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仮面令嬢は婚約破棄を望む
しおりを挟む私はもうずっと表情が変えられない。
だから、こんな状況でも表情が崩せない。
「私、ルアン殿下の婚約者を辞めさせていただきたく本日は参りましたの」
「……は?」
きっかけは1年前に戻る。
私達の住む国、フルールは異世界から呼び出される聖女によって発展してきた。
その聖女と呼ばれる存在はありとあらゆる力を持っていた。
異世界によって培われた知能と、他の世界からこの世界に引き込まれるのもおかしくないと思わせるような魔力量、そしてその魔力も王族に近しい者以外は持たない聖属性の魔力を持っている。その上、聖女しか使えない浄化という魔物を滅す力を振って、私達の住む土地や人々を守ってくれる。
そんな存在はこの世界の中でもかなり異質で、その私と変わらないような年齢の身に素晴らしい能力を秘めていると聞く。
そして、我が国はその聖女の身を守り、地位を与えることを条件に聖女の力を借り成長してきた。
そのために聖女と縁を結ぶのだ。この国に深く紐づいている者と。慣習でいうのならば王子と結婚をするのである。
そして、私、リリー・ブランシュはその結婚がなされなかった場合の保険として結ばれた王太子ルアン・フルール様の婚約者であった。
そして、聖女が転移してくる100年の周期にあたる今年、新たな聖女が通年通りこの世界に落とされた。
私とルアン様との婚約の持つ、聖女との婚約までの繋ぎという意味が無くなったのである。
『このお方は、ルアン・フルール殿下。お前の婚約者だよ』
『わぁ、キレイな子!こんな子がこんやくしゃでうれしいなぁ。よろしくねリリー!』
8歳頃、お父さんに紹介された彼は理想の王子様だった。
金糸のように輝く金髪に、宝石のように煌めく碧眼。緊張で固まる私へ向けた優しさに溢れた発言、ソプラノの澄んだ声。
私は瞬時に、恋に落ちた。全てが綺麗で完璧だった。
その感情はどうせ無くさなければなくなるものであるのに。余計な感情を抱いてしまった。
そのせいなのだ。そんな無駄な感情を持ったから。
『リリー様はなぜ笑顔で入れるのですか!聖女などいなければ……せめて俺の元に来ればいいのに!』
私はもしも本当に婚約者として結婚したら、正妃となるのだから。そう思って努力していた。
だが、その教育の最中、不敬なことを言い放たれながら、私は刃物を向けられた。
その者は王家から付けられ私の護衛をしていた少年騎士だった。
その他の共にいた護衛は、その護衛が私へ歯向かうと思っていなかったのだろう。それは彼らの職務怠慢であったが、その最中には関係ないことであった。もう手遅れだった。
突然すぎる行為を周囲に止められなかった少年騎士は衝動のままその剣を振りかざし、走り出した勢いのまま私の顔へ一線深い傷をつけた。
それは全ての人にとって不測の事態であり、対処が遅れてしまった。
そのせいで顔の傷は治癒魔法で浅くはなっても治りきらず、跡となって今も残り続けている。
それは身体以外にも、私の心にも傷となって残った。
私が婚約者でいれるよう頑張ろう、婚約者として相応しくありたい、せめて彼の前や講義中は笑顔でいたい、そんなことを思うからこうなったんだ。
化粧ですら消せない傷を鏡で見る度、心が沈んだ。
傷を見せないよう仮面をつける度、泣きそうになった。
婚約できたのが嬉しいからと笑顔でいたのが悪かったのか。私が喜んでいたから。
そう自覚し、思考していく度、どんどんと表情が硬化していった。笑えなくなった。悲しさも、怒りも何もかも表情に出なくなった。
そうして私は周囲から「仮面令嬢」と言われるようになり、言いようもない孤独を感じるようになった。
妃教育により家族と引き離されている現状と婚約者である王子が忙しなく聖女と共に国境や地方の領地に足を運んでいることに、孤独は更に加速する。一過的な婚約者である私に構う余裕などないのだ。本当の婚約者と愛し合うはずであるから。
だから、彼に婚約破棄を突きつけた。
私は彼の隣にいなくてもいいのだから。
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