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第六章 上洛
第百五十八話 水臭くはありませんか
しおりを挟む翌日、俺は紀伊乃屋さんで朝食を頂いた後に、張さんを伴って能登屋に向かった。
能登屋さんの店先には、既に店主の能登屋さんが俺らを出迎えるように待っていた。
しまった、俺が来ることが分かっていて待たせてしまった。
後悔してもせん無き事、考えたら当たり前で、俺らに朝食をご馳走している傍らに紀伊乃屋さんは能登屋さんに先触れの小僧を走らせていた。
能登屋でも昨日に俺らが堺に着いたことは既につかんでいるので、俺がいつ訪ねてもいいように店主は時間を取っているのだろう。
「おはようございます、空さん」
「能登屋さん、おはようございます。
ひょっとしてお待たせしてしまいましたか」
「はい、昨日堺の到着したのは存じておりましたから、それ以来ですかね。
それより、外での話も何ですので、どうぞ中にお入りください」
能登屋さんにそう言われれば、こちらとしても異論などありようもない。
なにせ今回の訪問は、こちらからのお願いに上がった次第だし、俺は張さんに促されるように能登屋さんに続いて店の中に入っていった。
案内された場所は、能登屋さんとのお取引のきっかけとなる中国商人の伯さんとの契約の時からちょくちょく案内される店の最奥にある豪華な部屋だ。
差し詰め社長応接と言った感じの場所だろう。
部屋に入り、お茶などをふるまっていただいてから、話が始まった。
能登屋さんの皮肉とも恨み節ともとれる話からだが。
「それにしても、今回は張さんとご一緒なんて、おめずらしい。
ひょっとして最初の商い以来ですかな」
「ええ、多分、空さんと一緒にこちらに来たのはそれ以来ですかね」
「それより、いよいよですね。
空さんが京にお入りになられるのは。
ひょっとして張さんもお連れになるのですか」
「はい、あちらでは色々とやりたいことがありまして、張さんの協力が必要になりそうなもので」
「それは良いご判断ですな。
それより、空さんには言いたいことがあります。
ちょっと水臭くはありませんか」
「水臭い?」
「はい、空さんとのお付き合いには自信がございましたのに、京入りについて私どもに何も言って下さらないとは、水臭いと、文句の一つも言いたくなりますよ。
聞けば紀伊乃屋さんにも何もお話になられなかったと。
尤もあちらは、孫一殿から知らせがあったようですが。
そうそう、空さんのところの伊勢屋にも何も準備させていないという話じゃないですか。
京には我ら商人を入れないおつもりで」
「アハハハ。
そうですね。
今度ばかりは私の対応のまずさを反省するばかりです」
「して、今日の御用向きは」
「その件ですが、誠にお恥ずかしい話なんですが、能登屋さんにご協力を賜りたくお願いに上がりました」
「協力ですか」
俺は正直に理由を話した。
今回の案件は荒事に類するもので、商売には全く考えも及ばなかった。
それに荒事になると、かえって能登屋さんや紀伊乃屋さんにご迷惑をお掛けてしまうかもしれないので、正直少し間を取っていた。
それに何より、今回は弾正案件と言うより太閤殿下から持ち込まれた案件なので、ややこしいこと甚だしい。
全く周りに対する配慮など、考えにも及ばなかった。
そのため、しなくともいい苦労をして、やっと京の街中での宿泊先の目途を付けたといった言い訳を始めてからお願いに当たった。
「そうなんですよ。
考えが及ばなかったことがお恥ずかしい。
昨日の晩に、紀伊乃屋さんに指摘されるまで全く分かりませんでした。
しかし、能登屋さんが未だに京都でしっかりとした拠点を持っておられるのなら、我らに協力して貰えないでしょうか」
「それこそ水臭いですよ。
我らが協力しない訳ありませんよ。
我らに対して、何をしろとご命じ下されば良いだけですから。
して、何をすれば良いのでしょう」
「京都にある店に、ほんのしばらく我らの兵を入れさせてください。
それと、できればですが、向こうで拠点を作るにあたって、色々と便宜をお願いできれば」
「そ、それだけですか。
今からでもご自由にお使いください。
そうだ、店までの案内を出さねば。
お~~い、すぐに番頭を呼んでくれ。
番頭に案内させます」
さすがにそこまでは望んでいないが、向こうでの人脈も豊富な手代の一人がついてくれることになった。
また、京にいる店のスタッフ全員をついていく手代も含め自由に使ってくれとまで言ってくれた。
最近になって、ますます治安が悪くなってきた京ではさすがに商売も難しくなりつつあるとまで教えてくれたので、店主からすれば渡りに船とまで言っている。
なにせ、今回の件で俺に大きな貸しを作れると、何やらうれしそうだ。
紀伊乃屋さんは分かるのだが、能登屋さんまでもがとも思ったのだが、この後の雑談で種明かしをしてくれた。
紀伊乃屋さんも能登屋さんも俺に対しては化かし合いなどすることなく正直に腹を割って話してくれる。
俺がそういうのを好むことを知っていることもあるが、一蓮托生と言った感じだ。
紀伊乃屋さんは既に雑賀党全てを飲み込んでしまったために、完全に仲間内扱いだ。
能登屋さんはと云うと、事情は紀伊乃屋さんとも同じようなのだが、俺らに物流を握られていることを完全に理解している。
堺から七尾に関しては、俺らはノータッチなのだが、京の荒れ具合から、こちらの商売がそろそろヤバイらしい。
しかし、俺らとつき合うようになって、能登屋さんも堺と熱田の間でかなりの儲けを挙げている。
最近では、足を延ばして美濃の岐阜や駿府の今川館との取引も大きくなっているそうだ。
こっちの方が、今では儲けのほとんどを出しているので、その物流を我らが握っていることを完全に理解しているのだ。
我らがアコギなことをすれば当然能登屋さんも逃げていくが、我らは、子供が始めた商売なので、とにかく誠意をもって商いをしている。
そんな我らの商いを理解しているからこそ、我らに全幅の信頼を置いてくれているようだ。
こちらには張さんが居るので、甘い商売はさせて貰えそうにないが、それは別な話と言う事で。
結局その日は能登屋さんに泊めて貰うことになり、出発は翌日となった。
能登屋さん経由や、忍びからの報告がこの日も入り、良い話が一つもないのに驚いたが、一応全部教えて貰った。
能登屋さん経由の物はどうしても商売関係に偏りがちだが、その日の話でもやれ何某に何それ屋さんが襲われたとか、蔵から金を全て盗まれ立ちいかなくなったとかの話が多かった。
一番驚いたことに、襲われた話の中に幕府の役人からの物があるのには驚いた。
役人もあっちではかなり自由に好き勝手をやっているようだ。
俺が聞いている話とも合致する。
京の治安を守る意思など全くないと言う訳だそうだ。
いつ聞いても、やれやれと言った感じで、できれば近寄りたくはない。
その日の夜も宴会で、能登屋さんにご馳走になった。
宴会では京の話も出たが、能登屋さんの興味は既に別にあり、賢島で博多との取引の話がほとんどであった。
例の商館の話も出たが、張さんに商館長をして貰うと教えると、能登屋さんは少々難しい顔をしていた。
あそこでも厳しい取引になりそうだと覚悟を決めているようだ。
翌日、俺らは能登屋さんの手代さんの案内で京に向かった。
ここからだと、途中淀辺りで野営することになるが翌日の昼過ぎには着く。
俺らは街道を隊列組んで進んでいく。
堺から京までは、川船を使うルートもあるが、割と固まった人数でもあるので、街道を進んで行く。
できれば幕府の役人にも目立つようにあえて隊列まで組んで、そのまま能登屋の店に入った。
最近では、行商などの商人達は徒党を組んで浪人などに警護を頼んで移動するのが当たり前であり、大店ともなれば独自に傭兵を雇っている。
堺の商人などは後者の者が多く、俺らについてもそんな感じで見られているようだ。
しかし、効果は絶大だ。
幕府の木っ端役人程度ではこれくらいの武力でも大義が無ければちょっかいを掛けられない。
当分は幕府からのちょっかいは排除できるだろう。
京に着いたその日は、流石に何もできないが、翌日から仕事が始まる。
俺は、早速紹介状を元に能登屋さんから人を借り先触れを出して貰った。
最初は信長さんから紹介のあった山科卿を訪ねることにした。
一応太閤殿下とも面識はあるが、無位無官の俺がいきなり尋ねるのは憚られた。
山科卿には信長さんの紹介状があるので、先方さえ許せば会える。
会えたら、太閤殿下に面会の斡旋を頼むつもりだ。
最悪いきなり出向いてもいいが、散々俺の事を無視しているので、今回は一応相手の面子を保てる配慮位はする。
その後については相手次第だ。
弾正辺りも慌てて京に来ることだろう。
そうしたら、俺らの作戦の本格的な開始だ。
いよいよ京に俺らによる治安部隊の新設だ。
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