一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる

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34シエル何を言っているんだ!

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 ボルクは治安府の執務室で仕事をしていた。

 長い間留守にしていたので事務処理が溜まっていたのだろう。シエルが部屋に入るとボルクは一生懸命机に向かってペンを走らせていた。


 「ボルク。お話があるの。今いいかしら?」

 「シエル様、何でしょうか?」

 ボルクったら昨晩の事などなかったかのような顔をしてるのね。

 私はこの部屋に入る時でさえ躊躇したというのに…まったく、あなたは私の事なんか口先だけなのね。

 それでもこんな人気のある場所でこの話をするのはと思った。


 「少し外で話が出来ない?」

 「えっ?はい、いいですけど」

 ボルクも周りを見回し少し動揺したのか彼の指先が親指と薬指で摺りあわされている。

 ふたりで部屋の外に出ると廊下を歩いて中庭に出た。

 辺りはもう薄暗くなり始めていて誰もいない。


 「あの、それで何でしょうか?」

 ボルクは手短に済ませたいとばかりにすぐに口を開いた。

 「ええ、それがお父様がさっき帰って来たの。お父様はベルタード様を一緒に連れて帰って来られていて…どうやらあなたに話を聞くためらしいのよ。皇帝は毒殺されたんですって、だからあの夜あなたが皇帝の部屋に行ったことを怪しんでいるみたいなの」

 「だから言ったはずです。すぐに話は終わったと、私が毒殺するとでも?そんな事をすればすぐにわかること。それに側妃が名乗り出たはずですが」

 「でも、そのヒメルが皇帝は死んでいたって話を変えたらしいの。お父様は死刑が決まって恐くなったんじゃないかって…でも本当は毒を盛られたとわかっていたみたいなのよ。ねぇボルク本当にあなたじゃないの?だって昨晩あな田は最後の一線を越えなかったわ。あんなにお互いの気持ちもはっきりわかって納得したはずなのに…それってもしかして何か後ろめたいことがあるからじゃ?」

 シエルが問いつめるとボルクは慌てた。


 向き合っていた視線がいきなりそらされボルクは貌を左に向けた。

 昨晩の事を言ったのが悪かったのかすごく恐い顔になってシエルを怒鳴りつける。

 「シエル。いい加減にして下さい!昨日の事はやっぱりあんな噂のある時にすべきではないと思ったからです。シエル、君が非常識な事さえしなかったら俺だって!ったく…それに俺が皇帝を毒殺しただって?本当はシエルもそう思ってるんじゃないのか?それで俺に同情でもしたのか?もうすぐ捕まるかもしれないって?」


 どうしてそんなに怒るのよ。あなたは何でも私のせいにするのね。

 内心は腹が立っているがシエルは今までにたくましい男にこんな迫力で怒鳴られたことは今まで一度もなかった。

 恐怖で身体が震え始める。涙腺がジワリと崩壊して瞳には涙が溜まり始める。

 でも、涙を流したくなんかなかった。必死で涙を止めようとしたせいですごい顔でボルクを睨みつけてしまう。

 何よ。ボルクなんか。私はただあなたが心配で聞いただけじゃない!

 文句の一つも言ってやりたかったが喉がぐっと狭まったみたいで息をするのさえ苦しい。


 「ほら見ろ。何も言い返せないじゃないか。何の話かと思ったら、そんなくだらない話か。俺はもう帰らせてもらう。忙しいんだ。君だってそれくらいわかるだろう?」

 ボルクは今まで一度だってこんな夕暮れ時にシエルをこんな所に置いて行ったりしたことはなかった。

 それなのに彼は今ひとりで先に帰ろうとしている。

 これは相当動揺しているという事。でもどうしてそんなに怒る必要があるんだろう?

 シエルはこんなに我れを見失っているボルクを見たことがなかった。


 シエルはハッと気づいてしまう。

 まさか…まさか…まさか。いえ、やっぱりそうよ。ボルクが犯人なんだわ。

 だからあんなに動揺して取り乱したりなんかして… 

 何もかもがぴったり当てはまるとはこの事だ。

 あの夜の皇帝のひどい仕打ち。ボルクが怒りを抱くのは無理がない。最後に皇帝の部屋に行ったのもボルクだった。

 ヒメルはきっと今までひどいことをされていたんだわ。それで死んだ皇帝にナイフで刺した。

 捕まってきっとかなりひどい尋問だったのよ。それで自分がやったと言わされたんだわ。

 でも死刑が決まってやっぱり本当の事を言い出した。

 それなら納得がいくわ。やっぱり女性にあの皇帝を殺すだなんて無理だもの。

 じゃあ、ボルクは捕まるの?警備隊のベルタードが拘束してオーランド国に連れて行かれたらボルクは死刑にされてしまうの?

 いや!そんな事出来るはずがない。もとはと言えば私のせいなんだもの。

 私がボルクを呼んだりしなければ良かったんだわ。

 どうすればいいの?どうすればボルクを助けられるの?


 そうだわ。元はと言えば私にせいなんだから、私が殺した事にすればいいわ。

 シエルは覚悟を決める。

 ええ、犯人は私よ。私がボルクが皇帝の部屋から出て行ったあとで皇帝の部屋を訪ねた。でも皇帝が無茶を言ったから私は毒薬を飲ませて殺した。

 でも、どうやって…それはうまく騙して…そうそう媚薬だと嘘をついて飲ませたことにすればいいわ。

 シエルは決心する。

 そして父の待つ執務室に戻って行った。



 執務室に戻るとベルタードがいた。

 「お父様、まあ、これはベルタード隊長、その節は大変お世話になりました。父から聞きましたわ。皇帝陛下が毒殺されたって本当ですか?」

 「これはシエル姫様。お久しぶりです。ええ、実はそうなんです。私たちも国葬の後までこの事実を知らされていなかったのです。それで申し訳ありませんがあなたとウィスコンティン様にお話を聞かなければならなくなったのです」

 「ベルタード殿、まあ、少し座ってお茶でも飲んでそれに腹も減っているだろう?何でもつまんだらいい。君も疲れているだろう。さあ座って」

 国王であるルドルフは余裕の表情でベルタードにお茶をすすめる。

 事務官のオルガの煎れるお茶はおいしいと評判でテーブルには軽食としてパンやハム、フルーツなどが一緒に出されている。


 「ええ、そう慌てる事もないので。では遠慮なくいただきます」

 シエルも一緒に座ってお茶をも飲む。

 ベルタードがある程度食べ終わったところでシエルは話を切り出した。


 「ベルタード隊長…実は皇帝の毒殺の事なんですが」

 「はい、そのご事情はウィスコンティン様に聞こうと思っていたのです。シエル姫様は部屋に戻られたとお聞きしておりますので何も心配なさる必要はありませんよ」

 「いえ、違うんです。ボルクは確かに私を部屋に連れて戻りまた皇帝のお部屋に行ったのだと思います。私が部屋を出るときも後で話があると皇帝はあっしゃっていましたし…でも、皇帝を殺したのは彼ではないんです。私は夜遅くにもう一度皇帝のところに行ったのです。何とかボルクの事は許してほしいと頼もうと思ったから、でも皇帝はボルクを許さないと言って。だから私…」

 シエルの話を聞いて国王ルドルフは立ち上がってシエルの腕をぐっとつかんだ。

 シエルを睨みつけ怒鳴り散らすように話を始める。

 「シエル?お前自分が何を言っているのか分かっているのか?そんな事を言えばお前はオーランド国に連れて行かれて死刑になるんだぞ。それにもしお前がそのようなことをしたとすれば両国の信頼関係はなくなってしまう。今、オーランド国に見限られたらこの国の食料事情をどうするつもりなんだ?いい加減な事を言うのはやめなさい!」

 「ごめんなさい。ボルクが死刑になるかもって思ったら私…」

 「嘘をつくな。いい加減にしないと承知しないぞ!」

 ルドルフはシエルを脅すようにきつい口調で言う。


 ベルタードは国王になだめるようにまあまあと言う仕草をする。

 「国王陛下、シエル姫様の話を聞いてみようじゃありませんか。シエル姫様それでは毒はどうやって皇帝に飲ませたんです?」

 ベルタードは落ち着いた様子でシエルに聞く。

 「ど、毒は…お酒に混ぜて飲ませたわ」

 「そうですか。では、毒は何の毒でしたか?」

 「そ、それは…トリカブト。そうトリカブトよ。私隠して持ってたの。何か不都合があったら自分がそれを飲むつもりで持っていたのよ」

 「そうですか。トリカブトですか」

 ベルタードは意味ありげにシエルの言った事を繰り返した。



 バーン!

 いきなり大きな音がした。

 ドアが開いてボルクが入って来た。

 ボルクはシエルがあんなことを言ったせいでベルタードが自分を疑っている事を知った。

 それで話は早い方がいいとここにやって来たのだ。

 すると部屋の外にまで聞こえる声がした。

 国王のルドルフの声が聞こえた。シエルが何を言ったのかすぐにわかった。

 まさか、シエルがそんな事をするはずがないだろう?俺のところに皇帝を殺していないか聞きに来たんだ。

 でも、今はシエルの疑いを取り除くことの方が大切だと。


 「ベルタード隊長、違うんです。シエル様は何もやってはいません。私です。私が皇帝陛下を毒殺したのです」

 「ウィスコンティン様?」「ボルク!」「ぼるく?」

 ベルタードも国王もシエルも一斉に名前を叫んだ。




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