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8辺境に向かう1
それから私は数日後にチェスナット辺境領に送られることとなった。
荷物は自分の着替えなどでお金は一切持たせてもらえなかった。
ジェリク殿下はやはり見送りにも来なかった。
神官様からは「フレイシア。罪を犯したとはいえお前は辺境伯の婚約者として辺境に送られる事となった。これもジェリク殿下のおかげだ。いいな、これからも神に感謝を忘れず日々過ごしなさい。では、身体に気を付けてな」と言われた。
「あ”?」つぶれたような声が出た。
辺境伯の婚約者?思わず辺境伯エバン・チェスナット辺境伯の顔が浮かぶ。幼いころに怖そうな人だと思った。いや、睨まれたら身も縮まるように恐かった気もするけど‥だけど、困ったときには助けに来てくれる優しい人だった。
いやいや、歴代結婚絶対無理ランキング1位を誇っている男なのよ。
ぞわり。胸の奥が締め付けられる。どうしよう。
そしてこの時初めてジェリク殿下の治療に自分の魔力を使った事を後悔した。
彼に私の力を知られなければ今も私はグラマリンでみんなと幸せな時を過ごして行ったの?父様も今でも元気でいたのかな?
ううん、そんなこと関係ない。
辺境伯様の婚約者。それは名ばかりの事だと分かっている。要するに夜伽相手になると言われたことにひどく動揺していた。
今さら何をどうしろと?もう、何もかも遅い。
ひゅっ吐息を吸い込みぎゅっと拳を握りしめた。それ以上は何も言う気にもなれず黙って馬車に乗り込んだ。
おもむろに自分を見た。着ているのはいつものつぎはぎだらけの聖女服だった。
新たな旅立ちにしてはあまりにも惨めだし何も考えたくはなかった。
馬車は騎士団の荷馬車で椅子などもなく床に直に座るしかなかったが他の荷物もあってそこにもたれる事が出来た。
護衛騎士、見張り番であろう騎士は3人で一人が御者をして残りの二人は荷馬車に一緒に乗り込んだ。
そんな状態のまま馬車はどんどん辺境に向かって進んで行った。
辺境領までは確か2日ほどかかったと思う。
3人の騎士はどれも初めて見る顔だったがどれも茶色い髪に茶色い瞳で平民?いや男爵家か子爵家の3男あたりなのだろうか。
まあどうでもいい事だ。代替わりすればいずれは平民となるようなもの達だ。
神経質そうなやせぎすの騎士が御者台に座るらしい。
しばらくすると荷馬車に乗り込んだ騎士が話しかけて来た。
「なあ、あんた。そんなところじゃ疲れるだろう。もっと楽にしていいぞ。先は長いんだ。俺はラキスだ。よろしくな」
優しそうな人だった。長身で結構イケメンだろうか。などと観察しながら頷いた。それに少しうれしかった。
だって惨めだったからそんな言葉でさえ心に染みた。
「‥‥」私はそのままお辞儀をした。
「おい、何とか言えよ。人が話してるんだ!」
もうひとりの騎士が声を荒げた。髭ずらで結構でかい。
はっ?私がしゃべれないって知ってるわよね?
言い返す事も出来ない私は黙ってあなたを下げる。
「お前、聖女だからって俺達をばかにしてるのか?お前が何をしたかこっちはちゃんと知ってるんだぞ」
「‥‥」(だったら聞かなきゃいいじゃない。これって私が話せる前提って事?)そうでなくても気が重いのにさらに気持ちが沈む。
なのに‥
「お前、あちこちで男を漁ってたんだってな。だから王都の聖教会を追い出されたんだろう?」
髭ずらの騎士の顔が嫌悪を露わにする。
「おい、やめとけ!いくら何でも相手は聖女なんだ」
もうひとりの騎士のラキスとか言う騎士はまともらしい。
「でも、ただ辺境領まで送り届けるだけなんて‥なぁ、聖女さんよ。減るもんじゃないしあんたもいい思いが出来るんだ。なっ、俺達も楽しませてくれよ。俺はヌバルって言うんだ。仲良くやろうぜ聖女さんよ」
私は恐くなった。もしもう一人の騎士も同じ気持ちになれば‥ぎゅっと腕を身体に巻き付けて荷馬車の端っこに丸くなる。
「ばか、いい加減にしろ!恐がってるじゃないか」
「お前何もわかってないんだな。女がこんなふうにするのは男を誘ってるってことなんだ。見ろよ。あんな風にされると無垢で可愛いって思うだろう?手慣れた女の常とう手段ってやつさ」
「お前な。彼女は辺境伯の婚約者として辺境に行くんだぞ。こんな事をしたとわかったらどんな罰が下るかわからないのか!」
「そんなの分かるはずないじゃないか。散々男を漁ってたって話だぞ」
さすがに我慢の限界!
「ん”う”~‥‥‥いい加減にしてください!!」(あれ、私しゃべれた。なにこれ?キアの力?)
(フレイシア私は何もしてないよ。フレイシアの意志だよ。すごい。喋れたね。キアもうれしいよ)
(うん、やっと、やっと言葉が出て来た。すごくうれしい)
怒ったと言ったのにふわりと頬が緩んだ。
「ほら、嫌がってるだろ。もうやめろよ!」
「ばか、そういう方が気分が出るだろう!見てみろよ。顔は恐れた顔じゃない。嬉しそうじゃないか。なっ、恐がらなくていい。優しくしてやるから‥」
距離を詰めて来た騎士に私はいきなり立ちあがる。
騎士がひゅっと驚いた顔をする。
私は顔を上向かせて男を睨みつけた。
「人が黙ってればいい気になって!いやだって言ってるでしょ!何が男を誘う手段よ。女に相手にもされないようなくそったれのくせに!!いい?これ以上私に近寄ったらただじゃすまさないんだから!!」
髭ずらの騎士ヌバルがポカンとした顔をしているとラキスが大急ぎで袖を引っ張る。
「ほら、もうやめろって」
「人が下手に出てりゃいい気になりゃぁがって!大人しくしろ。ほら、じっとしてればすぐに終わる。ほらこっちに来い!」
ヌバルが引っ張られた手を振り払うと今度はずかずかと近づいて私の手をぐっと引っ張った。
「何すんのよ!やめてよ!」
バコン!ばきっ!バチン!
「いてぇ~!」
思いっきり力強く腕を振りほどくと、私の手から光が瞬いた。光は床板に当たると床板がバコンとはずれて板が途中で折れてその折れた板がヌバルの眉間にナイスなタイミングでバチンと当たった。
(えっ?今のはなに?キア、私ってこんな力も使えるの?)
(もちろんよ。木や植物、それに水は私の仲間。フレイシアも慣れれば思う通りに操れるようになるわ。でも、まだ無理はしないで)
(うん、わかった)
「お前、何したんだ?このくそったれ!」
「おい、いいからやめろ。これ以上彼女に近づいたらもっとひどい目にあうぞ」
「こんな目に合ってやめられるか!クッソ!」
ヌバルはまだ懲りないらしく私の手を再度掴んだ。
やる気?
私はさっきの事ですっかり気をよくしていた。
荷馬車には荷物を結び損ねた縄が落ちていた。私はその縄に掴まれていない方の手で魔力を込める。
縄がひとりでに動き出しヌバルの首に巻き付く。それを引き絞るようにぐっと手を引き上げると
「ぐっ、く、苦しい。はっ息が出、出来な‥」
「まだ私に触れるつもり?」
私はさらに縄を締め上げる。
「いやっ、もうしない。だから‥」
「絶対によ。もし、今度やったら‥」
私は手首を真横に振って見せた。
「わ、わかった。二度とあんたにゃ近付かねぇよ!」
「じゃ、許してあげる」
私はひもを緩め魔力を寸断する。縄ははらりと床に落ちた。
ヌバルは首をさすりながら気まずそうに私からかなり距離を取って座った。
良かった。やっと懲りたみたい。
「やっぱりあんた聖女なんだな。さっきの光、あれが魔力ってやつなんだろう?俺初めて見た。あんたすげぇな。言っとくけどヌバルは辺境騎士なんだ。こいつは今から故郷に帰るところなんだ。俺は王国騎士団から辺境騎士団に移るんだ。こいつとは一緒にしないでくれよ」
もうひとりの騎士ラキスが感心したように私を褒め自分はヌバルとは違うと言うとおおらかに笑った。
そんなラキスさんについ好感を持ちそうになって気を引き締める。
もう、気を許しちゃダメだからね。いい人ぶったって何を考えてるかわからないわよ。だってジェリクも同じことような態度だった。彼が言ってたのはただのご機嫌取りだってはっきりわかったし、ラキスさんも同じなのかも知れないんだから。
それにしてもあんな言葉にすっかり騙されていたなんて‥
そう、だからこそ二度と男は信じちゃダメだよ。はぁ~しっかりしなきゃねぇ。
すぐに人を信じてしまいそうになる自分が嫌にもなる。
でも、出来ないなりに一生懸命やって来たことをキアは認めてくれた事はすごくうれしかった。
ふっと息を吐きだすとキアが脳内に声をかけて来た。
(フレイシア、疲れてない?いきなり魔力を使い過ぎると疲れるから気を付けて。でも、ほんとお見事だったわ。見ていて気持ち良かったかも‥ふふっ、いけない私ったら月の精霊なのに)
(私も驚いた。でも、すごくすっきりしたかも‥ふふっ。キアのおかげだね。ありがとう私を見放さないでくれて。あなたがいてくれてすごくうれしい)
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