【BL】どっちかなんて言わないで【Dom/sub】

しーやん

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 徐々に意識が覚醒して、俺はそっと目を開けた。場合によっては気絶しているフリをしていた方がいいこともある、と思ったからだ。

 視線だけで状況を確認して、俺は一度あえてゆっくりと呼吸をした。パニックになってはいけない。

 目の前には太い鉄格子があった。見覚えのあるそれは、昔閉じ込められていた犬用の檻だろう。その中で、俺は裸で丸まって気を失っていたようだった。

 その場所自体には見覚えはなかった。十畳くらいのコンクリート打ちっぱなしの四角い部屋だ。ドアがひとつだけあった。窓はないし音もしないから、多分地下室なんだと思う。

 天井には何ヶ所か、明るい蛍光灯が付いている。空調も悪く無く、裸でも寒くはない。

 ここはどこだ?

 輝利哉から逃げた俺は、その辺の公衆電話から兄に連絡をとった。そして待ち合わせにと指定された場所は、今まで住んでいた輝利哉と朔の家や、大学なんかの生活圏とは別だが、割と程近い隣町のバーだった。

 こんなに近くに兄がいたことに驚いた。きっと兄は、随分前から俺を監視していたんだろう。全く気付かなかった。そもそも生きていると思いたくなかったってのもある。

 たいして苦労せずそのバーに辿り着くことができた。ホテル街のネオンと、酔っ払った若者が溢れる街路の、これまた細い路地の中にあるバーだった。

 店内は薄暗く、タバコとアルコールの匂いがキツい。明らかによろしくない雰囲気だ。はっきり言うと目がラリってる奴がちらほら居るような。

 そこで俺は、適当にカウンターに座った。兄らしき人をこっそりと探していると、カウンターの向こうから、バーテンダーの格好をした若い男が声をかけて来た。

「光貴さん、探してるんだろ?」

 え?と首を傾げると、その男はニッと口角を上げて笑う。そして俺の前に、ショットグラスを置いた。薄い色の液体が入っていて、キツい酒の匂いがした。

「光貴さんが、あんたが来たらもてなしてやってくれってさ。あんた光貴さんの弟だろ?前に一度会ってんだよ、オレ。んでこれ、ウェルカムドリンクってことで、一杯サービスな」
「悪いけど、全然覚えてない」

 軽薄そうなキツネ目の男だった。髪は痛んでバシバシのシルバーっぽい色だ。

「そりゃ覚えてなくて当然だよ。オレがあんたに突っ込んだ時、あんたもう頭ブッ飛んでたからさ」
「ああ……」

 そういうことか。察するに兄のオトモダチか、お客か、その他もろもろの誰かだってことだ。

 どうでもいいや、と思いながら、出されたグラスを一気飲みした。どのみち兄を待っている間、手持ち無沙汰なのだから、と。

 それで、目が覚めたらこの地下室にいた、というわけだった。何か薬が入っていたんだろう。

 身を起こして、改めて部屋を観察してみる。

 壁の至る所に金属の出っ張りがある。天井は鉄骨の梁が剥き出しだ。部屋の中央には大きなマットがあって……

 なんだか、何をする部屋なのか想像がついてしまった。

 その時、ガチャリとドアが開いて光貴が入って来た。ニッコリと人の良い青年の笑みを浮かべている。でも本当はその下に、冷酷な中身があることをほとんどの人は知らない。

「侑李、久しぶり。相変わらず可愛いなぁ」

 俺の心臓が狂ったように鼓動を刻み始めた。電話越しで声を聞いた時の比じゃない。この世の終わりを突き付けられたような気分になった。

 とりあえず正座して顔を上げた。震える拳を握りしめる。

「に、兄ちゃん……」
「ん?どうした?」

 あの、と言葉が詰まる。何を言えばいい?

 黙っているだけでも兄はキレる。結局俺にはその沸点がわからないが、今回に限ってはひとつだけわかることがある。

「あの時……刺して、ごめんなさい。い、生きててよかった……」
「本当にそう思ってる?思ってないだろ」

 ニッと人の良い笑顔を浮かべたまま、光貴はこちらへと近付いて来た。そして檻の前にしゃがんで、真っ直ぐ視線を合わせてくる。

「死ぬってさ、案外簡単だってことがわかったよ。体がさ、だんだん感覚を無くしていくんだ。不思議なことに痛くはないんだよ。興味深い体験だった。ま、俺は死んでないけどさ」

 笑顔の兄が怖い。怒っているはずなのに、それを微塵も顔に出さない。だからこそ、こっちは必要以上に恐怖を抱く。

「お仕置きしないとね」

 なんの前置きもなく、兄はそう言った。俺はビクビクしながら次に兄が取る行動を、目を見開いて確認する。

 光貴はデニムのポケットに手を入れて何かを取り出した。真っ直ぐ目を合わせたまま、手にしたものを差し出して来くる。

「な、何?これ……」
「ああ、これはさ、お前が俺に突き刺したナイフだよ。お前の為に持ち歩いてるんだ。これ、好きだろ?」

 好き、って?何?一体、光貴は何を言ってるんだ?

「これお前にやるよ。さて、どうしようかなぁ」

 バタフライナイフを俺の前に置いて、光貴は笑顔のまま首を傾げた。

「こうしよう。侑李、片方の腕出して」

 俺は恐る恐る言われた通りに左腕を出した。光貴は俺の腕を掴むと、くるっと捻って内側を上にする。

「お前の罪は、まず俺を刺したこと。それから、勝手に大学なんか行ったこと。あと、輝利哉と朔と幸せになろうとしたこと……他になんか思い当たることある?」
「え、えと……他は、ない、よ…?」

 答えると、兄はニッコリ笑って、一度置いたナイフを掴むと、刃を出して俺の腕の内側を容赦なく切り裂いた。

「っ!?」
「嘘吐きはお仕置きだって、これは当然だよね?」

 俺にはもう、何が起こっているのか理解できなかった。痛みなんかどうでもいい。今すぐに兄にとって都合の良い答えを出さないと、永遠と腕を切られる続けることはわかりきっている。

「ごめんなさいっ!お、俺……逃げてた!逃げてごめんなさい!」

 咄嗟に思いついたことを口に出し、どうか間違っていませんようにと祈る。

「そう!さすが俺の弟だ!俺を刺した時も、その後も、今まで逃げてたよね?お互いにたったひとりの家族なのに」

 こくこくと頷くと、満足そうな光貴は手にしたナイフを俺に差し出して、こう言った。

「わかるよな?もう一回お手本を見せようか?お前は俺とそっくりだからさ、そこまでバカじゃないと思うんだけど」

 震える手でナイフを受け取る。自分の血が滴る刃を、今まさに痛みを訴え出した腕に押し当てる。

 そしてそのまま、勢いに任せて4度、自分の腕を切った。兄は嬉しそうにその様子を見ていた。

「アハハ!!さすが俺の弟だよ!!お前も俺と同じくらい狂ってる。自傷行為より俺の方が怖いんだ?侑李は可愛いなぁ」

 恐怖と痛みで気絶しそうだった。光貴の言う通り、俺は何よりも兄が怖い。怒らせないためだったらなんだってできる。たとえ誰かを殺せと命令されても、俺は躊躇わないと思う。

 フー、フー、と興奮した呼吸を繰り返す俺に、光貴は優しげに手を伸ばして頭を撫でてくれた。

「良い子だね、侑李。今度はお兄ちゃんを失望させないでくれよ?俺はお前を可愛い弟のままにしておきたいんだ。ただの犬でもいいけど、侑李は甘やかされるの好きだろ?」
「……ん、俺、兄ちゃんの言うこときくよ?だ、だから、檻は嫌だな」

 しかし光貴は、ニッコリ笑って言った。

「もうちょっと我慢しなよ。ちゃんと躾し直さないとさ、侑李は平気で嘘をついて逃げたり、出し抜いたりするだろ?また刺されるのは流石に嫌だし。だから、もう一度ここで反省しな?お前は俺の弟なのか、ただの犬なのか、決めるのはお前だよ」

 そう言って光貴は立ち上がると部屋を出ていき、すぐに戻って来た。その手にはステンレスの丸い皿を持っている。

「ほら、侑李のご飯だよ。ちゃんと食べて寝なよ?明日からお前に仕事をやる。まあ、外には出してやれないけど、ちゃんとできたら褒めてやるからさ」
「……はい」

 檻の小さな格子を開けて、コトリ、と中に置かれたそれはドッグフードで、そもそも人間が食べるような味じゃない。それでもまだ光貴は優しかった。想像していたより痛めつけられることもなかった。

 ホッとしたのも束の間、あ、と突然声を上げた兄は、またドアから出て行き、すぐに戻って来た。

「侑李の白い肌には、黒くてゴツい首輪が一番よく似合うよ」

 そう言って、檻に手を入れて来ると、ゴツゴツした首輪を付けた。兄は満足そうに笑って、今度は本当に部屋から出ていった。

 傷付いた腕が痛む。傷自体はそんなに深くないから、放っておいても問題ない。そのうち血は止まる。

 そんなことよりも、兄と再会して、また檻に入れられたことの方が怖い。

 ただの檻なんだ。それはわかってる。でも俺にとっては、四方を密閉された箱に閉じ込められてしまったようなものだ。

 息苦しい。

 でもちゃんと呼吸しないと。

 焦ってパニックになってしまったら、もう自分をコントロールできなくなってしまう。

 もう諦めただろ?だからそんなにビビることはないハズだ。

 少なくともあの頃よりはずっとマシなハズだと、自分に言い聞かせ、キツく目を瞑り、その日はそのまま、いつの間にか眠ってしまっていた。
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