恋する護衛騎士は桜の下で聖女を待つ王子を見つめる

月下 雪華

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「わ、わっ、え?ここは。なんで?」
 王子に近くのベンチに座らせられた彼女はキョロキョロと周囲を見回し、困ったように眉を下げていた。ふわふわとした髪が彼女の周囲で揺らめく。彼女には女性らしく柔らかい印象を受けた。

 ロス王子は少女へ微笑みかけ、声をかける。
「とりあえず、初めまして。聖女様」

「は、はわっ。意識飛んで……ってえ!ロス様!?その後ろにいるのって、まさかエド様なの!?えっ、嘘。なにが起きているの?」
 可愛らしい少女は、小さい手を震える口元に寄せる。何事かを口ごもって、何事かを思案しているようだ。
 
 ロス王子はそんな挙動不審な少女に向けて、聖女降臨がなんてことでないように話しかける。
「聖女様は私たちの名前を知ってくださっているのですね。僕たちの名前はどこでお知りに?」
「多分、今は夢じゃないんですよね……えーっと、お名前を知れたのは聖女の、力?みたいなものです」
「そう。聖女の力か」
 彼女の言葉に勘案するように手を口元に寄せ、動きを止める。

 そんな王子の姿が見えていないような少女は下を向いて手を戦慄かせたかと思うと次第に体をも震わせ、弱弱しい力で自身の手を握りしめた。

 そして、ロス王子の前に立ち上がる。


「あ、あの!わたしっ、私がっ、シキムラ サクラが魔王を討伐いたします!ですから、ロス様は恋を諦めないで!」

 
「……は?」
 俺の口から知らずのうちに声が漏れる。

 ロス王子も彼女の奇妙な言動を受けた動揺からか、視線が右往左往していた。
「……とりあえず、サクラ様。魔王って何の話かな?」

 説明を求めるロス王子に向け、聖女シキムラサクラはこれからこの国に起きる騒動を語った。


 これからほどなくして魔王が国を襲う。
それは彼女からしたら殆ど確定されている事象であり、なんてことはないと無視していると国どころか、この世界全体に傷を残すことになる。それに対してはすぐ、サクラの聖女としての力により浄化を行う予定だと。だから、自分の討伐に着いてきて欲しいと願っている様子だった。
 更に、サクラと共に中心に立つ者は、今まで盟約を従順に守っていたロス王子であって欲しいと。そして、その結果彼らはこの国を救う救世主となる。それによって、ロス王子の初恋を叶えるという悲願も叶うことになるのだとお伝えされていた。


 これはロス王子にとっての救いであって、俺にとってはこの関係の冗長で変わらない時間を捨てることが決まった瞬間であった。初恋の者などという存在は知らなかった。ロス王子はどなたかに恋をしている。魔王よりその事実が頭を離れなかった。

「それとその……そちらのお耳をお貸しいただくことは出来ますか?」
「なんだい?」
 そういってサクラはロス王子の耳に口元を寄せる。
 サクラの小さい唇が彼の傍で動く。

 そして、何事かを言ったようサクラの口が開閉した後、ロス王子は目を見開いた。

「どこでそれを?まぁ……それも聖女の力か。わかった。そいつの討伐は早くしよう。さぁ、サクラ始めようか」
 そう言ってロス王子が不自然に微笑むと聖女は決意したように表情を固めたのだった。



 この日から2人は手早く何かを倒す準備を始められるようになった。その準備は王、姫に一般兵、魔法使いに騎士団長、宰相と全てを巻き込んで広がっていき、それは世界にまで届いている。

 何故か、俺の存在を避けながら。

 はじめは、2人でいる姿と聖女に左右されている王子の姿を護衛として控えながら見つめていた。そしたら、数日後、直ぐに何故か王子達から避けられるようになったと気づいた。俺は治安保全としての外回りばかりさせられ本来の王子の護衛任務から外されていくようになった。
 それは、ロス王子をお慕いして彼のために働いてきたと自負している自身を意気消沈させるのに十分である。
 だが、俺が思ったところでそれが何を生むわけでもない。その気持ちは自身の感情でしかない。仕事には何も関係がない。


 それに多分、今の王子と聖女は過去の自分とロス王子より親密だ。
 もうあの頃の王子は居ないのだ。俺が好きな彼の姿はないのだ。
 俺を求められていたあの彼は変わるのだろう。





 ひと月後の夜。俺、エドワード・メリアムの自室。
 体を清めた後、慣れたように自分で自分の体に触れていた。慣れたように、性感を煽るようになぞる。
 快楽で心の苦痛を忘れたかったのだ。
 今夜は自分を慰めると職務中から決めていた。自身はなんと恥ずかしい人間であろうか。
 でも、苦痛をそのままに我慢できるほど俺は強い人間でもなかった。

 抑えきれず噛み殺した甘えたような嬌声と枕に押し殺した自分の痴態は誰にも見つかることも無い。認められない自分が虚しく誤魔化したかったのだと自覚していた。
 だが、それも耐え切れず興奮になる。
 もし今の彼に触れて貰えたら、認めて貰えたら、それはどんなに天に昇る気持ちだろうか。どんなに幸せだろうか。もし、感情を返してくれたらどんなに。

 乳首や男根に触れ、自身の力で擦ったり、焦らしたりと快楽で思考が掻き消える。
 もう王子なんて知らない。彼からの気持ちなんていらない。そう思うのに。耐えられない。
 好きだからこそ届かないことが苦しいのだ。
 過去に必要とされていたことが忘れられないのだ。
「はっ、……ううっ、うっ」

 零れるように力無く精液が滴り落ちてちり紙に染み込んでいく。
 それを力いっぱいゴミ箱にほおり投げては、近くに置いた潤滑油を手に取る。

「っ……」
 粘性を持った液体を自身の秘部に落とし肌を粟立たせた。
 躊躇いもなく、興奮で律動する後孔に指を出し入れして快感を刺激した。
 声を我慢するために唇を噛み締め、血が滲む。
 今は何もかもどうでもいいのに気持ちいいことは追いかけるのだから不思議な事だ。


 好きな人に遠ざけられて、彼が宿命と人生を進める姿を見ていくことしか出来ない。そして、俺は自室で一人、惨めに自分で破廉恥な真似をしている。
 俺はなんて無様なんだろう。

 良い所だけを手早く探って適当に数度精液を零した後、心身の疲れと快感が頂点に達する。
 瞬間、気絶するように寝落ちた。

 ああ、なんて虚しいんだ。


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