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第一章 伯爵家の兄弟
3.成人の儀、延期(2)
しおりを挟む城へ戻り、砂埃で汚れた衣服を脱いで新しいものに着替え、昼食のために食堂へ向かった。
「あらまぁ!私のシリルは今日も可愛いわね!」
「母上は今日もとても綺麗です」
食堂には既に母が席についていた。わざわざ立ち上がって僕の前にやってくると、むぎゅっと胸に抱き締める。
僕も軽く抱きしめ返す。毎日の習慣のようなコレには、いい加減少し恥ずかしくなってきている。しかし逆らうことはできない。
なぜなら兄もまた、未だにこの習慣の犠牲になっているのだ。僕が意を唱えるのは間違いだ。
母と僕が席についてすぐ、父と兄が揃って食堂へ入ってきた。母がまた席を立ち、僕にしたように兄へ手を伸ばしたところで、何やら険悪な雰囲気であることに気付いて足を止めた。
「あら、どうしたのかしら?」
母が若々しくシワのない目元を細める。
「どうしたもこうしたもない!」
ドカッと上座に腰を落ち着けた父は、明らかに不機嫌だ。
これは嵐が来るぞ、と僕は自席にて様子を伺う。母はすごすごと席に戻った。
「父さん、さっきは悪かったよ。今日は練兵に参加するってのはわかってたけど、ほら、服の採寸があったからさ。あ、午後からはちゃんと参加するよ!っても、俺が参加してもお荷物になるだけだろうけど」
「うるさい!お前、何が服の採寸だ!?お前はパンツまでわざわざ針子に採寸して作らせているのか!?」
本来なら笑ってしまうところだけど、僕は辛うじて無表情を保った。
さしずめ午前の練兵に来ない兄を、父自ら連れ出そうと部屋へ行ったのだろう。そしてまあ、想像通りの兄とアリサがそこにいたわけだ。
「ごめんよ父さん、ほんと、これからは気をつけるよ」
「気を付ける?これで何度目だ?お前は長男の自覚が無さすぎる!!百歩譲って無能だということには目を瞑る。だが無能な上に恥の上塗りばかりしおって!!そもそもお前には許嫁がおるだろうが!!」
「そうだけど、お互い結婚するまでは自由だろ。というか、きっと俺の許嫁なんて本当は嫌に決まってる。俺なんかと結婚しても苦労するだけだろうし」
立ったまま俯く兄が、だんだん可哀想になってきた。母もオロオロとした表情で、視線も父、兄、父、僕、父、兄……と彷徨っている。
「わしが一番許せんのは何かわかるか?」
一転して落ち着いた口調(怒ってはいる)で、父がため息混じりに問う。兄はあろうことか、首を傾げてポカンとした顔をした。僕はやれやれ、と心の中で呟いた。
兄の悪いクセのひとつを、父は指摘しているのだ。客観的に見ている僕にはそれが何かはっきりしている。
「お前のその軟弱な精神だ!自信のない発言に腹が立つのだ!才能がないのは仕方ない。が、伯爵を継ぐ者としていつまでも甘えているわけにはいかないことくらいわかるだろうが。お荷物になるとわかっているならそうならないよう努力しろ!気をつけると言ったならすぐにそうしろ!苦労させるとわかっているなら、させないよう気を配れ!虚勢でも自信があるように振る舞え!」
まさにそれだ。自分なんか、と言うのが兄の口癖になっている。基本的にマイナス思考なのだ。
まあでも、兄の境遇からいって仕方ないことでもあるんだけど。
「いい機会だ、ひとつお前を試そうと思う」
ふぅ、と息を吐いて父が厳かに言う。
「そろそろお前の成人の儀をと考えていたが、しばし延期する」
「あなた、次の吉日にとおっしゃっていたのに?」
「日取りはいつでも構わんだろう」
「楽しみにしていましたのに……」
「おお、そんな悲しい顔をしないでおくれ、アマリア!」
優しい笑顔を浮かべて母を諭す父。今までの厳粛な空気が一変してしまう。父は母にとにかく優しい。いや甘すぎるのだ。
スンスンと鼻を啜る母をデレデレと宥める父。まあ、いつものことだ。
「ゴホン、とにかく!お前の成人の儀は延期する」
「父さん!」
「それからわしの兵を率いて、街道に出没する盗賊を捕らえてこい。それが出来るまで帰ってくるな!」
「そんな……」
俺にできるわけないよ、という言葉を、兄は辛うじて飲み込んだようだった。
兄の表情は、まさにこの世の終わりを目撃したかのように青白い。
僕もそうだ。とうとう、兄が外に出る時が来てしまった。
「出立は明日。それまでに装備を整えておけ」
「……はい」
正直、この日の昼食は味がしなかった。
食事を終えて自室に戻ると、僕は忙しなく部屋を歩き回った。
「フィリ、どうしよう!ついに兄上が城から解き放たれてしまう!」
「落ち着いてください」
現実を突きつけられた僕は、ガクリとその場に膝をついた。
終わった……
成人を迎えるにあたって、少しでも伯を付けておこうという父の思惑はわかる。戦場ではなく盗賊退治なのは父なりに思い遣ってのことなのも、わかる。
でもいざこの時が来てみると、僕の頭の中には最悪の状況ばかりが浮かんでくる。
装備やその他の荷物については、兄の従者やついていく兵士がなんとかするから問題ない。道に迷うこともないだろう。兄自ら剣を抜く事態にはならないハズだ。
しかし何かやらかすのが兄の特技だ。そんでもって、周りにいる人間みんな兄の凶運に巻き込まれてしまう。
「フィリ、僕も行くよ」
「えっ!?」
「同行するだけなら父も許してくれる、多分」
「シリル様の強さなら、盗賊程度なんの問題もないでしょうけど、あなたはまだ子どもです」
「うぐっ!!それは言わないで欲しいな……」
魔王であった自覚や記憶がある分、子ども扱いされるのは結構傷付く……
って、項垂れている場合じゃない。
「フィリ!僕の装備一式用意して!」
「かしこまりました」
本気かよ?とフィリの目が問いかけていたけれど無視した。
この日の午後、ついにフェリクス様が兵を率いて出城なさるぞ!と家臣たちが騒ぐなか、僕は粛々と事前準備に勤しんだ。
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