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9「編集部所属 エラーブル」
しおりを挟む彼は思っていたより怒ってこない俺に安心しているようで言葉の速度と量を増やし距離をグイグイと詰めてくる。
「僕は彼女の担当をしているエラーブルと言います!僕の身分じゃこんな風にここへ来ては駄目なのだと理解はしております!ですが、ヴィオラ様の物語が新しく生み出されない世界は生きとし生ける乙女全員にとって辛い生き地獄です!ですからどうか婚約者様からのご説得を……」
少々胡散臭く思える彼は思っていた通りの人で合っていたらしい。
エラーブル。それは彼女が以前話していた男で間違いはない。見た目からして思っていたより年齢が上でありそうだが、まぁ許せない。だが、彼の口ぶりからして彼女へ好意というより尊敬の念を持っているらしい。それならまだ、どうにか気持ちを落ち着かせることが出来そうだとエラーブルへの嫉妬と作家をやめるという彼女への困惑の感情を必死に落ち着けた。
演技がかって派手な動きをするエラーブルは俺に向かって懇願するように低く低く頭を下げる。
「お願いいたします……っ!」
「まぁ、君が言わんとしている事は伝わった。だが、辞めると言ったにしても彼女は具体的になんと言っていたんだ」
「具体的と言われましても、婚約者様に悪いのでとそれ一辺倒で押し切られまして」
それはまた不思議だ。何故俺が彼女の妨害をしていることになっているのだろうか。
「私としては、やりたいなら続けろとしっかりと伝えているのだがな……」
「そ、そうなのですか!?では何故……」
エラーブルの動揺がガタガタと馬車を揺らす。勢いの凄い人だ。俺と一回りは上のはずなのに感情の起伏が大きすぎる様に思える。
「ではヴィオラは、それをいつから言い出した」
「新作を書いている途中だったので2週間前くらいですね。この2週間ずっと粘っていたのですが、もう取り次がないとメイドに押し切られてしまって。でも、いつもニコニコしているメイドさんがかなり申し訳なさそうでして。どこか本人が望んでいないんじゃないかとも思えて……話も完結しているとは言っていますがそれも彼女らしくない結末で本人が納得されているのか分かりきれず。今は、私が留めているのが現状で……」
「そうか」
2週間前というとデートという名目で遊びに出た次の週だろうか。次週には来るなと伝えられた日でもあったはずだ。
たしかに、あの時の彼女は今思い返すといつもにも増して疲れていた。あれはその時していた制作の疲れでは無かったのか。彼女の中で悩みが深まっていたのかもしれない。
「私からも確認してみよう。彼女がしたいことは私ごときで遮られるべきでは無いからな」
「ラヴォンド公爵様!ありがとうございます!是非よろしくお願いいたします!もし、いい返事が貰えそうならここに書いてある編集部に連絡を!」
肩から提げている革鞄から差し出した紙を受け取る。触れた手は、カサつき所々に墨が着いていた。
俺がその名刺を眺めると彼が安心したように馬車から出ていった。彼女が復帰するのが当然と思っているらしい。
かたんと音を立てて馬が動き始める中、俺は窓から景色を眺めていた。
「……ヴィオラは、何故その選択をしたのだろうか」
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