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しおりを挟む私はトルーズ様が頼んだ馬車にアビーとトルーズ様と一緒に乗ってデルハラドにあるルミドブール家のお屋敷に向かった。
森を抜け数時間もするとデルハラドに入ったらしい。
にぎやかな街を通り過ぎ、しばらく走ると落ち着いた雰囲気の大きなお屋敷が立ち並ぶ界隈に馬車はやって来た。
「ほら、あちらに見えるのが王宮です」
アビーが指さして教えてくれた。
私は指先の方を見る。
それは素晴らしい光景だった。
まるでカロリーナが呼んでくれたお話に出てくるようなお城が見えた。
木々に囲まれて、白い石垣がずっと続いてその向こうにはいくつもの空高くそびえる塔が見えた。
「凄いわ…」
「ええ、そうですよね。でも、わがお屋敷もきっと気にいると思いますよ」
アビーがそう付け加えた。
そんなに凄い屋敷なの?
「あの…私そんなお屋敷でお世話になっても?」
「もう、シャルロットったら、じゃあ、私はどうするんです?私もそのお屋敷に住んでるんですよ」
「あなたもお屋敷に?」
「もちろんです。お屋敷にはトルーズ様の部屋も侍女の部屋もあるんですから」
「そうなの」やっと胸を撫ぜ下ろす。
「さあもうすぐですよ」トルーズ様が言った。
それからゴトンと音がして馬車が止まった。
見ると大きな金色の門が開いて行く。
「さあ、シャルロット様もう着きますから」
「あの、トルーズ様、どうか私の事はシャルロットとお呼び下さい」
「何をおっしゃいます。淑女のあなたを呼び捨てになどできるはずもありません。それよりシャルロット様のフルネームを教えていただけますか?」
「はっ?」
名前…ジェルディオンと言うわけにはいかないわ。
「はい、シャルロット・カッセルと申します」
とっさに思い付いた名前を言う。
「わかりました。屋敷に着きましたらお部屋にご案内しますから、どうかゆっくりなさって下さい」
「ありがとうございます。でも、私今日はヨーゼフ先生のところに行くと約束しましたので」
「そうでしたか。では私がご案内しましょう。彼の屋敷はうちから近いのですよ。彼はジェルディオン伯爵家の方でして、お父様が具合を悪くされていて家で面倒を見ながらああやってみんなを見て下さっているそれは素晴らしい方なんです」
「そ、そうなんですか…」
私は額から汗がにじむ。でも、もう後には引けないわよね…
とにかく立派なお屋敷について、吹き抜けの大理石で出来た大きな玄関を抜けると広いホールがめのまえにひろがった。その手前で八方に廊下が伸びている。階段はもちろんレッドカーペットが敷かれた螺旋階段で、二階をぐるりと装飾を凝らした手すりが囲んでいた。
「す、すごい…」
今度は背中を汗が伝う。
こんなお屋敷に住むなんて考えてもいなかったわ。
出迎えに出たのは2人の侍女だった。
「さあ、シャルロット様こちらです。君らはアビーを運んでやってくれ」
「はい、トルーズ様」侍女の一人がそう言うとアビーはふたりの女性に支えられて部屋に向かう。
「シャルロット様本当にありがとうございました。こんな広いお屋敷ですがどうぞ遠慮などなさらず、何でも必要なものはこの侍女たち。ルナとベルに申し付けてくださいね」
「ええ…ありがとうアビーさん。あなたも無理せずゆっくり休んでください。後で湿布を替えに行きますから、あっ、痛みはどうです?」
「ええ、もうほとんど痛みは‥ありがとうございます」
「もし、痛むようなら教えてください。そうだ。こちらを預けておきますから、ルナさんとベルさんだったかしら?」
「はい、ルナとベルです」侍女が挨拶をした。
「ルナさんとベルさんね。よろしくお願いします」
「どうか、名前だけでお呼びください」
「わかりました」
どうしてもこんな暮らしに慣れていないせいで呼び捨てにするのが気恥ずかしい。
「さあ、こちらです」
トルーズさんに案内されて2階の部屋に案内される。
ドアを開かれてため息が出た。
淡いピンク色の壁紙には美しい花模様が描かれている。部屋にある調度品はどれも見たことがないとても重厚で素晴らしい家具ばかりで…とくにチェストなどは引き出しに見事な彫刻が施されていて、おまけにベッドは天蓋付きの四中式ベッドでベージュの薄いレースが掛かっている。
一歩部屋の中に足を踏み入れた。
途端に脚が沈み込む。私はふかふかの絨毯に驚く。
「あの‥靴は脱いだ方が?」
「いいえ、遠慮なさらずにここは客間で何年も使っていませんでした。あなたに使っていただけると家具も喜びます。いくら高価な家具も誰かが使って初めて生きてくるというものですから、だから遠慮はいりません。どうぞご自由に使ってください。奥にはバスルームがございますので必要なものはすでに整えてあるはずですから、でも何か必要なものがあったらいつでもおっしゃってください。では用意が出来ましたらまず食事にしませんか?」
「ええ、そう言えばお昼はまだでしたね。では用意が出来たら…」
「ダイニングルームは下りられて左手の廊下を進んだドアの所ですので」
「はい、わかりました」
私はひとりになるとほっとしたが…
ほんとにこんなお屋敷でやって行けるのだろうか?
皇王や聖女エリザベスを倒して新しい皇王は誰になるのだろう?
アルベルト様は優しかったし強かったがそれ以上の事はわからない。
それに私みたいに力のないような魔女が役に立てるのか…
ヨーゼフ様のところで働けるとしてもどうやって…?
そもそもヨーゼフ様がそんな反乱組織の人だと知っているのはおかしいと思われるわ。
しばらくは様子を見たほうがいいのかしら?不安はどんどん増していく。
とにかく旅の時に着ていたマントを脱いで、中のドレスを着替えた。簡素なドレスしか持っていない私は着替えと言っても今着ていたベージュのドレスと後二枚のドレスを持っているだけで、後はシャツとロングスカートにエプロンだが…
トランクを開けて驚いた。
中には舞踏会出来るようなドレスは入ってはいないが、それでも私の持っている服より数段上のドレスが何枚も入っていた。
取りあえず、藍色の美しいドレスに着替えて顔を洗い髪を整えると言われたように下に下りて行った。
ダイニングには煎れたてのコーヒーの香りがして、テーブルにはスープやオムレツ。サラダ、ハムの盛り合わせと色とりどりの料理が並んでいた。
その横にはバターやジャムの添えられた柔らかそうなパンがあった。
「おいしそう…」こんな食事は年に一度か二度しか食べたことがない。
いつもは硬いパンをスープに浸して食べるのが普通だ。
「お気に召したなら良かったです。さあ、どうぞ召し上がって下さい。アビーさんにも持って行ってきますのでご心配なく」ベルがコーヒーをカップに注いでくれる。
「ベル。わたし自分の事は出来ますから、あなたの仕事をして下さい。片付けもしておきます」
「いえ、それは私の仕事なので、食べたらそのままにしておいてください。それは私の仕事ですから」
「ええ、ベルがそう言うなら…」
慣れない豪華なダイニングテーブルを前にして喉はこんなにも柔らかいパンを飲み込むのさえ緊張する。
カップのソーサーでさえ持ち上げること乗せず、カップをそっと持ち上げてコーヒーを飲んだ。割れたら恐いわ。
きっとすごくおいしいコーヒーに違いないが味わう余裕はなかった。
何とかすべてを食べ終えると食器をきちんとそろえて立ち上がる。
「シャルロット様?」
「はい!」
トルーズ様が声を掛けて驚いて飛び上がる。
「お食事は済まれましたか?」
「はい、あの、今から治癒師のヨーゼフ先生のところに案内していただいてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんいいですけど。少し休まれた方がいいのでは?」
「いえ、皆さんのお仕事の邪魔をしたくないので、それに私も早くお手伝いがしたいので…今マントを持ってきます」
「そうですね。瞳の色は?」
「はい、グリーンはどうでしょう?」
「それは楽しみです。それからシャルロト様ここデルハラドではヨーゼフ先生のような方は治癒師とは言わず医者と呼ぶんですよ」
トルーズ様がにやりとして私を見つめた。彼は30代と思われるが金色の髪に青い瞳、顔は端正で細身の眉目秀麗タイプの方だ。
「はっ?そうなんですか、わかりました」
私は慌ててダイニングを飛び出す。
何しろ街で暮らしたことなかったから…
これから大変そう…
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