなかった。

 本町とエリスの件の捜査も進展なしと聞いている。ただ、その場に残った匂いなどの痕跡は吸血鬼である、という話を噂程度に聞いた。

 バディのいないおれは、ほとんど毎日事務仕事を押し付けられ、でも、書類の提出期限に遅れたり、小さな記載ミスを繰り返したりと、精神も肉体も、まるで魂が抜けたような状態だった。

 どこで何をしていても、そこにルナがいるような気がしてしまう。

 おれが突き放したのに、なんて身勝手な妄想なんだろうと自分でも思う。

 そして、あの日結局、ルナへのクリスマスプレゼントを買いそびれていて。

 それがどうしても、おれの中では燻っている。

「秋原、やっぱ長期休暇でも貰えば?」

 とは、3年先輩の高嶺の声だ。

「ルナもいないし、新しくバディを組める相手もいないんだろ?だったら素直に休んどいた方がいいぞ。牧田課長と署長に勧められたんだろ?」

 常に人手が足りない機動班だが、高嶺の言う通り人外の相手がいない。

 いたとしても、おれはそいつと上手くやれる自信がない。

 そんなおれの心情を慮った署長たちは、休暇を取れと言ってきたのだが。

「何かしていないとおかしくなりそうなんですよ。休暇をとったとしても、一日中ルナのことを考えるか、ウロウロと探し回ってしまうのが目に見えているので……」

 そんなおれの言葉に高嶺は困った顔をした。

「とっくに実家に帰ってるんじゃないかな。ほら、ルナには特殊な事情があるから」

 と、高嶺のバディのジョンが言う。

「そもそもずっと気になっていたんだが、その事情とか役目とか、なんの話だ?」

 いつも大事な時に聞きそびれていた。それにルナも聞いてくるなと、そんな雰囲気だったから、おれはルナが教えてくれるまで何も言わずにいようと思ってもいた。

「秋原さん聞いてないの?」
「いつもはぐらかされるか、タイミングがあわないかのどちらかで聞いてない」
「うーん……ぼくもあんまり詳しくは知らないんだけどね。ルナのお家は代々執行人の役割を担ってきた一族で、」

 そこでおれはふと思い出した。

 以前ルナが言っていた、犯罪を犯した吸血鬼を狩る役割を持つ家の話を。

「ベルセリウス家というやつか?」

 おれがそう問うと、ジョンはそうだよと頷く。

「ルナの本名って秋原さんは知ってるの?」
「まさか……ルナがベルセリウス?」
「そう、ルナリア・ベルセリウスがルナの本名。でも、本人がその執行人だとはわからないよ?ベルセリウスは謎の多い家だし、ルナが何番目の子なのかもぼくは知らないから。ベルセリウスだから特殊な事情が、ルナにもあるんだろうな、と思ってた」

 ジョンが肩をすくめ、それにならってか、高嶺も同じような動きをした。

「俺も初めて会った時は、ああこのひとがベルセリウスの、と思った。秋原は……そうか、秋原は外から来たんだったな。そりゃ噂も知らないか」

 確かに自分はこの20年を外の街で暮らしてきた。魔界都市については6歳までの知識しかないし、それもほとんど覚えていない。

「ルナがその執行人なんじゃないか、ってここの署ではそれなりに噂にはなってる。まあ、あの能天気野郎を間近で見てる俺らからすれば、あり得ないだろとは思うけど」
「それにそんな大事な役目があるんならさ、80年もここで呑気にしてられないと思うしね」

 ふたりはそう言って苦笑した。だけどおれは、ルナについてもうひとつ知っていることがある。

「いや……ルナは上に兄が2人、下に妹が2人いると言ってた」

 呟くように言うと、ふたりの視線がまじまじとこちらを凝視してきた。

「あのびっくりするほど元気なお兄さんの下がルナか?」
「おれの思い違いや聞き間違いでなければそうだと思います」

 自分で話しながら、どうか間違いであってくれと思った。

「そう、なんだ……知らなかったな」

 ルナの不在や本町、エリスの死で空いたデスクが多い室内は、もともと暗い雰囲気に覆われていた。それをジョンが払拭しようと奮闘しする日々が続いていた。しかしもはや、そんなジョンも小さな犬のようにしゅんとしてしまっている。

「もし本当にルナがそうだとしたら……恨まれることも多いだろうな。ルナが手を掛けた吸血鬼がどんなに悪いやつだったとしても、そいつにも家族がいただろうし」

 という高嶺の発言に、おれもつい頷いてしまう。

 ただでさえ機動班に所属している人外は、同族や違う人外に恨まれやすい立場にいる。人間側の味方をしているわけでもなく、ほとんどは善意でもってここで働いている人外が多いのに、だ。

 ルナはその何倍も、色々な面倒を背負っていたに違いない。あの能天気代表みたいな態度を取っていたルナだが、内側では一体何を思っていたのだろうか。

 そんなことを、居なくなってしまってから知って。

 なぜ話してくれなかったのか、などと自分勝手に苛ついて。

 いやでも、おれに心配をかけたくなかったのだろうと、その優しさに気付いて。

 やっぱりルナには敵わないな、と自分の愚かさを自覚する。

 最後に笑顔で泣いていたルナがずっと脳内に張り付いている。

 おれの心無い言葉のせいで、ルナはまた暗い夜の世界に帰ってしまったんだろう。

「恨まれるってので思い出したんだけどね?」

 と、ジョンが人差し指を上に向けて振った。

「ぼくこの署の官舎に住んでるでしょ。同じ階にB班の人狼の先輩がいて、たまたま話した時に聞いたんだけど」

 おれと高嶺は黙って先を促す。

「本町さんとエリスは……その、結構酷い殺され方だったんだって。それで、A班B班は怨恨の線で捜査してるんだって。でもほら、ぼくらの職業柄、そういうのって物凄く多いから、だからなかなか捜査が進まないらしいよ」

 でね、ここからはぼくの妄想なんだけど、とジョンは続ける。

「2人ともおそらく、吸血鬼にやられたとも言ってた。でも例えば吸血鬼たちの間で、ルナの正体が一般的に知られていたとしたら、どうして執行人がいるこの都市でそんな犯罪を犯すと思う?しかも狙ったように、ルナの同僚を」

 言われてみれば、とても不自然に思える。

「そう言えばルナって、アリアナ嬢と親しそうだったな?秋腹なんな聞いたか?」
「2人は従兄弟同士だそうです。お互いの母親が姉妹で。だから最初から面識があったみたいで。それに今思えば、アリアナ嬢はルナの役目を知っていたようでした」

 2人の会話や口調を思い出してみれば、ルナが吸血鬼の中でも重要人物であるとはなんとなく考えていた。

 そう、あの水族館の帰りに、魔界都市へと戻ってきたあの時。ジークという、2人の顔見知りの吸血鬼は馴々しくしていたが、一瞬浮かぶ畏怖の念を抱く表情を忘れてはいない。

 ジークも知っている。これはもう、自分の中では確定事項で、それから思いついた事を、おれは高嶺とジョンには言わなかった。

 そもそもまだこの都市にいるのかもわからない。何より、おれは捜査に関わる事を禁止されている。近しい者が捜査に混ざると、冷静な判断ができず還って邪魔になるからだが。

 幸い署長や課長から休暇を取るように言われている。

 その休暇を利用して、おれはおれなりにできることをやろうと決めた。

「おれ、ちょっと署長室へ行ってきます」

 徐にそう言うと、高嶺とジョンから意味ありげな視線を向けられる。

「できるだけ長く休暇を貰って来い。こっちは気にするな」

 なんて言う高嶺は、ニヤリと人の悪い笑顔を向けてきたのだった。
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