この度学園を卒業するために婚約しなければならなくなりまして

はなまる

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22夜会に出れません



 私は練習場を後にすると後ろからヴィルが追って来た。

 「待てバイオレット」

 「いいから放っておいて」

 「惜しかったよ。ほんとに。もう少しであのアルビンを…でも仕方がない。なっ、潔く諦めろ」

 ヴィルはポンポンと軽く肩をたたいた。

 「だって、今日こそ優勝したかったのよ。それなのに…まだ勝負はついていなかったわ。私はまだまだいけたしアルビンは弱ってたのよ。あと一押しすればきっと勝てたのに…」

 私は練習用の剣のバトルを腰骨に打ち付けて悔しがった。

 「分かってるって、バイオレットは本当に強い。でも、怪我でもしたら大変だろう?週末には夜会もあるんだ。美しく着飾った君とダンスするのが楽しみなんだから…なっ。ここはもう。そうだ。今夜食事にでも行かないか?」

 なんて調子のいい奴なんだろう。

 おまけに無駄に整った顔で優しくそんな事を言われると弱った心にグイグイ付け込まれそうになる。

 でも、こんなふうに言うのも私たちが見せかけの婚約者だからなんだから。

 しっかりしなさいよ!!

 私はグイっと顔を上げると彼に諭すように言う。

 「ヴィルあなたってホント!都合いいんだから。いい事、私たちは仮面婚約者なのよ。そんなことする必要ないから…あっ、でも夜会は一緒に出てもらわないと困るから、それだけ付き合ってくれたらいいから」

 これさえやり切れば卒業は安心だから。私は少しほっとした。だってどうやって頼もうかと思ってたから。



 「そんな事言われなくてもわかってるって絶対迎えに行くから」

 彼がなぜか満面の笑みを浮かべて嬉しそうに言う。

 思わずお手と脳がつぶやく。もう、子犬みたい。でもそんなところも可愛い。いやいや、違う。

 私はにやつきそうになるのをこらえるためにぐっと唇を噛んだ。

 そうだ!「ヴィル正装よ」

 彼はもちろんだと胸を叩いた。

 何よちゃんとわかってるじゃない。お調子者だけどそう言う勘のいいところは好きだと思う。



 「わかってますってお姫様」

 彼はそう言いながらまるで王子様みたいに身体を折り曲げた。

 きもっ!

 ああ、褒めて損したなぁ。

 「まったく調子いいんだから。とにかく頼んだわよ」

 私の脳内のバロメーターは上がったり下がったり忙しかった。これ以上彼に憑き合うのは疲れると判断する。

 私はまだ何か言いたそうなヴィルにサヨナラの手を上げる。

 「じゃあ」

 「ああ、お疲れ様。ゆっくり休め」



 そう言ったくせに彼にいきなり捕獲された。

 木陰の大きな幹に押し付けられて彼は何も言わずに私を見下ろしている。

 「ヴィル?」

 彼の顔がゆっくり傾いてわたしはなぜか思わず目をつぶる。

 どうして私?キスを期待してなんか…

 有無を言わさない彼の唇が重なって私の唇はしっかりと塞がれる。

 軽く触れあわすだけかと思っていたのに、何度も唇を塞がれ柔らかい舌が差し入れられ口内をまさぐられ蹂躙されまくった。



 やっと唇が離された。

 「こんな事するなんてどういうつもりよ!」

 彼の顔は射るように私を見つめていて金色に揺らめく瞳には燃え上がるような炎が見え隠れしている。

 「ほんとに?わからない?俺がどんなに興奮してるか?ったく…」

 「どうしてあなたが興奮するのよ?」

 私にはさっぱりわからない。

 「俺の婚約者があんなにカッコよく男どもをやっつけてほれぼれするだろう?ふつう…」

 「はっ?何言って…普通男は引くもんよ。こんな女を見たら」

 「それが俺は違うんだな。いや、俺も自分がこんなだって思っていなかった。でもバイオレット。お前めちゃくちゃ可愛いから。マジ。今すぐ抱きたいくらい」

 ヴィルはもう一度キスしようと近づいて来る。

 私は数歩下がると手を振る。

 「気持ち悪い。やめてよ。さあ、もう行って!」

 「分かってるさ。こんな所でなんて無理だって。初めての時はきちんとした場所でちゃーんと優しくするから安心しろバイオレット」

 「はっ、ばか!ばか。ばか。もう知らない」

 「愛してる」

 そう言ってヴィルは私をふわりと包み込んだ。そして嘘のような優しいキスが……その唇は少し震えていた。

 かぁっと身体中が火の粉を被ったみたいに熱くなる。



 「まだ試合に立ち会わなきゃならないんだ。夜会楽しみにしてる。じゃあ」

  ヴィルはそう言って走り去って行った。振り返った彼の顔はまさに破顔していて思わず胸の鼓動がばくばく駆け上がった。

 もう、こんなはずじゃ…

 キスした。どうして?

 じわりとピンク色の靄が脳内に広がりそうになって私はブンブン首を振った。

 ばかな考えを起こす前に他の事を考え始める。

 ああ…結局ヨハンは姿を見せなかった。どうするつもりなんだろうヨハンは…それにさっきの話、アマリに聞いてみなくちゃ。その前にヴィルに話した方が良かったかな?彼、薬物の事調べてるんだから…そんな事を考えながら私は女子寮を目指した。

 

 ちょうど女子寮の入り口でアマリとかち合わせした。

 「アマリ今帰り?」

 「えっ?ええ、そうなの。バイオレットは‥そうか。試合だったわね。どうだった?」

 「準決勝まではいったのよ。アルビンと当たって私はまだまだいけたと思ったのに、ランケル先生ったら勝負ありを出すから…」

 「でもすごいじゃない。私も鼻が高いわ。あなたが準決勝まで残るなんて。どう今夜夕食でも」

 「いいわね。それより夜会には彼…フランツも来るんでしょう?必ず出席しないと卒業させてもらえないみたいよ」

 「そうよ。掲示板見て驚いたわ。でも大丈夫。彼、迎えに来てくれるって」

 「そう良かったわ」

 「バイオレットは?あれからうまく行ってるの?」

 「ええ、彼も迎えに来るって言ってたから。それよりちょっと気になることがあるんだけど」

 「何?」

 「さっき練習場の裏手で男子生徒が騒いでたんだけど、何かをボルゲリータ商会で買えるって。でもその子たちったら恐いくらいハイになってて。アマリは知ってるんじゃない?それが何か?」

 一瞬アマリの顔が強張ったように見えた。

 でもすぐにアマリは屈託のない笑顔になった。

 「ああ、あれは疲労回復薬なの。すごく疲れが取れるって街でも評判だって教えたらみんな欲しいって、だから私がフランクから預かって学園でね売ってるのよ。でも、ほんと。ただの疲労回復薬だから」

 「ねぇアマリ。ほんとに?ほんとに大丈夫なの?もし困ってるなら私…」

 アマリは何も言わないまま先に進んだ。



 私たちは女子寮に入って階段をあがり始めた。アマリが先に私がほんの少し後ろを歩いて行く。

 アマリがふっと振り返った。その顔はいつものアマリに見えた。

 「もういやだ。バイオレットったら、そんなわけないじゃない。でも、心配ないから」

 「そう?それならいいんだけどね」

 「あっ、そうだ」

 アマリが振り返った拍子に私の身体にどーんと衝撃が走った。

 階段をほとんど上まで上がったところでいきなり私は突き飛ばされた格好になった。

 「きゃぁぁ…」

 手を伸ばしたが何もつかまるものもないまま私は階段下まで一気に転げ落ちた。

 「大変だわ。バイオレット。大丈夫?誰か。誰か助けてー」

 アマリの叫ぶ声が私の耳奥に響いていた。

 私はそのまま意識を失った。



 すぐに医務室に運ばれた。

 マーリン先生が病院から戻っていてすぐに手当てを受けたらしい。

 幸い骨には異常は見当たらなかったが用心のため診療所に行った方がいいということになったらしい。

 私は学園の近くにある診療所で気が付いた。

 医者は足首を軽く捻挫して歩くのはしばらく控えた方が良いと言われた。

 他には幸いな事に日ごろの鍛錬のおかげか擦り傷や軽い打ち身ですんだ。

 それは良かった。けど、どうしてあなたがそばにいるわけ?

 「心配するな。俺が付いてるバイオレット」

 「ヴィルあなたがいると余計痛みが増しそう…」

 私はいつになく心強く思えるヴィルに悪態をつく。そうでもしなければ恥ずかしくていたたまれない。

 診療所のベッドで彼に背を向けると上掛を被る。

 「悪いな。痛みが増すかもな。だが、大事にならなくて良かった」

 そっと私の手を取ると大きな温かい手で優しくさすられる。

 そんな彼にたまらないうれしさを感じる。

 こんなのうそ。も、もしかして私、ヴィルを好きになってしまった?

 そんな考えが浮かび上がり脳内はパニックになった。

 



 
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