恋する護衛騎士は桜の下で聖女を待つ王子を見つめる

月下 雪華

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 今日もあの方はあの樹の下にいる。
 それは今後も変わらないに違いないのだ。

 『我らの国セレジェイラにおいてひとりの王族は聖女の守り人となり、その聖女を守り続ける権利がある。守護すべき聖女は国の発展、国の栄進、国の助力の基礎となる。守護すること忘るべからず。忘れた国は奇跡の力を持ちし者、未来永劫見ること叶わず。この世界に現るる彼女たちのために国の中央に咲く花の樹は守り続けなくてはならない。聖女の顕現がない時、他者が樹に傷をつけること、死後の世界でさえ許されることのない大罪である。それはこの約束を忘れた場合であっても同等の罰が与えられるだろう。守護は権利でもあり、義務でもあるのだ』

 かの盟約に縛られたこの国の3番目の王子、ロス・ヴェーリスはずっと城の中庭にある聖樹と共に生きてきた。彼に降り注ぐ理不尽は、多い。それは王子という立場かつ多大な魔力を持ちつつも元侍女であった母親を持ち、末の男児という地位の低さを持っているからである。その背には多大な不幸を背負っているのだ。彼は生まれてから遠征も、療養も、彼が遠くに持つ領内を巡ることさえ許されず今日まで生きてきた。

 ロス王子は、本来神話の時代から受け継がれる盟約を守るべき父王から命じられている。王家にある本来のしきたりに従い、公務と日常生活を送る上で傍にいる事が不可能な時間以外はずっと聖樹の下に留まっていた。彼はそこで気を張って立ってみたり、魔法を練習してみたり本を読んだりして過ごしている。

 そして、公務関連で出来た友人は多くいるはずであるし、絶対に今後必要なはずなのに、かの方は結婚の誓約も婚約者を作ることもなさっていない。勿論、政務はするが他の者ができるようなことは基本せず毎日のように聖樹の下で佇んでいるのだ。優しい性格と麗しい見姿をしているのに勿体ないと思うが、これもお役目のため聖樹に縛られ生きていたからに違いないのだ。婚約者を作る暇もないと言われればそういうものなのかもしれない。

 でも、そのせいで俺はこの気持ちを捨てられない。ロス王子は早く婚約者のような特別な存在を作ってもらえないだろうか。そう思う気持ちには歯止めがかからない。俺は、ずっと、この偏屈した愛を持て余している。


 硬い革靴が敷石を叩くと、さらりとした風が庭を通り過ぎる。
 もう見慣れてしまった華やかな薔薇の道を抜け、薄紅色の蕾を付けた庭の聖樹のところにいるはずの主の元へ進む。

 そう。あのお方は、今日も変わらず彼処に、いらっしゃるに違いない。

 彼は想像通りに金の髪を靡かせ、緑の柔らかな光を持った瞳を聖樹へと向けていた。
「おはようございます、ロス王子。本日も1日此方にいらっしゃいますか?」
 口から出るのは自らの冷たい声。
 彼を慮る気持ちは声に乗らず自分の中に沈み込んでいく。自分の内側と外側との乖離には慣れたものだ。

「あぁ。エディーか。おはよう。僕は今日もここにいる予定だよ。そうだ、君には言ってなかったね。花の状況からして聖女降臨がもうすぐなんだ。そのお陰かせいかは分からないけど、あったはずの公務も休みだ。当分はこっちに留まる予定だよ」
 ふんわりと笑みを浮かべた男は、視線を絡めない。聖樹の咲きかけている蕾を眺めているだけだ。

「もうすぐ……そうですか」
 だと言うのに、俺の視線はロス王子から離れない。
 何度聴いても信じられないのだ。この世界の隅に取り残されたような聖樹が変化するなど。
 それ以前に俺は……


 見慣れた聖樹を見あげようとした瞬間、青空に閃光が走る。


「うわぁあ!!」
 
 城に響く悲鳴。
 天から落ちる物体。

 
 ゆったりと空から落ちる黒髪の女にロス王子は近づいていく。
 俺はこの幻想的な状況が信じられず、彼が腕の中の少女に笑いかける後ろ姿をただ見つめていた。
「あーあ、びっくりした。まさか、こんなにすぐだなんてね」
「……この者が聖女?」

 ロス王子が守り続けていた聖樹には生まれて初めて見る花が咲いていた。


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