【BL】どっちかなんて言わないで【Dom/sub】

しーやん

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 夜、徹さんが夕飯にと鰻重を買って帰ってきた。

「お前ら……随分と仲良しになったな」

 その時俺と朱音は、デカいテレビ画面でホラー映画を見ていた。朱音はホラー映画が好きらしいんだけど、一人で見るのは怖いらしい。で、一緒に見ることになったのだ。

 徹さんが帰宅した時、ちょうどシリーズものを見終わったところだった。海外の作品で、怖い顔の女の子のそこそこデカい人形が、色々と怪奇現象を起こして人間を襲うって内容だ。

「グスッ、グフッ……おれ今日帰れないっす……」

 俺の右腕に縋り付いて朱音が言う。なんだか可愛い。

「お前なぁ。とりあえず鰻食えよ」

 呆れながらも徹さんがそう言うと、ハッ、と顔を上げた朱音は満面の笑みを浮かべていた。

「鰻!?マジで、いいんすか!?」
「いらないならオレが食う」
「ダメです!食べます!」

 やれやれ、と徹さんが肩をすくめる。朱音はもう鰻の御重を取り出して、目をキラキラさせている。

 朱音の腹に収められた大量のハンバーガーはどうなったんだ?

「侑李くんも食べな」
「うん、ありがと……」

 渡された御重の蓋を取ってみたが、全く美味しそうでもなんでもない。味がしないのはわかってるからか、なんだか吐き気すらしてくる。

 何を食べても、味のしなくなったガムみたいなのだ。そんなのを噛んで飲み込んだりするなんて、ちょっと気持ち悪くなってきた。

 隣でガツガツと鰻重を掻き込む朱音をチラッと見て、俺も小さく一口食べてみた。きっとそれなりに高いお店の鰻重だろう。徹さんは俺をもてなすつもりでいるのだから。

 でも、ごめんなさい。食べられそうにない。

「うぐっ……気持ち悪い……朱音、俺のも食べていいよ」
「え?大丈夫か?」

 口元を抑えた俺に、朱音も徹さんも険しい顔をしていた。

「大丈夫。ハンバーガー食べ過ぎてさ……ごめんね、徹さん。せっかく気を遣ってくれたんだろうけど」
「……いや、気にするな。まあ、今までの食生活がヤバかったんだ、しばらく体が受け付けないのは仕方ない」

 本当にそうだろうか?

 俺も、本当はちょっと変だなって思い始めている。

 空腹を感じない。味覚もない。耳鳴りがして音が拾えないことがある。

 痛みすらよくわからない。

 それに、俺の記憶に変なところがあるのも気付いてる。空白とでも言うのか、時々思い出す過去の至る所に、真っ白い穴がある。それがどんどん、広がっている気がする。

 でもいいんだ。願ったり叶ったりだとも思う。

 俺は忘れたいから。ちょっとでも幸せだったって記憶がある限り、いつまでも心が痛いままだから。

 何も感じなくなってしまったら、光貴のことも怖く無くなるかもしれない。

 だからこれでいい。

「あのさ、俺、今日はソファで寝るよ?いつも檻の中だから、ソファでも嬉しい。徹さんはベッドで寝てね」

 話題を変えたくてそう言った。ここは徹さんの家だし、俺はどこでも寝られる。

 徹さんは思いっきり顔を顰めた。それから溜め息を吐く。

「人間はちゃんとベッドで寝るもんだっての。心配しなくても、隣の部屋空いてるから、侑李くんはしばらくそこを使ってくれ」
「隣?」

 と、声を上げたのは、口元に米粒をつけた朱音だ。

「誰も使ってないしな。組の奴らには、しばらく来るなって言っておいたから問題はない」

 首を傾げる俺に、徹さんは苦笑いで言う。

「あー、このフロアは元々二部屋しかないんだ。オレの住んでるここと、隣。んで、ここのマンションはオレの組のフロント企業のものなんだが、隣の部屋は最近まで撮影スタジオとして使ってたんだ。AVの」

 それで俺も納得した。なるほど、素人もののなんとやらを撮ってたと。Sub風俗経営なんだから、映像作品に手を出してるのも当たり前っちゃ当たり前だ。朱音も男優にされそうなところを徹さんに拾ってもらったと言っていたし。

「最近スタジオを別のところに移してな。ここはたまに組の奴らが泊まったりしてたんだが、しばらく侑李くんに使ってもらう」
「いやでも、俺、光貴のとこに帰るよ?」

 そう言うと、徹さんはまた溜め息を吐いた。

「ダメだ。光貴が帰って来いって言うまでは帰れないだろ?それに侑李くんは、あいつのところにいると本当にダメになる」
「ダメになんてならないよ。離れてる方がおかしいんだって」
「でも光貴にも、帰って来いって言うまで帰ってくるなって言われたろ?」

 確かに、それは、そうなんだけど……

「お客さんの相手もしなきゃ。俺がやらないと……それくらいしか、兄ちゃんのためにできること、なくて……」

 そういえば、この数日誰も俺の相手してくれてない。お金にならない俺って、兄ちゃんの役に立ってないんじゃ…?

「侑李くんは、今はオレが買ってる。光貴にもそう言ったの、お前も聞いてたろ?だから大丈夫だ」
「そ、そっか。そういやそんな話だったね」

 ホッとした。まだ、光貴の役に立ててる。多分、だけど。

「よし、じゃあ部屋案内してやるから」
「うん……」

 それで、徹さんの後について、すぐ隣の部屋へと向かった。

 内装は徹さんの部屋と反転してるけど、同じ作りだった。が、違ったのは、リビングに大きなベッドが置いてある点だった。そこを寝室に見立てて撮影していたんだろう。

「ちょっと如何にもな感じだけど、清掃業者を入れてるから綺麗だ」
「そういう問題じゃ無い気がするんすけど、おれだけっすか?」
「家具家電完備なんだ、文句は言わせねぇ。冷蔵庫の水とかは勝手に飲んでいい。まあ必要なものは明日揃えに行けばいい。今日のところは、部屋着と新しい下着と、タオルやら洗面用具は一式買ってきたらからそれを使ってくれ」

 大きな紙袋を手渡して、徹さんはニッと笑った。

「ゆっくり風呂にでも入ってくれ。ちなみに風呂場も如何にもなやつだから広いぞ」

 苦笑いしか出ない。ラブホテル仕様ってことか?

「明日は朱音と好きに出掛けていい。そのうち仕事は頼むからな。何か困ったことがあったらオレの部屋に来てくれ。遠慮するな?鍵は開けとくから」
「じゃあおれも帰るな!また明日、侑李!」

 うん、と頷くと、さっさと二人とも部屋を出ていってしまった。

 急にシンと静まり返った室内で、聞こえるのは自分の呼吸と鼓動の音だけで。

 置いて行かれた。

 そう思った瞬間、漠然と不安が込み上げてきた。

 一人っきりで置いてかれた。閉じ込められた…?そんな、ウソだろ?俺、イヤだよ。一人なんて耐えられない。誰かそばにいてくれないと、怖くて死んじゃう!!

「ガハッ、ハッ、ぁ、やだ…!ね、置いてかないで!!ゲホ、ゲホッ…!開けて!!出してよ!!おねがいっ、ゲホッ、はぁ、っ!!」

 ヒュッ、ヒューっと喉がなった。苦しい。息ができない。ドアを激しく叩く。でも苦しくて、思うように声も力も出ない。

 ボロボロと涙が溢れた。視界が歪んで、周りがよく見えない。でも拳でドアを叩き続けた。

「おねが……だし、出してっ!はぁ、っ、はぁ……死ん、じゃう……」

 ガチャ、とドアが開く。目を見開いて戸惑う朱音が、床に這い蹲る俺を見下ろしていた。

「侑李…?どうした?」
「置いてかないでっ!ひとりにしないで、お願い!怖いっ!」

 朱音が両手を伸ばしてギュッと抱き締めてくれる。ホッとした。閉じ込められたんじゃなかった……

「大丈夫、おれがいるだろ?なんだよ、ひとりぼっちにされたと思った?言ってくれたらそばから離れなかったのに」
「ごめん……急に、怖くなって……置いてかれたって、閉じ込められたかもって、思って……息ができなくなって、苦しくて」
「でも鍵は開いてただろ?自分で出てくればいいのに」

 そう、わかってるんだ。

 本当はあの犬の檻だって、光貴は最初から鍵を閉めたりしていない。

 でも俺は出られない。

 自分で出てしまったら、もう必要としてもらえなくなる気がして、怖いのだ。

 結局自分で自分を縛っているのだ。自分で外に出て、そこに誰もいなかったら怖い。出てしまったら、もう戻れないかも。それが怖い。

 なのに閉じ込められてしまうのも怖い。

 自分がよくわからなくて、怖い。

「朱音、すまんが一緒にいてやってくれるか?」

 徹さんの声がそう言って、朱音がニッコリ笑った。

「もちろんいいっすよ!侑李、お泊まり会やっていいってさ!今度は違う映画でも見る?こっちにもデカいテレビあるし!」
「ん、見る。ね、一緒に寝てもいい?」
「抱き締めて寝てやろう!なんかお前、可愛いな。ツンデレってやつか?悪く無いかもしれん……」
「バカなこと言ってないでさっさと連れてけ!!」

 徹さんの呆れた声がして、朱音は俺の腕を引いて立たせ、ヨロヨロする俺を部屋に入れた。で、なんだか宥めたり透かされたりして、とりあえず二人で風呂に入った。

 気付いたらリビングに置かれた大きなベッドの上にいて、いい感じに壁に取り付けられたデカいモニターを眺めていた。

「ここ、組のみんなに映画見る部屋にされてんだよ。ちょうどいいだろ?」
「フフ、ラブホテルみたい。狭い部屋にベッドと壁付けのモニターがある感じの」
「確かに。侑李、眠い?寝てもいいぜ」
「ん……ありがと」

 朱音はなんかよくわからないアニメを付けた。俺は朱音の腕の中に擦り寄って、胸に顔を埋めて目を閉じた。

 あったかい。心地いい。

 でも同時に、素肌に触れたい欲求にかられた。

 昨日はエッチしてない。今日も。だからか、お腹の奥が疼く。

 はやく兄ちゃんのところへ帰りたい。いっぱい酷いことして、それで、いっぱい気持ちいいことしてほしい。誰でもいい。この熱を治めてくれるのなら、誰でもいいから、俺をめちゃくちゃにして欲しい。
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