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第一章

ep.01 俺だけど、俺じゃなかったあああぁぁ!!

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 ざわめきが耳をつんざく。
人の叫び声、悲鳴、靴底が地面を叩く音。
背中と後頭部に激しい痛みを感じ始める。

(階段から……落ちた?)

 ジリジリと鼓膜に響く低い声。誰かが俺に呼びかけているらしい。
大丈夫か、しっかりしろ、と複数から声がする。

 薄目を開いて状況を確認。
やはり、女子高生と階段から転げ落ちたようだ。
すぐそばに階段が見える。ずいぶんと野次馬も集まっている。
頼むから汚い靴で倒れてる俺に近づかないでくれ……

「大丈夫ですか!?」

 野太い声が再び鼓膜を鳴らす。
聞き覚えのある声だ。さっき、電車内で俺を最初に痴漢呼ばわりした奴の声だ。
コイツさえ勘違いしなければ……

(起きてブン殴っってやる!!)

 カタギに迷惑をかけるなという不文律が俺たちにはある。
ところが、最近はカタギのほうがタチが悪いって噂もよく聞く話だ。



 ガバッと急に体を起こした反動なのか、ひどい目眩に襲われる。
痛みはあるが、骨折はしていない。後頭部、背中、腰部に打撲程度のダメージ。
朦朧とした意識が徐々に回復、視界も鮮明になってきた。

「よかった。意識が戻ったみたいで……」

 顔が近い、息がくさい、靴が汚い。若い男のようだ。
短髪で色が浅黒い、見るからに好青年といった雰囲気で、既に野次馬連合のリーダー格になっているではないか。周囲の会話に耳をすませば、救急車を手配したのもこの男のようだ。

「い、痛てぇ……あ、あれ?」

 体の痛みより俺と一緒に転落した女子高生はどうなった?
人だかりがもう一つ。囲まれて姿が見えないが、そこに倒れている可能性が高い。

「救急車がもうすぐ到着するから動かないで」

「救急車? 大げさだっての!」

「女の子なのにキズが残ったら大変じゃないか」

 野太い声の男が俺の目を見て言った。女の子と言ったのだ。
ああ、コイツは隣りに倒れている女子高生を心配しつつ、痴漢扱いした俺を捕まえるつもりなのか……

「わかった。俺はいいからそっちの娘を助けてやってくれ」

「同じ学校の友人かな? もう一人の子はまだ意識がないんだ」

「なに? 同じ学校の友人?」

「いや、キミたち同じ制服着てるからさ。髪型もよく似てるし」

 この男はいったいなにをほざいているのだろう。
俺がJKの制服着てるって? 朝っぱらから駅のホームで?
そりゃまたワイルドな変態行為だな。

 しかし、俺の視線に映るのは背広姿の自分だ。
ゆっくりとワイシャツのボタンを外し、左肩口から胸部を確認。
龍と鳳凰の彫り物が見える。正真正銘俺の体である。



***


 しばらく地に体を預け、横になっているとサイレン音が聞こえてきた。
それと同じくして隣りの人だかりがざわめき始める。
安堵する声と驚嘆する声だ。誰もが一斉に俺のほうを向いて目を見開いている。

「なんだ……?」

「あなたたち双子?」

 年配の女性が俺にたずねてきたが……
なんのことなのかさっぱりわからない。

 女子高生がムクリと起き上がって、キョトンとした表情で俺を見る。
周囲が俺と女子高生を交互に何度も見て、その度に驚きを隠せない。

「オジサン!」

「おい! どうなって――」

 娘がまた俺の手を引っ張って階段をダッシュする。
背後から待ちなさいと制止する声が聞こえるが、お構いなしだ。

 急勾配の長い階段を地上へ駆け上がる。
俺はゼイゼイと息を切らしながら娘のあとに続く。

――走る最中、銀色に光る階段の手すりを見た。
その鏡面に映る俺は、目の前を走る女子高生の姿そのものだ。

 頭が混乱したまま地上に出て、そのまま雑踏を避けて公園へ走り込む。
全力疾走した女子高生がしゃがみ込んで体を休めている。
俺は公園の池の淵に立って、水面に映る自分の姿を再び確認した。
――短いスカートから丸見えの紐パンの紐が解けかけていた……

 俺のそばで周囲を気にせずしゃがんでいる娘。
スカートがバッグに引っかかってベロンとめくれている。
白い紐パン……紐は同じく解けかけていた……

(オヤッサン……鏡と人目に映る俺ぁJKらしいっす! 紐パンの……)
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