社畜もなかなか悪くない

ふくろう

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6章 未来のためにできること

思いのたけ

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「そうとしか考えられないじゃないですか!こんな殴り書きしたようにシームレス表記があるなんておかしいですよ!それで責任を全部こちらに取らせようとするなんて、ひどいです!」

安藤は思いのたけを叫んだのだろう。

しばらく息荒いまま柏木氏を見つめている。

何だ、この修羅場は?

おれは経験したことがない緊迫感に、内心笑うしかできないでいる。

しかし心のどこかで安藤に、よく言ったと拍手を送っている自分もいた。

「もうその辺にしておけ」

ようやく黒岩社長が、重そうな口を開いた。

「この柏木はね、実はうちの娘の旦那でね。ゆくゆくはこの会社の跡取りとして雇ったんだが、なかなか成長しなくてな。社運をかけた機械の開発を、彼にやらせてみることにしてるんだよ。でもおたくらの言う通り、この件はこいつの発注ミスとしか思えないんだが、500万て大金だ。何とかフォローしてやろうと思って、昨日は追い返しちまったんだが…でも、こいつには責任を認めさせなきゃ、本当の意味での成長はしないようだな」

おれは、黒岩社長をただ見つめていた。黒岩社長が事実を認めようとは、予想だにしていなかった展開だ。

「おい、そろそろ認めたらどうだ?」

黒岩社長が柏木氏の肩をポンと叩く。柏木氏は、かすかに肩を震わせながら下を向いていた。

「し、しかし、それでは会社の財務状況が…500万なんて…」
「仕入れたパイプをゴミにしない方法は、考えればあるさ。今の問題は、お前の未来があるかどうかだ。ここでミスをうやむやにしたら、お前はまた同じミスを繰り返す。結果、成長しないまま時間だけが過ぎることになる。痛い目に遭ってでも、お前の欠点は直していかなきゃいけないんだよ」
「…すみません、お義父さん」
「謝る相手が違う」

柏木氏は、おれたちの方をまっすぐ向いた。

目にはうっすら涙が溜まっている。

三人の顔を順に見つめ、最後に安藤に向き、静かに頭を下げた。

「すみませんでした…」

そんな柏木氏を見て、安藤が突然立ち上がった。

「こ、こちらこそ、発注の段階で気付かず、御社にご迷惑をかけることになってしまい、大変申し訳ありませんでした!」

勢いよく頭を下げる彼の姿は、今までのように黒岩社長を恐れての礼ではないことが分かる。

責任の一端が自分にもあり、そのせいで一つの会社を傾けようとしている。

それを実感した安藤の、誠意ある謝罪だった。

「…お互いの若手が、今階段を一つ上がったようですね」

伊澤支店長が、微笑ましく黒岩社長をうかがう。

社長も、わずかに微笑んだようだった。

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