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4章 そして事件は起こった
パンチパーマとの対面
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やかましい蝉の声がそこかしこに響く中を、おれと安藤は歩いた。
今日も37℃を越えているそうだ。
真夏の暑さがジリジリと、不快にスーツにへばりつく。
外回り営業は、こんな暑いときでもネクタイと上着が欠かせないから困ったものだ。
早く日本の習慣ごと変えてもらいたい。
「ここです」
安藤が指さした。
問題の黒岩特殊板金は、東京都大田区にある小さな工場だった。
大小様々な工場や事業所が並ぶ一帯の隅、小さな路地に面して建っている。
どんな業務かまでは分からないが、工場の規模から考えて、とうていあんな大口の注文をする会社には見えない。
工場の入り口の脇にある小さな作業小屋が事務所のようだ。
おれたちは緩めていたネクタイをきちっと締め直し、ドアを開けた。
「失礼します。北大阪パイプです」
還暦は過ぎているであろう小太りの女性が、顔を上げた。
「社長は電話中だから、ちょっと待っててね」
おれたちは会釈して部屋の隅に立つ。
10畳ほどしかない室内は、机が4つか5つ並んでいる。
一番奥の席に座る人物まで距離がなく、こちらの会話は筒抜けになるだろう。
おれは安藤と目配せだけした。
室内には、事務の女性と奥で電話している人物の二人しか見当たらない。
書類の山に隠れて表情は見えないが、奥の人物が社長で、担当者なのだろう。
どうやら客先と電話しているらしく、物柔らかそうな話し声に時折笑いが混じっている。
声だけから受ける印象では、今朝の電話してきた人物とは思えないほど温和な感じだった。
「北大阪パイプ?」
いつのまに電話を終えたのか、奥の机の書類の山の上から、ギラリとした目がこちら覗いていた。
目の鋭い具志堅用高といった感じだろうか。
いかにも昭和の男という雰囲気が漂うパンチパーマに、ギラギラした目をした初老の男性が、こちらを睨みつけている。
「は、はい、あの先ほどは大変失礼しました」
安藤は、ビクッとなって、おれが見たこともないような勢いで、直角に頭を下げた。
おれも釣られて頭を下げる。
「初めまして。私は係長の向田と申します。安藤とのお取引の際に不手際があったようで、大変申し訳ありません」
このような頑固を絵に描いた性格の客ともめたときは、まずは一言騒がせていることを詫びることが大事だ。
しかし、トラブルについての謝罪にならないように注意しなければならない。
「私もお話をうかがえればありがたいのですが、同席させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「それは構わないんだがね。こっちはとにかく、間違えて納品されてるパイプをさっさと引き取ってもらってたいだけなんだよ」
その男性は立ち上がると、ズカズカとこちらに近寄ってきた。
作業着姿で、名札には「社長 黒岩」とある。
「そのことで、2,3お聞きしたいことがありまして…お時間少々よろしいでしょうか?」
「だから何よ?」
黒岩社長は、イラついたようにカウンターから乗り出してきた。
さっきまで聞こえていた温和な口調とは正反対の剣幕だ。どうやら客先と仕入先とで、キャラを意識的に変えているらしい。
こういうタイプは理屈屋が多く、厄介になることが多い。
おれは、安藤から注文書を出させながら話す。
「ご注文いただいたこちらのパイプについて、弊社から納品したものが違うとのことで今朝ご連絡を頂いたとうかがっておりますが、その注文書を確認いただけますでしょうか?」
「注文書ならこっちにも保管してるから。その上で違うって言ってんだけどなぁ」
「はい、仰るとおりと思いますが、念のため…注文いただきましたパイプはこちらで間違いございませんか?」
おれは安藤から渡された注文書を開いて見せた。
「ああ、これだろ」
黒岩社長は、ロクに目も通さずに答えた。
「ご連絡いただいたものはシームレス管とのことなのですが、ご覧頂いた通り注文書には、溶接管になっているんですが…」
そこまで言うと黒岩社長は、注文書をひったくるようにして目を通した。
今日も37℃を越えているそうだ。
真夏の暑さがジリジリと、不快にスーツにへばりつく。
外回り営業は、こんな暑いときでもネクタイと上着が欠かせないから困ったものだ。
早く日本の習慣ごと変えてもらいたい。
「ここです」
安藤が指さした。
問題の黒岩特殊板金は、東京都大田区にある小さな工場だった。
大小様々な工場や事業所が並ぶ一帯の隅、小さな路地に面して建っている。
どんな業務かまでは分からないが、工場の規模から考えて、とうていあんな大口の注文をする会社には見えない。
工場の入り口の脇にある小さな作業小屋が事務所のようだ。
おれたちは緩めていたネクタイをきちっと締め直し、ドアを開けた。
「失礼します。北大阪パイプです」
還暦は過ぎているであろう小太りの女性が、顔を上げた。
「社長は電話中だから、ちょっと待っててね」
おれたちは会釈して部屋の隅に立つ。
10畳ほどしかない室内は、机が4つか5つ並んでいる。
一番奥の席に座る人物まで距離がなく、こちらの会話は筒抜けになるだろう。
おれは安藤と目配せだけした。
室内には、事務の女性と奥で電話している人物の二人しか見当たらない。
書類の山に隠れて表情は見えないが、奥の人物が社長で、担当者なのだろう。
どうやら客先と電話しているらしく、物柔らかそうな話し声に時折笑いが混じっている。
声だけから受ける印象では、今朝の電話してきた人物とは思えないほど温和な感じだった。
「北大阪パイプ?」
いつのまに電話を終えたのか、奥の机の書類の山の上から、ギラリとした目がこちら覗いていた。
目の鋭い具志堅用高といった感じだろうか。
いかにも昭和の男という雰囲気が漂うパンチパーマに、ギラギラした目をした初老の男性が、こちらを睨みつけている。
「は、はい、あの先ほどは大変失礼しました」
安藤は、ビクッとなって、おれが見たこともないような勢いで、直角に頭を下げた。
おれも釣られて頭を下げる。
「初めまして。私は係長の向田と申します。安藤とのお取引の際に不手際があったようで、大変申し訳ありません」
このような頑固を絵に描いた性格の客ともめたときは、まずは一言騒がせていることを詫びることが大事だ。
しかし、トラブルについての謝罪にならないように注意しなければならない。
「私もお話をうかがえればありがたいのですが、同席させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「それは構わないんだがね。こっちはとにかく、間違えて納品されてるパイプをさっさと引き取ってもらってたいだけなんだよ」
その男性は立ち上がると、ズカズカとこちらに近寄ってきた。
作業着姿で、名札には「社長 黒岩」とある。
「そのことで、2,3お聞きしたいことがありまして…お時間少々よろしいでしょうか?」
「だから何よ?」
黒岩社長は、イラついたようにカウンターから乗り出してきた。
さっきまで聞こえていた温和な口調とは正反対の剣幕だ。どうやら客先と仕入先とで、キャラを意識的に変えているらしい。
こういうタイプは理屈屋が多く、厄介になることが多い。
おれは、安藤から注文書を出させながら話す。
「ご注文いただいたこちらのパイプについて、弊社から納品したものが違うとのことで今朝ご連絡を頂いたとうかがっておりますが、その注文書を確認いただけますでしょうか?」
「注文書ならこっちにも保管してるから。その上で違うって言ってんだけどなぁ」
「はい、仰るとおりと思いますが、念のため…注文いただきましたパイプはこちらで間違いございませんか?」
おれは安藤から渡された注文書を開いて見せた。
「ああ、これだろ」
黒岩社長は、ロクに目も通さずに答えた。
「ご連絡いただいたものはシームレス管とのことなのですが、ご覧頂いた通り注文書には、溶接管になっているんですが…」
そこまで言うと黒岩社長は、注文書をひったくるようにして目を通した。
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